協力する
墳墓のすぐ近く、巨大な樹木の幹を切り抜き、空間を作り家にしている魔王の暮らしに、アラギウスは驚きを禁じ得ない。
「質素じゃないか? 前世の反省か?」
「そうだ。大陸制覇! 世界征服! は割にあわない」
「……今は何をしている?」
「責任を取ろうと思っている」
「責任?」
「うん……それより、お前はどうした? わらわに会いに来たのか?」
「俺は……」
アラギウスは誤魔化すことなく説明した。魔王ミューレゲイトに敵意がないこと、自分を殺したはずのアラギウスに酒をふるまってくれていることなどから、彼も誠実な対応をしようと思ってのことだった。
「そうか……人間はやはりひどいことをするな」
「魔族に言われたくない」
「違いない……ではお前、今は無官だな?」
「そうだ」
ミューレゲイトは笑みを浮かべ、ずいっと彼に身体を寄せた。
大魔導士は、魔王とはいえとんでもない美女の接近に緊張する。
「アラギウス、お前の魔導士としての知恵の部分で、わらわを助けてくれぬか?」
「は?」
「わらわは、魔族……魔物たちが暮らせる国をここに創りたい」
「お前、前世で反省したのではないか?」
「反省した。だからだ。前世はただ侵略、攻撃、略奪だった。でも今度は違う。魔物たちがこの五十年ほど、過去にないほど迫害されているのは知っているな?」
「……すまない。俺にも原因がある。魔導士と対になる系統を伸ばそうと、聖女制度を導入させたことで、結界系の魔法が発展したからな」
「うむ……わらわくらいになれば問題ないが、多くの魔物は結界に弱い。入れない者、入ることができても力が弱まる者がほとんどだ。それで棲み処が奪われている」
「鉱物資源、木も資源だしな」
「そうだ。狙われている……しかしわらわは、人間を攻撃しようとは思わぬ。彼らも生活の為だと理解しているからだ。よって、魔物たちが暮らせる国をここに創り、人間達と共存したいと思う。交渉相手になると人間達も理解すれば、戦いではない方法で問題を解決できるかもしれん」
「難しいぞ……」
「だから手伝ってくれないか?」
「……」
「行くところがないのだろ?」
「……」
「墳墓の中に、古代の魔道書があるぞ」
「本当か!?」
「案内する」
「すばらしい!」
「協力してくれるか?」
「わかった」
アラギウスは魔道書につられた。
-Arahghys ghauht-
「働き手がいるな」
アラギウスの言葉に、ミューレゲイトは図面を眺めながら頷く。
墳墓から東へ数キロ移動した場所には、湖がある。その周辺は木々が少なく平坦であるから、集落を作るには適しているとミューレゲイトは考えた。そこに図面をひいたのがアラギウスで、二人は村を作るために人、いや魔物を集めなければと話し合った。
「お前、呼べないか?」
「わらわ? 契約を交わした魔物がおらぬのだ、今は」
「前の時の手下で残ってるのはいないか?」
「わらわは一度、死んでいるのだぞ? 契約はきれてしまった」
「すまん……」
「お前の魔法は痛かったなぁ」
「悪かった」
「募集するしかない……墳墓の中にはおらん。お前らがかたっぱしから倒したからな」
「……」
「近くの……ゴズ火山にいこうと思う」
ミューレゲイトが言うゴズ火山とは、墳墓の森から東へ一日移動したところにある活火山である。昔、ドワーフ達が築いた地下都市がある。ゴズ山脈の一部で人間達が暮らす大陸中央との境界ともいえるが、近年は人間側が山脈へと進出してきていて、魔物たちとぶつかることも増えてきていた場所だ。
山脈にはゴブリンやオーク、オーガなどが生息しているはずだとミューレゲイトは言った。
「じゃ、俺は図面をつくっておくよ」
「助かる」
こうして、魔物を集めるために火山へと向かったミューレゲイトと、村の図面をつくるアラギウスは別行動となる。
アラギウスは小川から水を引き込み、水道を造ろうと決めた。また、住居、職人街、市場など、区画をきちんと分けようと考えた。
(道も広いほうがいいな)
彼は図面をつくりながら、村に集まる魔物どうしが争わないように法の整備も必要だなと思う。
(レーベ王国の法、改正案は却下されたけど、調べて検討した経験は無駄ではなかったなぁ)
アラギウスは、ミューレゲイト法と名付けようと決めた。
(草案をつくって、ミューレゲイトに相談しよう。喜んでくれたらいいが)
