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7ー1.姫の好きなもの

 魔王城に来て1ヶ月。私は相変わらずのんびりと暮らしていた。


 チェルさんが殺すのなら連れてくる必要はないとは言っていたが、言葉の通りで、毒が盛られることも誰かが襲ってくる事もなかった。


 ロンディネでの生活とは違い、とても平和だ。

 部屋も高級ホテルみたいだし、料理もとっても美味しい。


 そしてチェルさんがいる。

 仕事とはいえ、私が生きているか気にかけてくれるのはこれ以上もない幸せだった。

 今日もご飯が待ち遠しい。そう思いながら部屋の時計を見るとチェルさんが来るまで後十分だった。まださっき見てから二分しか経っていないんだ。

 それほどチェルさんが待ち遠しかった。


 そのままじっと時計を見ているとゆっくりと十分が経ち、扉をノックする音が来た。チェルさんだ。

 急いで扉を開けるとすぐにチェルさんが視界に入った。


「姫。飯だ」

「ありがとうございます」


 そのままチェルさんは部屋に入っていった。

 今日も格好良い。なんて思ってもチェルさんに見惚れる時間は与えられていない。

 私も急いでソファーへ向かい、チェルさんが給仕をされている横で急いで毒のチェックだ。


 毒はやっぱりない。

 誰も殺そうとはしないのかなと思うと安心する。それでもまだ調べなくて良いと思えるまでにはいかなかった。


 ロンディネの毒殺未遂。割りきっていたようで、精神的にはきていたようだ。


「姫。準備が出来た」

「はい。ありがとうございます」


 チェルさんの声が聞こえたので、急いで見上げる。するとチェルさんと視線が合う。

 未だにチェルさんと視線が合うことに慣れていないので、まっすぐと私を見るチェルさんの視線にドキドキしそうになる。

 それでもなるべく気にしないように意識してご飯へと視線を戻す。


「いただきます」


 そしてすぐにご飯を食べ始める。ご飯は未だに毒の確認をしてしまうのが申し訳なくなるくらいに美味しかった。


 食べてしまうのが惜しいな。味わいたいけど、チェルさんの仕事もあるので、気持ち急いでご飯を食べ終わる。食べ終えるとお皿を片付ける。

 そしたら突然チェルさんの呟くような声が聞こえた。


「お前はラーメンがたべたいなんて言わないんだな」


 ラーメン。どうしたんだろう? チェルさんが見ると小さくため息をついてから続ける。


「ラーメンが食べたいと言い出すかと思ったが、数日待っても言う気配がないからな」


 そう言えば一週間くらい前にチェルさんとラーメンの話をした。

 食堂に興味はあるけど、チェルさんの面倒事になるのは確実だ。なので私はラーメンへの興味は胸の中にしまっていた。


「そんな事は言わないので、安心してください」


 ラーメンも気になるが、それよりも大事なのはチェルさんだ。

 チェルさんと挨拶が出来るなら、正直お茶碗一杯のご飯でも問題、なくはないな。お腹は空くけど我慢は出来る。


「好物のようだったが」


 言いきるとチェルさんが尋ねるように言った。

 いつの間にか好物になっていた。どちらかと言えば好きくらいだったんだけど、訂正するのもややこしくなりそうだし、好物にしよう。

 今日から姫の好きなものはチェルさんとラーメンだ。


「大好きですが、美味しいご飯を用意して頂いているんです。そっちのが良いなんて、ワガママは言いません」

「我が儘? やはりラーメンを食いたいんだな」

「えっと。それは」

「なんだ。気になるのか。なら最初からラーメンが食いたいと言えば良いものを。まぁいい。お前の好物なら明日の昼は食堂で良いな」


 そんな私にチェルさんがいつものテンションで淡々と言った。

 その言葉は予想外で、頭が思考を停止する。食堂で良いな? チェルさんは私をこの部屋から出そうとはしないだろうし、聞き間違いだろう。


