人間との関わり
グーリットの市街地へと入ったアラギウスは、まずラビス達と合流した。
「ラシードさんの商会で、食料の買付をおこなっています」
彼女の報告に、買付けている一覧表をみる。
「一万人が消費して農園の収穫まで飢えないようにせねばならない。この規模を継続して購入しないといけない」
アラギウスの言葉に、ラビスが頷くと、別の紙を差し出した。
「これ、ラシードさんが……現在、各大陸で高く売れる品物だそうです。ローデシアにあれば売ってほしいと……で、この魔虫の抜け殻……迷宮にいくらでもありませんか? 中央大陸で高く売れるみたいです」
「いくらでもあるかもしれない……帰路でアルビルに訊いてみよう」
アラギウスはその用紙をもったままラシードを訪ねた。
商人は上機嫌で、大儲けできたと喜んでいる。
「旦那のおかげでいい商売ができました。買った商会の連中も、掘り出し物ばっかりでいい買い物ができたと喜んでくれて、次回も必ず声をかけてくれと。ますます私の信用もあがり、旦那にも利益をお渡しできて安心した次第ですよ」
「本当に助かった。この用紙だが……」
アラギウスが各大陸で高く売れる品物が記された用紙を見せながら問う。
「……どうして教えてくれた? 何が狙いだ?」
ラシードは真面目な顔をした後に微笑む。
「今回、うちはとてもいい商売ができました。そのお礼と、今後のことを考えた時、旦那とは取引をしたいと思いますので、私という人間が役に立つこと、我が商会がそちら様にとって利益を齎す組織であることを知って頂くためです」
「……儲けのためか?」
「他に何があります? 我々、商会の究極の目標は利益を出すことですから」
アラギウスは頷き、好感を抱いた相手に笑みを見せつつ懸念を口にする。
「魔物との取引で捕まるかもしれないぞ?」
「そこです……アラギウス様、このグーリッドにフロント商会を作れば如何でしょう?」
「……偽装か」
「ええ、これは私には協力できないことですが、人間の経営者をたてて、その者の下で商会は営業活動を行うものとします……」
「誰をたてるか……そこを考えねばならないな。わかった、ありがとう。で、食料の件だが……」
二人は、ローデシアに送る食料の打ち合わせを始めた。
-Arahghys Ghauht-
大量の食料が、三隻の商船に載せられて、ローデシア南の沿岸を目指す。その船に乗ったのはラビス達で、アラギウスはゴズ山脈経由でファウスを目指した。途中、アルビルに魔虫の抜け殻を集めてくれと依頼すると、死骸じゃだめかと訊かれた。
「うーん、死んでるのは駄目だ」
『残念。殺すほうが楽』
「抜け殻、頼む」
『わかった』
少々、危険なアルビルの発言だが、この魔人は思ったことをそのまま口にしているだけだろうとアラギウスは思う。
(羨ましい)
素直な感想だった。
それから彼はファウスへと戻り、馬を変えて南へと移動する。この頃には農園とファウスを繋げる道も随分とできてきていて、馬の疲労は大きくなかったが、道中に宿場町を整備しないと駄目だとわかった。
「旅籠、酒場、厩舎、鍛冶、治安維持の分隊もいるな。ベラウ殿に相談してみよう」
アラギウスは三日をかけて農園に到着し、ホビット達の出迎えを受けるが、宴よりも準備だと皆の尻をたたき、沿岸へと向かう。沖合いにはすでに商船が到着していて、アラギウスが信号弾代わりの火炎の魔法を空に放つと、合図の鏑矢を放った。
小舟へと食料が載せられ、沿岸へと届き始める。
「濡らすな。丁寧に! ファウスへと皆で運ぶぞ」
アラギウスの指揮で、荷を受け取る班、荷出しの準備をする班、運ぶ班という班分けがされ、次々と食料が北へと運ばれていく。
ラシードの弟、ガルゼイという若い男が小舟で上陸し、アラギウスに挨拶をした。
「ガルゼイです。兄と違って俺は食べ物が好きでして、こういう商売をしています」
「よろしく。アラギウス・ファウスだ」
「本物に会えるなんて……しかし、どうしてまたローデシアに? リーフ王国を追放になったという噂、本当だったんですか?」
