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大魔導士の本気

 アラギウスは迷宮の一層で、ヌドンベレ達ドワーフが用意してくれた部屋へと入った。ドワーフ達は万が一の時に備えて大人達は皆、甲冑を着こんでいた。


「一大事には必ずお味方すると思っていたが、不要ですんで良かったよかった」


 ヌドンベレの気持ちに感謝したアラギウスは、出されたスピリットという酒を飲んで顔が一瞬で赤くなった。これは強すぎると言い、遠慮した彼にヌドンベレが笑いながら去る。


 ヌドンベレは一〇〇人のドワーフを引き連れてゴズ迷宮の一層と二層を改装中で、すでに一層の一部は居住区として使っていた。そのなかの一部屋を借りたアラギウスは、将来、商人連合とローデシアで取引ができるようになれば、この一層は宿場町として大きく発展するなと想像する。


 藁をしきつめただけの寝床だが、野宿を覚悟していた彼にはありがたい。


 アリス姫の件、どうやってアロセル教国に探りを入れようかと考えながら横になった彼は、飛び込んできたベラウに驚く。


「ど……どうした?」

「攻めて来ました! 夜襲です!」

「夜襲!?」


 飛び起きた大魔導士は、ベラウに続いて一層を駆け、東側の外へと飛び出したところで、果敢に戦うオーガの戦士達を見る。不意をつかれて数がそろわないながらも、皆が懸命に武器を振り回し、威嚇の声をあげていた。


(敵の数もわからないな! しかし、攻撃してくるとは! 強行したのはおそらくリーフ王だろう。加わっても教国くらいか)


 ゴズ迷宮の一層から、中で休んでいたゴブリン、ダークエルフ達が外へと飛び出し、それぞれに武器を手に戦いを始める。


 アラギウスは、夜空を見上げた。


(二度と、リーフ王と教国が、ローデシアに手を出せないと思うほどの殺戮がいる)


 彼は両手を空に掲げる。


「美と恋の神ハーヴェニー! その輝きの欠片を求む我に応じて情けを授けよ。貴女に恋した愚かな男にせめてもの戯れを――」


 夜空が歪む。


 しかし、地上で戦う者達には空を見上げる余裕などない。


 ミューレゲイトが現れ、部下達を助けようと歩を進めた時、彼女はアラギウスの背を見つけた。そして、大魔導士の魔力が凄まじい勢いで身体の外へと放出されているのを知る。


 魔王は、らしくないほどに動揺した。


 それは、彼が発動している魔法が、命と魔力を糧にする危険な魔法であることを知っていたらから。


 呪文の詠唱を続けるアラギウスへ、ミューレゲイトは止めさせようと駆け、叫んでいた。


「アラギウス! それは駄目だ!」


 大魔導士は振り向かない。


 彼は呪文の詠唱を止めない。


「――与え賜え。男達を虜にする貴女の口づけを大地に授けよ」


 アラギウスの身体がふわりと浮かび、直後、夜空が割れたように歪むと光が現れた。


 ミューレゲイトは、その輝きが大きさを増しながら地上へと近づいてくる光景に叫ぶ。


「皆! 撤退せよ! 迷宮に入れ!」


 直後、アラギウスは渾身の力で腕を振りおろして叫んだ。


女神降臨メーテルリッツガージェズ!」


 彼の手が振り降ろされたと同時に、現れた光は速度を増し、一気に地上へと落ちていく。凄まじい轟音に地上の人間、魔物、問わず空を見上げ、一瞬後には逃げ惑った。


 魔物達は慌てて迷宮へと逃げ込む。


 人間達は、野営地へと撤退するが、彼らの野営地と戦場の間に、その光は落下した。


 重く腹に沈む音の後に、八方へと衝撃波が走った。それはあらゆるものを薙ぎ倒し、発動したアラギウスも吹き飛ぶとゴズ迷宮の東門へと背からぶつかる。


 ミューレゲイトは大樹にしがみつき、しかし大樹ごと地から剥がされ吹き飛ぶと岩に身体を強打して止まった。


 爆風が去り、物語で語られる冥界のような光景が露わとなる。


 落下地点を中心に、大地は円錐状に抉られて、その円内には何者もいない。しかしその周囲には、おびただしい人間の死体、肉片、内臓、腕とか脚などの部位が飛び散り、かろうじて立つ大樹の幹は、不気味な樹液のように滴る血で濡れている。そして次第に運ばれる悪臭は、濃い死の臭いであった。


「アラギウス」


 ミューレゲイトが倒れたアラギウスへと近づく。


 彼はミューレゲイトを見て、困った顔をした。


「……ここまですごいとは思わなかった……初めて……使ったから」

「馬鹿者……」


 彼女は左腕が折れているなとわかったが、無視してアラギウスを助け起こす。


「老けたな」


 魔王の言葉に、大魔導士が瞬きをする。


「俺、どうなっている?」

「老人だ……」

「……くくくく」


 笑うアラギウスに、ミューレゲイトが尋ねた。


「どうして笑う?」

「ようやく……老いた」

「……すまぬ。わらわのせいだな?」

「そうだ、お前のせいだ」


 二人は、笑い続ける。


 人間達の悲惨さを無視して、ただ笑った。


 翌朝、ハイランド、北方騎士団、ローランドの軍が、夜襲をしたリーフ王国とアロセル教団の軍勢が壊滅したことを受けて、負傷兵の収容をおこなったが、一割ほどが無事で、三割が負傷兵、残りは戦死であると発表した。