彼は笑顔の彼女を想像し、自然と笑みをつくる。そして、この作業を楽しんでいる自分に気付いた。
レーベ王国のメフィス二世には、多くの進言をしてきたがまったく聞き入れられなかった。またさまざまな会議で発言したが、全て無視された。
しかし、国をよくしようと調べ、考え、おこなってきたことが役立っていると嬉しいのである。
(ミューレゲイトに誘ってもらってよかったかもしれない)
アラギウスは、魔王に感謝していた。
-Arahghys ghauht-
村の名前はファウスと名付けられた。
これは、ミューレゲイトが村の図面を一手に引き受けてくれたお礼だとして、アラギウスの家名をとったのである。
人手……魔手が増えて開発は順調だ。
魔物たちは、魔王直々に誘いを受けて喜び参加している。彼らは皆、魔王を殺されてから今日まで苦難の日々を過ごしていたらしい。
オーガの巨体が軽々と岩を運び、ゴブリンやコボルト達が家屋の組み立てを粛々と行う。多くの魔物が集まったので、当初の村では規模が足りなくなったが、ダークエルフ達が森の精霊を説得し、湖の周囲の木々に移動をしてもらうという離れ業をしてみせたことで、有効面積が当初の十倍となり、町造りへと進化している。
「魔王の城とか造るのか?」
アラギウスは、「もちろんだ」という返答を読んでいたので、すでに用意していた図面を広げながら質問したが、答えは違った。
「不要だ。わらわはあの家でいい」
「あの家?」
「木の家、居心地いいんだ」
「……なんだかお前のことを尊敬してきた」
「尊敬しろ! もっとしろ! うふふふふふ」
嬉しそうに笑うミューレゲイトはとても美しく、二人の近くで作業をしていたオーガの手がとまる。
「おい、さぼるな!」
魔王に叱られ、巨体を小さくしたオーガが岩を運ぶ。
町の中央に、神殿が作られているが、像などは置かない造りだ。ここは、魔物――といっても様々な種族、部族が同時に、それぞれの信仰する神への祈りを捧げる場として造られようとしている。
「この神殿は、いつでも誰でも入ることができるようにしよう」
ミューレゲイトの言葉に、アラギウスは頷く。
(ミューレゲイトは、それぞれの信仰を保護しようというのだな? 魔族だから竜王バルボーザを崇めろと強いるものばかりと思っていたけど違うんだな)
だが、そのほうがいいと彼も思った。ここで、懸念事項を話し合いたいと口を開く。
「今後の方針に関して相談がある」
「なんだ?」
「町を造り、国を創り……やらないといけないことがたくさんある。まず食料確保だ。今は森に入って自給自足しているが、魔物が集まれば足りなくなるし、森も枯れてしまうだろう」
「名案はないか?」
「農場を経営しようと思うんだが、どうだろう?」
「場所は?」
「森の南だ。森から流れ出た水が川となって……ローデシアの中でも豊かな土地だと思う。畜産など考えている」
「魔手がいるな……しかし畑をつくる知識をもつ者がいるかな? 魔族に」
「ホビット達を誘いたい」
アラギウスの提案に、ミューレゲイトは目を輝かせた。
「ホビットか。あいつらはいいな。おもしろい奴らだ……」
「賛成してくれるか?」
「する。だが、わらわが行けば脅えるかもしれん。お前のほうがいいかもしれない」
「……町を造る監督がいなくなる」
「……まずは手紙を出してみよう。ホビットの長に、豊かな土地があるから移って来いと誘おう……彼らも人間達の結界で追いやられているから」
ミューレゲイトはそこで口を閉じ、チラリとアラギウスを見る。大魔導士は視線を送られて尋ねた。
「どうした?」
「すまん。お前も人間だった」
「気にしないでくれ。別になんとも思わない」
「……うん。それから、結界が出たからちょうどいい。結界の対策はどうする?」
ミューレゲイトが心配するのは、ローデシアに魔物の国をつくると、人間達はこれまでのように聖女を派遣し結界をはりめぐらして、魔物たちが暮らせなくなるようにしてしまうのではないかというものだ。
「その対策は、今はない」
アラギウスは答えたが、その表情を見たミューレゲイトは微笑む。
「でも、自信があるのだろう?」
「攻撃魔法と支援魔法……それは必ず交わるものだ。必ずみつける」
大魔導士は、責任をもって請け負うと魔王に伝えた。