表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

約束

 アラギウスは怪我が癒えて、ファウスには帰還せずにグーリットに向かった。ラビスが供につき、二人は馬で二日かけてグーリットへ入る。


 ヨハンはアラギウスの老化に驚き、先日の戦いの経緯を聞くと、届いたばかりの新聞を彼に見せた。


「リーフのメフィス二世は戦闘開始時にはすでに都に逃げていたようで、今回のことは裏切り者アラギウスがしたことだと世間に公表していますよ」


 アラギウスが記事を読む。


 彼は、リーフ王国を追放された恨みを晴らそうと、姫を誘拐した。そして各国の旧援軍がかけつけると、姫を人質にして旧援軍を戦えなくし、卑怯にも一方的に魔物を操り襲いかかったとなっている。また、笑うしかないが、リーフ王国ではアラギウス許すなという世論の高まりが圧倒的で、再度の出兵にあたり、人々が武器を取り志願を始めたと書かれていた。


「俺は魔王か?」


 アラギウスの冗談に、ヨハンは苦笑するしかない。


 ラビスが食料の買付品目を確認する作業をしながら、二人の会話に加わる。


「先生を魔王にしたいんじゃないかしら」

「俺を……魔王にしたい?」

「はい。それで、また討伐隊を編制してやっつけたいと思っているのでは? 先生も元々は、東方大陸の出ではないでしょ?」


 アラギウスはよく知っているなという顔で頷く。あまり人には話さなくなり、自己紹介も名前を名乗れば相手には伝わる立場になってしまった現在、彼は出身地を言う必要がない。


「そうだな……悪名高い俺が魔王か魔神かわからないが中央大陸の竜王なみに世界に知られれば、勇者たちが集まって来るかもな……」

「ところで先生、どこの国の出身なんです? 俺、初耳ですけど」

「あれ? お前には言ってなかったか」


 アラギウスは詫びるように笑うと、迷ったが答えることにした。


「レムル王国……ゴート共和国になってしまったが、俺があの国にいた時はレムル王国だった。もう一〇〇年以上かえっていない」

「へぇ? ゴートといえば共和制なのに帝国主義のおかしな国で有名ですよね。筆頭執政官の、えっと……アルフレッドだ。彼こそ魔王ですからね、はははは」


 ヨハンが笑い、ラビスに尋ねる。


「どうして知っていた?」

「アラギウス様に関する書物を読めば書いてあります。秘書として当然のこと」


 アラギウスは首を鳴らして肩を揉み、旅の疲れを取ろうと椅子に座る。


「老いた身体、大変ですね?」

「それが、少しずつ若返っている。ハーヴェニーの力で奪われた生命力が、魔王の呪いで取り戻せているんだ……俺は無茶苦茶だ」

「うらやましいですよ。俺なんて老いたくないのに老いるのです」

「……代わってほしいよ」

「先生、ヨハン様、終わりました。品物は問題なく必要な品々と合致します。これで買付をお願いします」

「了解。先生、泊まっていきます?」

「そうしよう。ラビス、君は帰りなさい」

「ぇえええ!?」

「ガルゼイ殿の船が今夜、港を出る。それに乗り、ゲイトの南から上陸してほしい。状況を把握してもらいたい」

「船に乗っていいんですか?」

「ああ、ヨハンを通して、ガルゼイ殿には許可を得ている」

「やった! 帰ります!」


(現金なやつ)


 アラギウスは笑った。


 この日の夜、ラビスは船酔いで苦しむことになった。




-Arahghys Ghauht-




 アラギウスが弟子を先に帰らせたのには理由があった。


 彼は一泊すると、いつものようにラシードの店に顔を出し、老人になったことをからかわれた。そして経緯を説明し、えらいことになっていると心配するラシードに、これからもヨハンとうまくやって欲しいと伝えて店を後にする。