「残念ながら、本当だ」
「……今、彼の国は評判が悪いですね。魔導士の学院をなくし、魔導士の社会的地位が落ちたのでリーフでは魔導士不足とか……国内の反社組織が活発になっちゃって、それを取り締まるのに軍は必死だとか……」
「聖女の力は魔族にしか効果ないからな……」
アラギウスは思う。
リーフ王国のことはもういいと思いたいが、割り切れないものがあると。
(やはり、長く仕えた国だし、姫は立派な方だ)
彼は頭を払い、今はローデシアのことを優先だと決めて、ラシードと二回目以降の運搬に関する話し合いを始めた。
-Arahghys Ghauht-
農園は作ったからといって、すぐに収穫があがるわけではない。春を迎えようとする今、キャベツ、アスパラガス、セロリ、そら豆などが採れるものの量はまだまだ足りない。また、ホビット達の畑づくりに、アラギウスの案を採用しているので、面積ほどに収穫量は増えていないのである。
アラギウスの案は、作物を育てる畑と休む畑に二分割することだ。これは、数年で土が枯れてしまわないようにという配慮である。ここに、ホビット達の知恵である野菜を育てる順番も大事になる。
畑に科ごとの野菜で相性が良いもの悪いものを計算し栽培するのである。これで野菜が病気になったり、障害が起きないよう管理しようというものだった。
農薬も大事になる。
大量の作物を、効率よく育てるには農薬も重要で、その製薬はアラギウスがおこなった。
すぐに大量の収穫を得るのではなく、徐々に量を増やすための農園経営をおこなうと決めたアラギウスに、ミューレゲイトは賛成してくれたが、そこには迷宮で採れる魔虫の抜け殻がグーリットで高く売ることができたことが大きな理由となっている。
ここでアラギウスは、取引を継続的におこなう為に、ラシードの案であるフロント企業を創業させることを真剣に考え始めた。
彼は、大魔導士時代のコネが使えないかと考え、リーフ王国を追放されたとはいえ、自分がしていることに興味をもち、賛同しれくれて、協力してくれる人に相談をしようと考えていることを、ミューレゲイトに話したが、彼女は笑って否定したのである。
「ははは! アラギウス、お前のような善人がそう何人もいるわけがない。なにより、金の管理をするようになる仕事だ。また、グーリットの商人会とも波風たたせない付き合いをしないとならない立場だ。いないよ」
「そうかな? そう悪い人間ばかりじゃないと思うけど」
「お前が追放された時、助けてくれた人はいるか?」
「……」
「いなかった。これが事実だ」
アラギウスは耳が痛いなと苦笑する。
魔王の執務室には、調度品が増えた。これは、いくらなんでも質素すぎると心配したアラギウスが、グーリッドで見繕った絵画や置物を運び込んだからだ。それまでは、椅子と机、人が集まった時に使うテーブルセット程度だったのである。
今、二人はテーブルセットで緑茶を飲んでいる。
アラギウスが反論したほうがいいかと思い口を開こうとした時、人形を介したアルビルの声が聞こえた。
『アラギウス、ちょっといい?』
「アルビル。大丈夫、ミューレゲイトにも声が届くようにできるか? 彼女とも話したいと人形に念じてみてくれ」
『どう? 聞こえる?』
「聞こえた。アルビル、どうした?」
魔王の問いに、魔人は困ったように話す。
『人間がアラギウスに会いたいと言って迷宮の一層に来ているんだ。追い返そうと思ったんだけど、立派な格好をした騎士がたくさんいるし、僕を見ても驚かないし、事情も話すものだから、聞いてみるって答えたんだ』
「名前はなんと言ってた?」
『レイ・ハーランドさん……一番、立派な格好をしている』
「西側の出口に案内してくれ。俺が会いに行く」
通話を終えた時、魔王が問う。
「誰だ?」
「ハイランド王国の現在の王だ。彼には俺の弟子が仕えていてね」
「例の……騎兵に襲われていたのを助けたって件の国?」
「そうだ」
「……わたしも行こう。会っておきたい」
二人は、魔王府を出て東へと向かう。