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魔王の涙

-Myihlgeat-




 過去、世界を震撼させた魔王の中の魔王ミューレゲイトは、多くの竜、人間、魔族の生命力を吸い取り最強となった竜とサキュバスのハーフである。念じた相手を魅了してしまう能力は戦う前から相手を敗北せしめる特殊さで、勇者隊が現れなければ、本当に世界を制覇していたかもしれない。


 彼女は前世、魔物たちのために人間を滅ぼそうと決めた。


 しかし敗れた。


 彼女は復活し、今度こそはと意気込んだが、敗れた原因を分析するなかで、過去の過ちを認め、違う方法で魔物たちを守ると決めた。


 人間は外圧に対して強い。恐ろしいほどに強くなる。個体は弱いが、集団になるととても手強い。だから排除するのは非常に難しい。


 であれば、人間が暮らさない土地に、魔物が暮らす国をつくり、完全なる棲み分けを行うことで両者は共存できるのではないかと期待したのだ。


 だが方法がわからない。奪うことしか知らなかったからである。


 どうしたものかと悩む日々で、彼女は現れた男に感謝した。


 アラギウス・ファウスだ。


 その力と知識を彼女は熟知していた。


 なにせ、自分を倒すほどの力をもつ大魔導士なのだから。


 勇者隊も、彼がいなければ魔王を倒すことなど不可能だっただろう。


 運よく、これはミューレゲイトにとって運よく、アラギウスは人間の国家から追放された。そして、敗れた腹いせに不老不死の呪いをかけたミューレゲイトを恨んでいる様子がない。


 魔道書を読ませるという条件で、アラギウスは協力してくれるという。


 彼女は喜び、魔物集めを担当すると、忙しくあちこちと移動し、出会った魔物たちをかたっぱしから誘った。


 魔王に誘われて、嫌がる魔物はいない。


 コボルト、ゴブリンの複数の部族が募集に応じて移住を決めた。そしてオーガやオークといった力仕事を得意とする部族も加わり、ダークエルフ達もローデシアの森に集まり始めた。


 増え始めた数をまかなうのに、前世では略奪でよかったが今回はそうもいかない。


 農場を始めたい。

 

 アラギウスがホビット達を誘うと提案してくれたことで、ミューレゲイトは手紙を書いた。


 前世ではミューレゲイトの方針によって戦いを好まない者達は阻害された。その時のことがあるので、彼女は彼らに身の安全を保障し、財産も保証する約束を記した。


「まだ足りないな」


 アラギウスの言葉に、ミューレゲイトは素直に問う。


「どうしたらいい?」

「前世でのお前の方針、最初に間違いであったと認め、謝罪しておいたほうがいい。それから誘いと条件だ」

「わかった」


 鷹の羽で作ったペンは、書き心地がよくミューレゲイトの好みだ。


 大樹の家で、大魔導士を隣に手紙を書く魔王は、誠意を込めて間違いを認め謝罪の言葉を記す。


「どうだろう?」


 魔法の光が漂う室内で、魔王が手紙を大魔導士に見せる。


 彼女の背後から、手紙をのぞき見るアラギウスは頷いた。


「いいと思う」

「よかった。あー文章は苦手だ」

「得意な奴なんていないよ」

「お前は得意そうだが?」

「得意じゃない。読むのは好きだが」

「そうか……林檎酒、飲むか?」

「飲む……魔道書の古代文字、俺の知らない言葉があるんだ。翻訳頼めないか?」

「いいだろう。任せろ」


 ミューレゲイトは林檎酒の入った瓶を魔法で手繰り寄せ、杯もふたつ、呼び寄せた。空間をすいっと動いて二人の手に収まる瓶と杯。


 アラギウスが、部屋の隅に積み重ねた書物の山を前にごそごそとして、重い本を手にミューレゲイトの隣に戻る。


 頁をめくるアラギウスと、酒を飲むミューレゲイト。


「あ、ここだ。この頁だ」

「ここは古代ラーグ文字のなかでも特殊な慣用句が使われているな。乙女のような潤いを与えよという意味に訳せるけど違う。聖なる水を飲めという訳が正しい」

「聖なる水……バルボーザの魔道書にたびたび出るこの文章は、全て聖なる水を飲めという意味か?」

「前後の文章で変わる。赤線を引いてくれ。その箇所を訳しておこう」

「……原書にはしたくない。写本してからする」

「忙しいのに無理じゃないか?」

「寝る時間を削ればいい」


 アラギウスはそういうと、彼女にどけと言う。


 ミューレゲイトは席を譲り、書斎兼食卓兼居間のテーブルにアラギウスが向かい、作業を始めた。


 彼女は、彼の背を眺めながら微笑んでいた。




-Arahghys Ghauht-




 アラギウスは、追放されたのが夏前であったと思い、もう半年も経ったかと感慨深い。


 湖を中心とした町ファウスは、細かい作業はまだ続くが、根幹はできあがっている。排泄物を遠くの川まで運ぶ下水路の工事はまだ続くものの、衛生面も考えられたすばらしい町だという自信があった。