 彼はそれから、ゴズ方面には帰らず、北を目指す。ミューレゲイトに相談すべきかと迷ったが、リーフ王国の動きの速さに、時間をかけるのはよくないと思っていた。


 しかし、ここで彼は魔王の顔を脳裏に描いた。


 褒めた時に、喜び笑う彼女の顔が蘇る。


(俺は……とっくの昔に、魅せられていたのかもしれない)


 アラギウスは馬首を巡らし、道を変えた。


 単身でリーフ王国へ乗り込もうと考えていた己を恥じたわけではない。


 彼は、自分を親友として信用してくれる相手に、このような大事なことを相談もせず行うのかと躊躇ったことが大きい。そして、自分に何かがあった時、魔王はきっと悲しみ、とても悲しみ、そんな彼女を彼は見たくないと思ったのである。


(帰ろう。大樹の家に)


 アラギウスは、馬の背を撫でる。


 馬は、乗り手の緊張を感じていたが、その彼の手で、緊張が解けたと感じて軽やかな進みへと馬蹄の律動を変えた。




-Arahghys Ghauht-




アラギウスはいつものように目覚め、外に出て歯磨きをしながら身体を伸ばす。この頃にはすっかりと若返りが終わっており、二十五歳の肉体となってキレもよかった。老人になってから一〇日後である。


 コボルトがパンがふたつ入った籠を抱えてやってくる。


「おはよう!」

「おはようございます! これどうぞ!」

「ありがとう」


 コボルトが去り、アラギウスは口を濯いで籠を持ち、家の中へと戻った。


 ミューレゲイトが寝癖だらけの髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら、欠伸をして寝床から這い出る。大魔導士は遠慮して外へと戻り、水を汲み、パンをスライスしてから戻ると、身支度を整えた魔王はベーコンと目玉焼きをフライパンで焼いていた。


 いつものように皿を二枚、テーブルに置き、魔王がそこに目玉焼きとベーコンをのせスライスされたパンも盛られる。


 ここで、ベラウの声が外から聞こえた。


「報告! ヌドンベレ殿が帰られました! 無事にアリス姫をさらってきたとのこと!」


 アラギウスとミューレゲイトは外に出て、ベラウにそれぞれ、パンと目玉焼きを差し出す。受け取ったベラウは一口で食べ「うまい!」と大きな声を出した。


 森のほうから、ドワーフに連れられた細身の女性が見える。


「姫で間違いない」


 アラギウスの言葉に、ミューレゲイトが笑う。


「では、本当にアロセル教国にいたのだな?」

「ああ……エリーネに会うことがあれば、礼をせねば……」


 二人は、アラギウスを見て笑顔を咲かせたアリスに迎えた。


「アラギウス! ……だれ?」


 姫に問われた大魔導士は、隣の魔王を紹介した。


「ミューレゲイト、魔王だ」

「ま……ままままっままま……」


 姫は、白目をむいて後ろに倒れたのである。




-Arahghys Ghauht-




 ローデシアの都市ファウス。その市街地はすでに完成しており、五〇〇〇人の魔物が暮らし、今も増え続けている。市場、住宅、製造、宿、飲食などなど種別ごとに区画が整理されて、大通りと環状道路が市内の交通を円滑にし、市内を巡回する馬車が移動を容易くする。そして上下水は地下に埋設され、湖から外へと水路を進めば農園とは半日で往来が可能だった。陸路はまだ生きていて、森の中に点在する集落をつなぐ。そして、宿場町は彼らが物々交換をする市場が開かれる場所にもなり、とても賑わっていた。


