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大樹の家

 アラギウスは単身、ローデシアを出ると馬を北に進めた。


 ハイランドとの交渉は、オーギュスタがしてくれていて、安心して任せることができる。彼女はおかしな性格だが、真面目なところはちゃんとするとアラギウスは知っていた。


 彼はアロセル教国との国境を越える時、関所にいた全員を眠らせた。このような魔法の使い方は禁じられているが、これから彼が行うことに比べれば子供の悪戯にも等しい。


 アラギウスは怒っている。


 姫を誘拐し、監禁し、暴力をふるったエドワードに。


 それを知った時、事を隠した法皇と周囲に。


 そして、これら姫の行方不明を魔物のせいにして事件を終わらせようと企んだ彼らを、このまま野放しにしてはならないと思っていた。


 アロセル教国の中心である大神殿と町並みを遠くに眺め、彼はまだ陽が高いと空を見上げた。


 夕刻には神殿に入るだろう。


 成功しても、失敗しても、アロセル教国の悪事は表に出ると視線を転じる。


 アラギウスは迷いなく進んだ。


 彼のことは、神殿に近づくにつれて明るみになる。アロセル教国の騎士達、僧侶たちが慌てて彼を止めようと武器を手に行く手を阻むが、大魔導士の魔法を前に無力であった。ただ、僧侶たちは聖女のように結界を使って彼の魔法を無効化する方法で対抗し、教団の魔導士たちがアラギウスへと攻撃魔法を放つ。


 アラギウスは、彼らの魔法を吸収して自らの魔力を補うという離れ業をおこなうことで、魔力の回復と魔法攻撃は無意味だと敵に思わせることに成功した。


 市民達に、アラギウスも教団も逃げろと叫ぶ。


 騎士達は、戦場を襲った大魔法を使われては大変なことになると、身分の高い神官や大司教、法皇へ避難を急げと喚いたが、アラギウスの訴えで彼らは足を止めてしまった。


「お前達を戦わせて! 神にも祈らず! 逃げる算段しかせぬ者がどうして高位の司祭なのだ!? 大司教と呼ばれる!? 法皇を名乗る!? おかしいではないか! リーフ王国の姫を監禁したエドワードよ! それを隠蔽しようとした法皇と側近達よ! 俺の訴えが嘘ではないというなら現れよ!」


 彼の声で、事情を知らない現場の騎士や僧侶たちは混乱する。そして、うろたえる高位の司祭たちの様子をみて、本当にそんなことがあったのかと驚いていた。


 アラギウスはまだ叫び続け、前に進み続ける。


「自分達の罪をローデシアの魔族にきせようと! 軍勢での侵攻、討伐を訴えた者達よ! 恥をしれ! お前達の保身で死んでいった騎士達に詫びの祈りはしたのであろうな!?」


 アラギウスは、逃げ惑う司祭たちの奥に、金髪碧眼のエドワードを見つけた。向こうも大魔導士を見て、脅えて背を向ける。


 アラギウスは風の刃を操り、エドワードふくらはぎを切った。凄まじい悲鳴が高貴な生まれの青年から発せられ、周囲の僧侶たちが彼を守ろうとするも、アラギウスの迫力に圧倒される。


「姫を傷つけた貴様を生かしておくわけにはいかぬ。だが、法皇達の居場所を言えば許してやる」

「しししし下です! 地下にいます!」

「わかった。」


 アラギウスは手を払う、エドワードの首を魔法の刃で落とした。


 彼は周囲を睨み、静かだが重みのある声を出す。


「お前達は生かしてやるゆえ、そこを動くな。全て片付ければ、俺を捕えればいい」


 大魔導士は歩み、神殿の祭壇から地下へと続く階段を下った。


 奥では、法皇とその側近達が奥へおくへと逃げていたが、行き止まりになり、逃げられないと悟って命乞いを始める。


 しかしアラギウスは、全てを無視して魔法を放った。


罰棺ヘルコフィン


 法皇達は、足元に魔法陣が浮かびあがるのを見た。


「高位の聖職者ならば、祈りで対抗してみせろ」


 アラギウスの挑発にも、権力を握り祈りを忘れた者達はただ嘆くばかりである。


 法皇達は地面から現れた棘付きの鎖に身体を縛られ、肉を削がれ骨を削られながら、すさまじい悲鳴と絶叫をあげて地中へと引きずり込まれていく。


 大魔導士は、彼らを全て片付けると、ゆっくりと地上へと歩み出て、神殿の中にいた騎士や僧侶に声をかけた。


「俺を捕えるがいい」


 騎士達が殺到し、アラギウスの腕を縛る。そして、僧侶たちが全員で、懸命な祈りで彼の魔法を封じた。


 生き延びた司祭が、自分よりも高位な者がいなくなったとあって、狼狽しつつも宣言する。


「あ……アラギウス・ファウス。法皇猊下と皆様を殺害した容疑で捕縛する。地下牢での幽閉と処す……」

「何年だ?」

「は?」


 アラギウスは呆けた司祭に尋ねる。


「何年の幽閉だ?」

「……何年がいい?」


 司祭が、隣の僧侶に尋ねた


「一〇〇年くらいでしょうか」

「いや、彼は不老不死です。短いのでは?」

「そうです、司祭様、ここは二〇〇年と言いましょう」

「二〇〇年もあの地下牢がもつか?」

「……わかった」


 司祭は皆を黙らせ、アラギウスに宣告するべく口を開いた。


「一五〇年の幽閉と処す!」




-Eastern continent-




 世界の中央には中央大陸と北方大陸が陸棚で繋がっている。その大陸から東へいくと、最も小さな大陸があり、東方大陸と呼ばれていた。


 魔王との大戦、大魔導士の反乱を乗り越えた大陸は現在、人と魔物が共存する理想的な関係を築く夢の土地と評価されている。


 リーフ王国中興の祖となったレイ王は、リーフ王国とハイランド王国の王として、魔族の王ミューレゲイトと人魔友好通商条約を締結すると、彼に続けと各国も魔物との間に友好関係を望んだのだ。それから一五〇年が経つ今は、まさしくレイ王が夢見た大陸になっているに違いない。そして、彼を支えた王妃アリスも、現在の大陸を見れば喜んでいるはずだ。


