ハイランドの王
馬で迷宮西側へと向かう道中で、魔王が大魔導士に尋ねた。
「ハイランド王国とはどういう国だ? わらわは詳しくない」
「建国一二〇年だ。勇者アリク・ハーランドが建国した……が」
アラギウスは説明する。
魔王を倒した勇者隊の代表である勇者アリクは、リーフ王国の都タリンガルに帰還し、王家に仕えていた。当然、戦士エリオット、魔導士アラギウスもそうである。他の隊員はそれぞれの故郷へと帰っていた。
誰もがアリクの出世を信じていたが、当時のリーフ王国の王は、自分をも上回ろうという彼の名声を嫌った。そして、当時の王の娘、姫が彼に想いを寄せていたことも許せなかった。
王はアリクに、カリフ山地に建国を許可すると伝えた。
「彼の地は神々が宿ると言われる聖なる土地。勇者にふさわしいぞ」
王の言葉は白々しいもので、カリフ山地はたしかに伝説が多い場所であるが、高所であり平地が少なく豊かではない。しかしアリクは従い、カリフ山地に入った。
それからしばらくしてカリフ山地にハイランド王国が建国された。初代国王はアリク・ハーランドで、彼の建国を助けた原住民たちの長たちは、それぞれに爵位を得て諸侯となる。そして尚武の国あり、騎士が多く、他大陸への傭兵派遣業をグーリットを通しておこなうことで貧しい土地であるのに暮らしは豊かであった。
ハイランドの騎士をひとり雇えば、一〇〇人に匹敵する。
どこの誰が言ったか定かではないが、誇張があるにせよ、ハイランドの騎士は強い。
「……という国だ。だから俺を追放した国とは関係が微妙でね」
「その国の王とお前の関係は?」
「あちらのご先祖と俺は親友だった……あいつが建国する時、俺は一緒に行こうと言ったのだが、断られたよ。ただ、いろいろと助言を求められて、現地の民を排除するのではなく、取り込んで巻き込めと伝えたり、いろいろと……だから一応は今でも感謝はしてくれているし、一定の敬意を払ってくれる」
「……ふむ、ではあのフロント企業の件、相談できぬか? 個人を頼るのではない。国を頼るのだ。国家は信用と面子を重んじる面があるだろう? とくに騎士の国ともなればだ」
アラギウスはミューレゲイトの案にのる。
「お前、すごく頭を使うようになったな!」
「だろ? 褒めてくれぃ! うふふふふ」
二人の馬は、まるで遊んでいるかのように楽しげに駆ける。
夜も遅く、彼らはハイランド王と騎士達が、迷宮西側の出口付近で夜営をしているところを見つけた。
アルビルは夜ということもあり、森に出て夜空を望遠鏡で眺めては書類にペンを走らせている。これはアラギウスが教えたことで、天体の観測をしているのである。彼は遠くから近づく馬蹄に気付き、望遠鏡を片付けると書類を抱えて音がするほうへと歩く。
「アルビル!」
「アラギウス! この人達だよ」
魔人はミューレゲイトもいると見て、彼女に笑顔を向けるが、魔王には違いがわからない。
「ミューレゲイト、もっと遊びに来てよ」
「すまない。いろいろとファウスで忙しくてな。お前こそ、いつかファウスに招待するからな。地下室を作っているんだ」
「本当に? 楽しみ! あ、あっちの人達」
アラギウスが馬から降りたところで、野営地から騎士が三人、彼らへと近づく。
「ヨハンか」
「先生、お邪魔してすみません」
「いや、陛下に伝えてくれたから、こうなっているのだろ?」
「そうです。どうぞ」
弟子はアラギウスに進むように促すも、当然のように近づいてくる魔族を見て戦慄する。
「な!?」
咄嗟に長剣を抜き放ったヨハンは、魔王にひと睨みされて動けなくなった。
「わらわはミューレゲイト。アラギウスの友である。無礼は許さぬぞ、人間」
「ミューレゲイト、俺の弟子を虐めるな。許してくれ……彼は騎士だから、お前の力を一瞬で見てとって身体が反応しただけだ」
ヨハンは汗を顎から滴らせながら、とてつもない力を放つ魔族を横にして平然としている師こそ恐ろしいと感じた。
野営地の中央に設置された幕舎では、レイ王は平服で魔王と大魔導士の前に姿をさらすと、帯剣している臣下達に剣を置くように命じる。
「失礼であるから剣を置け。それに、この方たちが俺を殺そうと思えば、お前らなんぞでは守れん」
王は言いながら機嫌よく笑い、ミューレゲイトの前へと歩む。
「ハイランド王国の王、レイと申す」
「ローデシアのミューレゲイト」
「魔王……復活していたのか?」
「わらわは恥ずかしがりやでな……復活を宣伝したりはせぬよ」
レイは笑い、二人へと床几を勧め、自らも腰掛けた。三人の間に長方形の卓が置かれ、ハイランドの名産品である生命の水の瓶が置かれる。
