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ローデシアに集まる者達

 グーリットの町へ、ラビスを伴ってアラギウスが入ったのは春から夏へと季節が移ろうかという頃合いだった。市街地の中でも港に近い旧市街地に、木造三階建ての建物があり、そこを本店として株式会社は設立されている。


 株式会社フラレンス。


 ハイランド王国のレイが出資した会社として登記されており、その信用度は新設とは思えないほどに高く、商人組合への加入も問題なく許可され、店先にはグーリット商工会議所会員会社の看板が掲げられていた。


 ヨハンが代表となり、彼の家族も一緒にグーリットへと移住することになった。騎士家系の一族であったが、家族は大都市のグーリットに移るなり、大喜びしたそうだ。


「ハイランドはまぁ……貧しいので、土地が」


 ヨハンの言葉に、アラギウスは笑う。


 店の一階はダミーの品が置かれており、ハイランドで製造した酒が置かれている。これは、ハイランド王家の酒造所でつくったものであるとし、わざと金額を高く設定していた。


 あまり酒の商いが忙しくならないようにという配慮である。


 二階は事務所で、三階はアラギウスがグーリットに来た時の部屋として改装した。


 三階で、市場で買い集めた持ち帰り料理を並べて酒を飲むアラギウスとヨハンは、これからのことを話し終えて、話題は自然とリーフ王国のことへと移っていた。


「アラギウス様がいなくなったあの国は、もともとおかしかったのが、さらにおかしくなったという有り様でしてね」


 ヨハンは「いい気味ですけどね」と言い、さらに続けた。


「聖女と王室の関係がうまくいかなくなったようで……大聖女エリーネはこの一年で評判をとても落としましたね」

「理解できん」


 アラギウスは首を傾げる。


「彼女は確かに上昇志向が強すぎるが、能力は間違いない。俺を追放した転送魔法など見事なものだった」

「敵を褒めてどうするんです?」

「うーん……敵ではないな。いや、俺にとっての敵は、ローデシアの敵だから大きな意味では敵になるか……」

「恨んでないんです?」

「彼女個人を? 嫌ってはいるが、恨んではいないな」

「複雑な……」

「追放された身とすれば、もう二度と関わりたくはないな。彼女個人とも、リーフ王国とも……」

「この大陸で最も古い国家です。だからこそ、その古さを自慢するところがありますし、歪んでもいるでしょう……」


 ヨハンはそう言い、ハイランドからリーフ王国へと留学していた時を思い出すように言葉を続けた。


 一〇年前の十八歳の時、彼は単身、リーフ王国の魔法学院へと留学した。そこで彼は、自分を田舎者として軽く扱うリーフ人達を知り、これが沈む国の民かと胸中で反発したという。


「彼らは他者を見下すことに長けていました……そういう意味では、アリス姫が婿をもらって王位を継ぐのが最も良いかと思いますがね」

「お前もそう思うか?」

「先生も?」

「ああ、俺も思う」


 二人で酒を注ぎあい、料理に手をのばす。そして冗談を言いあう。ここで、アラギウスはふと思った。


(俺、人間とこうやって向かいあうの一年ぶりくらいか……)


 すると、不思議なことに目頭が熱くなる。


 彼は誤魔化すために、ヨハンの下手な冗談に馬鹿みたいな笑い声をあげるしかなかった。




-Princess-




 原因はみっつ。


 ひとつめは、彼女に舞いこんだ縁談で、王室や王族は皆がそろって賛成しており、相手であるアロセル教団の法皇家族も是非にという熱の入りようで、彼女一人が乗り気ではないから断り続けているが、ついに法皇の嫡男が彼女を訪ねてタリンガルにやって来ていた。そしてこの後、会わなければならない。


 ふたつめは、聖女エリーネの立場が王国内で悪くなっていて、大魔導士を呼び戻せという恥知らずなことを宣う王、大臣たちの意見で王国上層部がまとまりつつあることだ。


(恥知らずな者達のせいで、アラギウス様がどれだけご苦労なさっているか……いや、彼であればローデシアであっても魔物に負けることはないだろうけど……いやいや、いくらアラギウス様でも、寝ることもあるから……)


 みっつめは、各地の盗賊や山賊の集団の規模が大きくなり武装勢力となってしまったうえに、王家打倒を叫び始めたことである。


(溜息しかでないわ……この一年で税金が倍になればこうなっても仕方ないわ……)


「姫様!」


 侍女のベロニカが声とともに現れ、自室で仕事をしている姫を睨む。


「エドワード殿下がお待ちであられますよ! お急ぎくださいますよう!」

「会いたくない」

「そのような我儘を!」


 アリスの母である妃と学友のベロニカは、我儘な娘を叱るような表情で姫へと歩み寄ったが、アリスの顔をみて、これは本当に嫌なことをされて困っている時の姫の顔であるとわかり、困惑した。


「姫様、すばらしいお話でありますのに、どうしてですか?」

「どうして? どうしてお前は、わたくしがアラギウス様のことを想うのは反対なのに、他の男のところへ嫁げというのです?」


 アリスは、育ての母であり侍女のベロニカだけに、自分の本当の気持ちを話していた。そしてそれは、味方してくれるはずの相手からの反対という最悪な結果となったのである。ただ、ベロニカはこのことを誰にも話していない。


 ベロニカは姫の言い分は、何の責任もない平民ならば許される恋だと言う。


「姫様、それは屁理屈です。姫様は王族としての務めを果たさねばなりません。この部屋にある品々……姫様のお召し物、お食事……全ての者は民の血税によるもの……姫様は個人でありながら公人であられますゆえ、どの殿方と夫婦になるかは王室として国家の為に考えるものです。どうしても嫌と仰るのであれば、姫様というお立場もお捨てになられるしかありませぬね」


 厳しい説教のつもりで言った侍女に、アリスはきょとんとした。


 それを見て、ベロニカもきょとんとする。

 

(え? この反応は何?)