「食堂ですか?」

「ああ。ラーメンが好物なんだろう?」


 何も言わない私に向けて再び口を開いた。チェルさんとラーメン。行きたいに決まっている。

 チェルさんは問題があったらそもそも言わないはずだ。それでも、その言葉に甘えて良いか考えてしまう。


「食べた、いえ、部屋の外に出るんですよ。魔王様にばれたら」

「先に言ったのは魔王だ。俺が見ていたら姫がラーメンを食っても問題ないと言っていた。そんなにお前がケチをつけるなら止めるが」

「いえ、行きたいです!」


 このままだとなくなってしまう。そう思った瞬間に反射的に言葉が出た。行きたい。それでも、問題ないかが気にかかる。

 チェルさんの様子を窺うように見上げると、チェルさんはいつも通り、何を考えているかわからない表情をしていた。


「わかった。ならこの話は終わりだな」

「は、はい。えっと、逃げませんからね」


 ちゃんと言っておこう。信頼はされているかもしれないが、確認も含めてチェルさんに伝える。

 チェルさんの表情を見るが特に変わる事はなかった。


「知っている。そんなことを考えていそうな奴なら話を出さない」

「そう、ですよね」

「なんだ」

「いえ、外に出てチェルさんの面倒事になってしまったらと」

「俺の面倒になることはそもそも提案しない」


 チェルさんが呆れた表情をして言った。わかっていてもつい考えすぎてしまう。


「そうか。お前はここでの待遇を気にしていたな。俺が不快だと思う事は話に出さない。余計な事を考える必要はない。まどろっこしいのは嫌いだ」

「はい」


 チェルさんは話を終えるとそのままカートを引いて扉へと向こうとした。

 私はチェルさんを引き留めるように急いで「チェルさん」と声をかける。すぐにチェルさんが私の言葉に気付き、振り返った。


「なんだ?」

「ありがとうございます。明日。楽しみです!」


 この部屋から出て良いか考えてばかりで、チェルさんにお礼を伝えられなかった。急いでチェルさんに伝えた。チェルさんは呆れたように息を吐いて口を開いた。


「ラーメンくらいで大袈裟だな」

「ラーメンも嬉しいですが、チェルさんが声をかけてくれて嬉しいです」

「お前が飯を食わなくなったら困るからな」


 そう言いながらチェルさんは再びカートを引いていく。そしてすぐに扉が開く音がした。


「あっ!」


 急いで扉へと向かうがもうチェルさんはいなかった。


「やっちゃった」


 扉を開けるのは良くないし、ゆっくりと振り返り、再び部屋の中へと戻る。

 ソファーに座るとすぐに頭に浮かんだのは先ほどのチェルさんの言葉だった。

 

”明日の昼は食堂で良いな”


 思い出すと口元がつい緩んでしまう。

 以前チェルさんも食堂で食べると言っていたし、きっとチェルさんと一緒だ。

 チェルさんと一緒にラーメンを食べる。考えただけで心臓の鼓動が早くなりそうだった。


 気持ちを抑えるようにゴロンと横になるとそのままソファーを叩いた。


「チェルさんと一緒。夢みたい」


 一緒にご飯なんてデートみたいだ。考えると更に心臓の鼓動が早くなる。


「好き、だな」


 改めて思う。私はチェルさんが好きだ。だからこの気持ちはきちんと胸の中に隠さないと。自分が訳あり物件なのは知っている。面倒な女はチェルさんの好みではない。


「あーけど。むりだ。隠さなきゃ」


 初恋は実らない。ましてや魔物さんと人間。期待なんて出来ない恋だが、普通の女の子らしく恋を出来たのは幸せかもしれない。


 勇者が来るまでどれくらい時間が残っているかわからないが、少しの間くらいこの気持ちを大切にしてもバチは当たらないはずだ。


 そう思いながら頭に浮かべるチェルさんは相変わらず無表情で素っ気ないが、とても愛おしく感じた。



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