 アリスはこのような国を、一年ほどで作ってしまったアラギウスとミューレゲイトを、素直に羨ましいと感じ、すごいと思う。


「いやいや、魔物達は懸命に働いてくれたから。休みはいらないと言うんだ。これからはそうもいかないが、彼らの頑張りのおかげだ」

「そうだな。働いてくれる者達がいてこそ、この国は成り立つのだ」


 二人の言葉は本心からのもので、アリスはそこもうらやましい。


 彼女はリーフ王国が、少しでもこのローデシアのようになれないかと本気で思うが、条件が違いすぎて駄目だと苦笑する。


 アリスは、ローデシアのことを教えてくれた二人に礼を言い、魔王府の室でこれまで自分におきたことを説明する。


 彼女は、アラギウスへの想いは黙った。


 彼女はそれだけは喋らないと決め、法皇の嫡男エドワードとの婚姻が嫌で逃げ出した結果、アロセル教国との国境で教国の騎士に捕まってしまったと説明する。


「ああ、これでもう王国に連れ戻されて、結婚式まで外に出ることができないと諦めていたのですが、どうしてかわたくしはアロセル教国の北にある灯台に連れていかれました。そこで、エドワードが……」

「監禁されていたのですね?」


 アラギウスの問いに、彼女は頷く。そして黙った。


 ミューレゲイトが口を開こうとしたが、アラギウスが止める。それは訊くなという意味で、魔王は怪訝な表情となったが、同席していたオーギュスタが大魔導士の配慮を褒めた。


「ケツデカ、もういいだろう。姫様にはご退席いただいて、別室でお待ち頂こう」


 ラビスが入室し、姫を連れて他の部屋へと連れていく。


 扉が閉じてしばらくしたから、アラギウスが救出を成功したヌドンベレに問うた。


「姫は、乱暴をされていたと思うか?」

「……お助けした時、肌が晒されておられた……暴力の後も痣となって……憔悴されておられた姫をお運びしながら、貴方が待っていると繰り返し伝えたのだ」

「……許せぬ。わらわは許せぬぞ」


 ミューレゲイトの怒りに、オーギュスタが意外だという顔で口を開く。


「あんた、その姫に直球の質問をしかけていたのに意外よ」

「わらわがまだ力をもたぬサキュバスであった頃……それはもうひどい扱いを受けたことがある」


 皆が意外だという顔でミューレゲイトを見た。


「わらわは、力で勝てなかった。だから、わらわは自分を守る為に力をつけた。選ぶために……自分を守る為に、生きる道を選ぶには力がいるのだ」


 ミューレゲイトはそこで言葉を止めると、アラギウスをまっすぐに見る。


「アラギウス、姫を保護して、これからどうする?」

「王をすりかえる」

「すりかえる?」


 ミューレゲイトが間の抜けた声で問い返した。


「そうだ。リーフ王国は今、国力は疲弊し、軍事力は先日の戦いで壊滅、国内は反王家の勢力が拡大……この王国が仮にこのまま壊滅し崩壊すると、大陸は大変なことになる。王政の崩壊による難民流出は大きな規模になるだろう……東方大陸は大混乱になる。それを防ぐためにも姫に王位を継いでもらう」

「わたしたちが擁立するの?」


 オーギュスタの問いに、アラギウスは「違います」と答え、説明した。


「ハイランドのレイ王に頼もうと思う」


 ミューレゲイトもオーギュスタも、その人選には納得だった。


 アラギウスはもうひとつあると言い、続ける。


「アロセル教国には、我々で罰を与えようと思う」

「……姫のために?」

「そうだ。姫が安心してリーフ王国を継げるように、教国の腐った首脳部を潰しておく必要がある。とくに、拉致監禁したうえに、疑いを我々へと向けて、あわよくば侵攻をと企んだ教団を放置しない。ヌドンベレ殿」


 ドワーフの長が頷く。


「聞こう」

「中央大陸の、アロセル教団本部に、大司教の派遣要請を願えませんか? 東方大陸のアロセル教団は国家運営をするなかで腐敗しました。リーフ王国を操り大陸に混乱を齎した罪で罰せられますから」