 問題は、魔物たちが気に入ってくれるかという点であったが、嫌う者はいなかった。


「暗くてジメジメしたところが好きなのかと思っていたから」


 アラギウスの言葉に、ミューレゲイトが苦笑する。


「棲み処がそういうところしかないのだ、魔族にはな」


 魔王の言に、大魔導士は反省した。


「追いやっていたな……人が」

「お互いさまだ。我々は過去、人々を殺した。お互いさまなんだよ、アラギウス」


 ゴブリンの子供達が湖のきれいな水で水浴びをする。その脇で、大人達が洗濯をしていた。これまで泥水で洗うしかなかったけどこれからは違うという彼らの会話に、大魔導士は喜びを得ていた。


(そうだ……俺は皆の為に力を使い、知識を使い、それで感謝されて嬉しい……こんなに嬉しいのは、いつ以来だろう?)


 町の中を見回る大魔導士と魔王は、コボルトの子供達に囲まれた。


「魔王さま、お花どうぞ」

「おお、ありがとう。あまり採りすぎては駄目だよ?」

「はぁい」


 笑い声をあげて走り去って行くコボルトの子供達。


「魔物が陽光の下で笑えるのも、町があってこそだ。アラギウス、ありがとう」

「いや、こちらこそ礼を言いたい。魔道書の件も感謝している」

「お前がすごい速さで写本したから、わらわも早く訳そうと思っただけだ」


 見張りのオークが、二人を見つけて駆け付けてきた。


「魔王様! 参謀様!」


 アラギウスは苦笑する。


「あの参謀と言われるのなんとかならないか?」

「まだ組織が前世の魔王軍のものしかなくてな……相談役とかそういうの、組織を考えてくれよ」

「協力者じゃだめか?」

「冗談……どうした?」


 オークが片膝をつく。


「報告! ホビットの群れが接近してきております。その数……千を超す規模で一大事かと」

「出迎えにいく」


 ミューレゲイトは即決する。


「アラギウス、来てくれ」

「わかった」


 二人はオークの案内で、町を出て森へと入る。すると、ホビットの群れが木々の隙間に見えて来た。


「あ……あれ?」


 ミューレゲイトが疑問形を呟く。


「どうした?」

「手紙に応じて……来てくれたのではないのか?」

「手紙に応じて来てくれたのだと思うが、他にも事情はあるな」


 アラギウスは、怪我人も多くみえるホビット族へと近づく。


 ミューレゲイトが、彼らに尋ねた。


「代表者は?」

「わしです」


 老ホビットが進み出た。


「魔王ミューレゲイトだ。呼びかけに応じてくれて礼を言いたい」

「こちらこそ、遅くなりまして申し訳ございません、魔王様」

「なにがあった?」


魔王の問いに、老ホビットが背後を見る。


 怪我をしたもの、小さな子供が多い。


「とにかく、手当てと食事だ」


 アラギウスの声に、ミューレゲイトは頷く。


「助けを呼ぶ。自分で動ける者は、このオークについて行ってくれ」


 魔王の言で、ホビット達がのろのろと動き始めた。




-Arahghys ghauht-




 ホビット族の集団が現れた日の夜のこと。


 ミューレゲイトは町の中央にある神殿に、老ホビットを招待した。そして、ホビットの神の名前を尋ね、ゴルゴズと聞くと、ゴルゴズへの祈りの言葉を口にする。


 アラギウスも魔王にならい、同じようにした。


 老ホビットが感謝し、名を名乗った。


「ミューレゲイト様、アラギウス様、わしはグンナルと申します。我々は三つの部族が集まってここに参りもした。すぐに応じず、申し訳ございません」

「いや、それはわらわの過去がもたらしたものだ。わらわこそ、前世での過ちを詫びたい」

「いえ、魔王様、そうではありません……じつは」


 グンナルが言うには、移住を決めたのは当初、五部族であった。しかし、住んでいた森からローデシアへと向かう途中、人間達の国のひとつ、アロセル教国を通ってしまったのだという。


「道を間違えて、ひき返すには人数も多く、用意した食料も足りないことから、なんとか見つからないように願い、険しい道を選んで進んだのですが、やはり数が多いと見つかりました」


 アロセル教国は魔物を絶対の悪とするアロセル教団の国である。


 ホビット達は問答無用で追われ、攻撃され、数を減らし、現在にいたるという説明だった。


「山脈に入ってからは向こうも追って来ず、なんとか……」

「捕らえられたホビット達はどれほどの数だ?」


 魔王の問いに、グンナルは首を振る。


「わかりません……」


 肩を落とすグンナル。


 ミューレゲイトが彼を抱きしめる。


 驚いたホビットが動揺した。


「ま……魔王様?」

「すまぬ。わらわがお前達を誘ったばかりに……すまぬ」


 魔王は、ここに辿りつけなかった名前も顔も知らない小さき者達のために、涙を流す。


 アラギウスは、彼ら弱き魔物たちが安全に暮らせる国を創ろうとするミューレゲイトを、これからも助けたいと感じた。


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