 ベロニカが理解不能で固まった時、姫は視線を彷徨わせると、侍女を見つめて微笑む。


「ベロニカ! 貴女はさすがよ! 貴女が言うとおりよ!」

「ひ……姫様?」

「準備をしなきゃ……ベロニカ、エリオット殿下には、準備に時間がかかりますゆえとお伝えしてきてちょうだい」

「は? ええ、準備……はい、そのように伝えます」


 かくして、アロセル教国の法皇の嫡男エリオットは、四時間も待たされた。さすがに遅いと苛立ち、姫を早くと怒った彼は、姫がいるという室に乗り込んだ。


 彼女はいなかったのである。


 この日、リーフ王国の姫アリスは、姿を消した。




-Arahghys Ghauht-




 評議員としての仕事もあるアラギウスは、いくつかの新法を作り公布する。さらに監査院の報告書を眺めてチェックし、報告書を作成して魔王府へと提出する。


 魔王と出会って一年が経過しようかという頃。


 秘書のラビスの他、庶務員であるコボルトやゴブリンに指示を出し、大まかなスケジュールなどを調整した大魔導士が向かう次の仕事は大迷宮の鉱山エリアの探索である。


 魔虫の抜け殻が高く売れるが、そもそもこの鉱山は、鉱物が採掘できなくなったから閉鎖されたわけではなく、ゴズ火山の噴火によってドワーフ達が避難した為に閉鎖されていた。つまり、鉱物がまだまだ出る可能性がある。


「鉱物学者でもないお前にわかるのか?」


 オーギュスタの疑問に、アラギウスは笑顔で答えた。


「地質を現地で見て、サンプルを取って調べればわかります」


 こうして大魔導士は事務仕事をラビスに任せ、ゴブリン二〇名を引き連れて地下にもぐることになった。


 アルビルの出迎えを受けたアラギウスは、魔人に坑道の地図を書いてくれと依頼した。


アルビルは自身が記憶する限りの地図を描いてみせると、大魔導士に注意を促す。


「虫は大丈夫だと思うけど、アラギウスでも気をつけないといけない相手がいるよ。鉱山の奥、自然にできた洞窟に繋がっている箇所があるんだけど、その洞窟にはとっても古い精霊が住みついているよ」

「古い精霊? なんだろう? 会ったことあるか?」

「ないよ。戦ってみようと思って近づいたことあるけど、離れられたんだよね」

「わかった。気をつける」


 ゴブリンたちがその話を聞いて脅えていたが、アラギウスが守ると約束して下層へと降りていく。


 途中、魔虫の抜け殻を発見すれば、ゴブリンに一層への運び出しを命じた。


 坑道に入り、巨大な蜘蛛に襲われても一蹴してみせるアラギウスの強さは異次元で、ゴブリンたちはこの人がいれば安全だと感じて作業の速度が増す。


 ラビス達を助けた箇所に到達した大魔導士は、前回はここまでしか来ていないことを思い出し、右に曲がれば例の先が細まって進めなくなる通路だと記憶を辿った。


 直進した彼は、人の身体ほどもある蟻の集団が前方から迫ってくるのを見て、魔法を放つ。


火炎フレイム


 前方へとかざした手の平から炎を噴射させ、迫る蟻たちを焼き殺した大魔導士は、後方のゴブリンたちの安全を確保するため、光の球をつくりだし、坑道の奥へといくつも放った。


 魔虫がでないことを確認して先へと進むアラギウス達は、昇降機にたどり着くも、その周辺は不気味な卵で埋め尽くされている。


 馬鹿でかい蟻が奇怪な鳴き声をあげた。


「あれが女王か」


 アラギウスは一帯を焼き払った。


 巨大な蟻を駆逐した大魔導士は、昇降機はもう使い物にならないことを確認する。


 彼は悩んだ。


 これを修理して下へと降りるには、常にアラギウスがここにいて、修理作業を見守らないといけない。アルビルは門番だから、ここの見張りは頼めない。


 かといって、下に降りないと生きている鉱脈には辿りつけそうにない。


「悩ましいな」


 ゴブリンたちが蟻の死骸を片付ける作業を眺めながら、アラギウスはそこに座り込み、今日はじめての給水をすると溜息をついた。


『アラギウス、今いいかな?』


 人形を使ってアルビルが話しかけてきた。


「大丈夫だ」

『ドワーフ達が訪ねてきた。ローデシアの責任者に会いたいと言ってるよ』

「魔王にも知らせてくれ。俺はこれから上にあがる」

『わかった』


 彼は立ち上がり、ゴブリンたちに命じる。


「一度、撤収するぞ」

「片付けはまた今度にしますか?」

「……そうだな、このままにしよう。それに、もしかしたら蟻以外の虫が食べに来るかもしれない……抜け殻が手に入ればいいな」

「ははは! アラギウス様は抜け殻が大好きだな」

「俺達も脱皮できたら差し上げられたのにな」


 アラギウスは、ゴブリンたちが脱皮するところを想像し、うんざりとしたのである。


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