 アラギウスはそう言うと、今回の事件の背景を話す。


 推論だという前提で始まった彼の話は、姫が縁談を嫌って逃亡したまでは事実だったが、そこから先はいろいろな思惑が交錯したのだと話す。


「エドワードは、姫を監禁したことで恥をかかせられた仕返しができたと満足するが、彼の行いはおそらく法皇を始めとする上層部の知らないところだったのでしょう。それが教国内で明るみになった。ここで、彼らは隠蔽を企むのですが、姫が見つからないままだとそれもまずい。よって、姫はローデシアに向かったという侍女の証言を利用し、ローデシアで姫は囚われているから救出をと訴えた。姫はいないのはすぐにわかることです。ですが、彼らは保身と隠蔽の為に、魔物達なら殺して罪をなすりつけてもかまわないと思ったのです……俺やエリーネを使い捨てたリーフ王国同様、腐っているのです」


 オーギュスタがそこで、真面目な顔で発言した。


「わたしからも、アロセル教団本部への手紙を書こう。ヌドンベレ殿、頼まれてくれるか?」

「もちろん」

「アラギウス」


 オーギュスタに名を呼ばれ、大魔導士は彼女を見た。


「アロセル教国への仕置き、どうするつもりだ?」

「教団上層部を粛清します」

「しかし、それではお前の汚名ともなるのではないか?」


 大魔導士はうなずくと、ミューレゲイトを見つめる。


「なんだ?」

「ミューレゲイト、俺を追放してくれ。アロセル教国に間者を送り込み、エドワード殿下の花嫁をさらってきた罰としてな」

「いやだ」

「……わたしがしよう」


 オーギュスタの言葉に、ミューレゲイトが両目を細めた。


 魔王とハイエルフが睨み合う。


「オーギュスタ、ふざけるのはそのペチャパイだけにしなさい」

「……人が気にしているロリ体型のことを……アラギウスがこれからしようとすることは、ローデシアにとって悪影響があることだから、その前に無関係になれと彼は言ってんのよ」

「それがどうした? 一緒になんとかすればいいではないか。わらわは認めん。わらわはアラギウスを決して追放なんてしない!」


 ミューレゲイトは席を立つと、一同を残して部屋を去る。


 オーギュスタが、大魔導士に言う。


「あんた、ちゃんと話をしておきなさいよ? 処理はこっちでしておくから」

「はい、わかってます」


 アラギウスは、ハイエルフの配慮に一礼して感謝を示した。




-Arahghys Ghauht-




 大樹の家。


 夜。


 アラギウスは鶏肉を炙った食事を買って帰宅した。


 ミューレゲイトは寝床にいた。


 毛布を被ってまるまっている。


「ミューレゲイト、一緒に食べないか?」

「……」


 アラギウスはテーブルに料理を広げ、壺の酒を柄杓で瓶に移すと、杯をふたつ置く。そしてひとつの杯に注ぎ、鶏肉を食べながら酒を飲んだ。


(美味しくないな)


 彼は魔王を見る。


「ミューレゲイト、食べてくれないか? 一緒に……一人だと美味しくないんだ」


 毛布がもそりと動き、魔王が這い出る。そして拗ねたような表情のまま彼の隣に座ると、彼の杯を奪い、口をつけた。


「相談もなしにごめん。だが、俺でなければならない。お前はローデシアをまとめていかないといけない。オーギュスタ様にはそもそも無理だ。魔物達を戦わせるわけにはいかない。わかってもらえないだろうか」

「わかりたくない」


 ミューレゲイトは杯の酒を一気に飲むと、アラギウスを正面に見る。


「わらわはお前を失いたくない」

「……そう言ってくれて嬉しいが……いや、一年と少しで離れることになってすまない」

「……帰ってきてくれ。とても長い時間が過ぎて、皆が忘れてしまった頃に、またここに帰ってきてくれ」

「……俺達にしかできない約束だ」

「……約束、してくれるか?」

「約束する」

「待ってる。アラギウス……ここで待ってる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