 大陸の中心にあるタリンガルでは、あらゆる種族が共存共栄している。彼らは法のもとに平等で、ミューレゲイト法典と呼ばれるその法は各大陸でも参考にされるほどすばらしいものだ。


 ゴズの地下迷宮と呼ばれていた場所は、ドワーフ達が帰ってきてアルビルという地下都市になっている。その地下都市から地下回廊を通って西へと進めば、ローデシアの中心にあるファウスの都市の地下へと通じていた。


 ファウスは一万を超える魔物達が暮らし、また彼らと商いをしようという人間達も集まり、豊かで文化的な暮らしが為されている。街には劇場が造られていて、人気の歌劇の時には満員であった。


 そのファウスから南へと向かうと、大規模農園があり、さらに南には港町オーギュスタがある。ここから出荷される野菜や果物は、各大陸へと運ばれていく。


 人々は争いのない世を楽しみ、これをもたらした偉大な王レイと、その妻アリス、そして魔王ミューレゲイトに賛美を忘れない。


 三英雄という詩は、彼らが助け合い、大陸を皆が暮らしやすいよう変革する物語で、吟遊詩人たちがいたるところで謳いあげ広まっている。


 レイとアリスは、人間であるからもういない。


 一人、ミューレゲイトは健在だが、政治や統治は選挙で選ばれた者が行うべきだとして、自らは立候補をせず、どこかに身をひそめている。




-Myihlgeat-




 ミューレゲイトは、墳墓の地下深くまでもぐり、珍しい貴金属を拾う。


 彼女はそれらを大樹の家へと持ち帰り、アラギウスが残した魔道書を読みながら、その貴金属の価値はいかほどのものかと鑑定するべく眺めていた。


 指輪だが、彼女の指には細すぎる。


 子供にちょうどいいと感じた。


 パン屋のコボルトにあげようと決めた彼女は、そういえば毎朝、二枚ずつ今も届けてくれるコボルトは、何代目かしらと悩んでしまう。


 彼女ほどの寿命を、コボルトがもつわけがないからだ。


 こうして、知り合いがいなくなっていく寂しさを認め、不老不死の呪いはつらかっただろうなというアラギウスへの詫びを胸中でする。


 壺の酒を杯に注ぎ、ラビスが届けてくれたイチジクの燻製を食べながら飲む。


(模様がな……本物の智恵の神なら価値が高かったかもしれないなぁ。これは偽物の模様だ)


 彼女は魔法で光をつくり、指輪をかざし、よく見ようと目を細めた。


「指輪の鑑定、しようか?」


 ミューレゲイトは、背後からの声に鼓動がとまりそうになった。


 彼女は肩越しに、後ろの出入り口に立つ男を見る。


「おかえり……なさい、アラギウス」

「ただいま」


 彼女は指輪を放り投げ、彼に飛びつく。


 二人は一五〇年ぶりの再会に、声もなくただお互いを抱きしめあうばかりだ。


 どちらも、声をだせない。


 彼女は、離したくない。


 彼も、離れたくなかった。


 二人は、種族など関係ないとばかりに、強く抱きしめあって離さない。


 二人は、離れなかった。




-Augusta-




 ハイエルフは退屈な日々にようやくお別れができるとばかりに、友人達の家を訪ねた。彼らは相変わらず森の中、大樹の幹に穴を開けて暮らしている。


 屋敷を建てて住めばいいのにと思うハイエルフは、湖の北側は森も平らで住みやすいことを教えてやろうと思っていた。決して、自分の屋敷が近いことが理由ではない。


 彼女は大樹の家に着く。


 小さな男の子が、泉の横で魔法の練習をしていた。


「フェレイム! フェレイム!」


 小さな火が、ポッポッとついては消えている。


 可愛らしくて彼女は笑った。


「オーギュスタさま」

「えらいわねぇ、ガルガンティアは。ご両親は?」

「僕をおいて墳墓にいきました」

「あんた、一人で留守番させられてるの?」

「一人じゃないです」


 ハイエルフは、ふと視線を感じてそちらを見ると、黒と茶の犬が伏せをして待機しているのを見つける。身体を伏せていて、草むらにいるのでわからなかったのだと驚いた。


「犬?」

「そおです。子犬がね、迷ったみたい。母犬が現れたら返すって約束なんですけど、もう一年も経っちゃいました」

「前に来てから一年か……早いのか遅いのか」


 彼女はしゃがみ、犬へと手を伸ばす。


 犬は、クンクンとオーギュスタの手を嗅ぐと、ペロペロと舐めた。


「あんたはイイ子ね。ペロペロうまいわ……じゃ、育児放棄して墳墓に入った両親が帰るまで、わたしが魔法を教えてあげる」

「いいんですか? ありがとうございます」

「素質は間違いないわ。魔王と大魔導士の子供だから。あんた、最強になれるわよ!」

「最強! なります!」

「じゃ、練習よ! いいわね!?」

「はい! がんばりまぁす!」


 男の子とハイエルフの特訓は、暫く続いたのでした。


 彼の両親は、オーギュスタが訪ねてくることを忘れて、墳墓に入って探索をしていたことを、帰宅後、みっちりと怒られたそうです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました。 なんだかあっという間でした。
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