ハイランド王国の王レイは、二十七歳と若いが思慮深く、公明正大で、アリクの生まれ変わりだと民から敬われている。その彼は魔族相手にも敬意を示した。
レイは手ずからグラスに酒を注ぎ、会釈をして魔王に差し出す。
ミューレゲイトは香りを嗅いだだけで上機嫌となる。
「これは……飲みたくてたまらなかったシングルモルト……感謝する」
「傭兵と酒が我が国の根幹産業だからな。そこのアラギウス殿のおかげだ……さて」
レイは、アラギウスを見て尋ねた。
「アラギウス様……アリクの子孫としてお尋ねします。我々、人間を裏切っておられないのは本当でしょうか? このように魔王の隣におられる貴方を見ると、それはとても本当のことではないように見えますが?」
親友の子孫として問うレイを前に、アラギウスも彼の先祖の親友として答えることにした。
「本当のことであるが、少し違う。まず、魔族を理由なく害する人間は俺の敵だ。それが前提条件にあることを理解したうえで、聞いてほしい」
アラギウスは言う。
魔族の王ミューレゲイトは、過去の行いを反省し、魔族のために、人間との棲み分けを計画しており、現在は実行段階である。この棲み分けが成功すれば、多少の衝突はあれども、過去のような決定的なぶつかり合いはそうそう起きないであろうと。
「何事も完璧なものなどないが、過去、現在よりもマシな未来があるのであれば、それは目指したいものだ……王陛下、お尋ねいたします……」
レイを王とした言葉遣いに変えたアラギウスに、王も背筋を伸ばして応える。
「……商人連合からは、問答無用で魔族を駆逐するようにとの依頼が出ているそうですが、魔物達が商人を襲ったのでしょうか?」
「……そのような報告は受けていない。あくまでも、街道や公道に魔物の群れが頻繁に姿を現すがゆえにということだ」
「魔王ミューレゲイトは、魔物達に人間と対立をしないことを条件に、ローデシアでの受け入れを認めることを、魔族に告知しております。よって、万が一、魔族が人間を襲ったのであれば、それは罰せられるべきでしょう。しかし、そうでないのであれば、彼らの移動は認められるべきです」
レイがミューレゲイトを見る。
彼女は酒を楽しむ微笑みを浮かべているのみだった。
「アラギウス殿、わかった。今後は、魔族の移動を監視し、人間との間に問題が起きぬようにしよう。約束する」
王はそう言うと、騎士に紙をペンを要求した。用意された紙に、王はさらさらと文章を印し、自らの親指にナイフの刃を当て、血判を押す。
「急ぎこれを」
王の命令を受け取った騎士が、迷宮西側の出入り口へと急ぐ。その騎士をアルビルが慌てて追う。
「待って! 迷ったら危ない! 案内する!」
魔人と騎士が消えた後、王はアラギウスを笑った。
「しかし、楽しそうなことをしていますねぇ……リーフ王国で窓際に追いやられていた頃、何度となく引き抜こうとしたのを断ったくせに、魔王殿を助けて国づくりですか? 愉快ゆかい!」
「笑わないでください、陛下」
「魔王殿、この人は変わった人ですが、仲間を決して裏切らない人です。宜しくお願いします」
ハイランドの王が、魔王に頭をさげる。
騎士達が、謙虚な若い王を真剣な眼差しで見守った。
ヨハンはこういう王だから、自分達は仕えたいのだと思い、この王の態度に対して、頭に乗るような態度を魔王がとったら許さぬという意志で視線を転じる。
ミューレゲイトは、シングルモルトの瓶を持ち、レイのグラスへ酒を注ぐ。それを両手で持った彼女は、レイへと差し出した。
「存じております。そして、そんな彼を、そう話す貴方もまた信用できる方であると知ることができました。素敵な出会いに……」
レイはグラスを受け取り、三人は同時に飲む。
騎士達が、ホっとした表情で警戒を解いた。
レイがそれに気付き、何を緊張してるんだという目で彼らを眺めた後、アラギウスに問う。
「なにか手伝えることは?」
「実は……人が足りない」
「人をローデシアに派遣するのはさすがに無理だが……」
「いや、グーリットに商会をつくりたいのです。株式会社で」
アラギウスは、フロント企業の案を説明した。
レイはすぐに理解する。
「なるほど……いい人物がいます」
ハイランド王は、アラギウスの背後を指差す。
大魔導士と魔王が振り返ると、目を丸くしたヨハンがいた。
「え? 私ですか?」
「ヨハン、ハイランド王として命じる。アラギウス殿のもとでグーリットに入り活動せよ」
ヨハンは片膝をつき、承諾するしかなかった。