-Arahghys Ghauht-




「あーはっはっはっはー! 爺になってるじゃない! アラギウス! あんた! ハーヴェニーの接吻を使ったのね!? 馬鹿よ! あーはっはっは!」


 オーギュスタの大笑いに、このハイエルフはひでぇなという視線のベラウとヌドンベレが、老いたアラギウスを寝台に寝かす。


 アラギウスは、若いつもりで迷宮の中を歩き、つまづき、転んで怪我をしたのである。


 ミューレゲイトが、足首をくじいて横たわる大魔導士の傍らに膝をつくと、彼の頭を撫でた。


「同胞を救う為に無理をさせた」

「いや、二度と手出ししたくないと思わせたかったから、わざとあの魔法を使ったんだ。気にするな」

「気にする。ありがとう……アラギウス……すまない。すまぬ」

「どうして詫びる?」

「お前を……呪いにかけて、次はこき使って……わらわはお前に何を返せばいい? 教えてくれ」


 大魔導士は、皺とシミが増えた顔を歪めて笑った。


「そうだな……アリス姫の行方を探ってもらえないか? アロセル教国にいるかもしれないと、エリーネが去り際に言った」

「それは断る」

「ミューレゲイト……」


 情けない声を出した大魔導士をみて、魔王は笑うと頷く。


「冗談だ。わかった……ヌドンベレ殿」

「うん?」


 ヌドンベレが魔王を見る。


 彼女は、アラギウスの頭髪が少なくなった頭部を撫でながら言う。


「密偵を教国に入れてもらえないか? 我々には無理だが、ドワーフは戦神ヴェルムに仕える戦士達だ。主神アロセルの盟友……昔から教団とも関係は悪くない。頼めないだろうか」

「他ならぬ魔王殿と大魔導士殿の頼みだ。やってみよう」


 こうして、アロセル教国にドワーフの一団が入ることになる。彼らはカリフ山地から南回りで大陸を一周する修行の身として、教国との国境を越えた。


 ヌドンベレと、供三人のみであった。




-Arahghys Ghauht-




 ミューレゲイトは仕事が溜まりにたまり、ファウスに帰還しなくてはならない。それで彼女は、アラギウスの世話を仕方なくラビスに譲ると、魔王府での仕事――南の海岸に埠頭と周辺設備の建設、農園とファウスに診療所を増やすことも急ぐ必要がある。


現場監督や各所との調整をしていたアラギウスが歩けないので、魔王に負担がかかったわけだが、オーギュスタは彼女を手伝わず、新しい薬の調合をアラギウスの部屋で行いつつ、彼をからかう。


「まだ、勃起できるの?」

「オーギュスタ様……ラビスが恥ずかしがってますから……」

「大事なことよぉ……できた。アラギウス、毛生え薬ができたわよ」

「頼んでませんよ」

「あーはっはっは! 一夜にしてハゲ! あーはっはっは!」

「アラギウス様、気にしないでくださいね? 頭髪の多い少ないなどわたしは気にしませんので」

「気にするわ! 気になるわよ! あーはっはっは……ゲホゲホ!」


 バチがあたったと笑ったアラギウスに、オーギュスタが呼吸を整えると、ヨハンから烏で届いた報告書を彼に差し出す。


「昨日、届いていたみたいよ。ファウスに」


 アラギウスは受け取り書類を読む。物品ごとの相場変動や、市場の動向などの報告の最後に、気になる事、という項目が追加されていた。


『アロセル教国内の北端に、祈りの灯台がありますが、そこを改修するとかで物資の注文がグーリットの各商会に入っています。ただ、王族が使うような寝台や化粧道具、衣装箪笥なども含まれていて気になりました。法皇に異を唱える派閥でも捕らえて、閉じ込めようという可能性があります』


 アラギウスはわかった。


「アリス姫だ……どうして誘拐など……ラビス」

「はい?」

「アルビルを呼んでくれないか?」

「はい、ただいま」


 彼女がパタパタと去った後、オーギュスタが意味ありげな笑みを浮かべて口を開く。


「この魔族たらし……ミューレゲイトだけでなくうちの可愛いラビスたんまで?」

「俺は師です。彼女は弟子」

「いろいろ、手とり足とり胸とり隅からすみまで丁寧に教えてあげてちょうだい……で、どうするの?」

「アルビルに、人形を通してヌドンベレに指示を出してもらいます」

「違うわよ。老人になってしまってどうするの? これから」

「……さぁ」

「さぁってあんたね……」

「オーギュスタ様、ミューレゲイトの呪い、解けているんでしょうか?」

「それは無理よ。だからずっと爺よ」

「……それはそれで辛い」

「絶望よ! マラだけ元気な爺が永遠にいるのって嫌!」

「……」


 オーギュスタはクスクスと笑い、「冗談」と言って手の平にさきほどの薬をのせる。


 粉薬である。


「足首の痛み止め」

「……粉薬ですか?」

「半分は溶かして、包帯をその液に浸してから撒いてね。その上から渇いた包帯でまた撒く。残り半分は今、舐めなさい」

「……舐める?」

「あんた、舐めるの知らないの? ペロペロすんの」

「……」

「ただいま帰りました」

「早いのよ、ぺったんこ!」


 ラビスは急いで帰ってきたのにオーギュスタに叱られて固まる。その後ろで、アルビルがアラギウスを見て驚いていた。


「アラギウスだ! オーラはアラギウスなのに、お爺ちゃんになってんのなんで!?」

「あ、まだ知らない奴がいたのね」


 オーギュスタが楽し気に笑う。


 アラギウスは急いでヌドンベレと連絡を取りたいが、長々と説明を始めたハイエルフの邪魔はできなかった。


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