6.魔王と最弱四天王(自称)
視点が変わります。
一日の仕事が終わり、チェルが向かったのは魔王の部屋だった。
チェルは週に一度、魔王に姫の様子を報告している。
魔王がチェルに姫のことを聞きに行ったのが始まりだった。
最初、チェルは魔王へ姫の事が気になるのなら勝手に見に行けと言っていたが、「特になし。以上」で魔王が納得するとわかると、それからは気が向いた時に「何もない」と伝えている。
魔王はそれ以上詮索せずに終わる。なら自分で確認すれば良いのにとも思っているが「何もない」で終わるならば、それで良いと思っているのも事実だった。
さっさと終わらせよう。そう思いながらいつものように部屋を叩く。すぐに扉が開き、魔王が部屋から出てきた。
魔王はチェルの来訪を予想していなかったのか、チェルが視界に入ると僅かに眉を顰めた。
「ん? チェルか。ああそうか。今日だったな」
だがすぐにチェルが報告に来たことに気付き、魔王の表情が柔らかくなった。
「日にちを間違えたか?」
「いや。いつも通りだ。姫が来てから一週間が短いと思っただけだ」
魔王がチェルを見ながら小さく笑った。実際チェルの訪問は実際の一週間よりも間隔は開いていたが、前回よりも短くなっている。チェルの中で何か変化があったのは明確だった。
「なんだ。お前は姫が来て浮かれているのか?」
「そうかもしれないね。ふふっ。チェルはどうなんだい」
「さあな。突然なんだ。何が言いたい」
魔王の言葉の意図を探るようにチェルが言う。これ以上仕事はしない。そんな気持ちが含まれているからか、チェルの眉間に皺が一つ増えた。
「同調を求めたかっただけだよ。駄話が過ぎたみたいだね。今週も姫は特になしかい?」
魔王はそれを見過ごさず、話を終えるように姫の報告へ話を戻す。
「ああ……」
チェルは『特になし。以上』といつも通りにさっさと報告して帰る予定だった。だがチェルの頭にラーメンの話をする姫の姿が浮かんだ。
俺には関係ない。とチェルは頭から消すがその瞬間を魔王は見逃さなかった。
「何か問題でもあったのか?」
チェルは誤魔化すようにいつも通りの澄ました表情へと戻すが、魔王チェルの言葉を待つようにじっと見つめる。
「すなまないね。どうしても姫の事になると敏感になってしまうようだ」
このまま見ていてもチェルが何も言うことに気付いた魔王がチェルを刺激しないように言った。そのまま話が終わる。
魔王の言葉に対してチェルは苦い顔をし、ゆっくりと口を開いた。
「あいつ。食堂のラーメンが食いたいと言っていた」
「ラーメン? 食堂のか?」
ラーメン。その言葉に魔王の目が僅かに大きくなる。城にある食堂の料理を知らないわけではない。ただ姫の言っている物がそれかは自信がなかった。
少なからず魔王にとって姫の口からラーメンと紡がれたのは予想外のことだった。
「ああ。食堂のラーメンだ」
「ふふっ。それはまた、面白いお姫様だね」
魔王が小さく笑いながらチェルに言う。そんな魔王とは正反対にチェルは淡々と言った。
「安心しろ。無理だと伝えておいた」
「無理?」
チェルの言葉に魔王が意外とでも言いたげな表情をする。そんな魔王の表情にチェルの眉間に皺がまた一つ増えた。
「無理に決まっているだろ。人をやたらと城内をうろつかせるわけにはいかないからな」
「そうだね。だけどチェルがついていたら問題ないよ」
「これ以上仕事を増やされても困る」
「仕事じゃないよ。ただチェルも姫と食事をした方が君の時間も増えるだろうと考えただけだ」
「確かにあいつは大人しく食っているが、隣で飯など食えるか」
チェルの眉間に皺が増えた。声も僅かに低くなり不愉快なのが伝わった。
チェルはまわりに誰も寄せ付けることはなかった。特に食事の時間は隙を突かせまいととても警戒して食べている。
ここで無理を言うと姫の監視からも手を引いてしまうだろう。魔王がそう考えながら小さく息を吐いた。
「なら、そのままで良いね」
「……引き下がるんだな」
チェルの知っている魔王は自分の都合の良い方に持っていく男だった。ここまであっさりと引き下がるのはあまり考えられない。チェルは魔王をじっと見つめる。
「君が話に出したから許可を出しただけだ。姫も少しずつこの環境に慣れてきているようだし、君に任せて良かったと思っているからね」
「……そうか。確かにあいつは前より話すようになったな」
囚われの姫と自覚しているのか、姫はチェルの手がかからないようにしていた。最初は最低限の会話しかしなかったが、段々と姫と話す時間が増えていった。
誰かと話すなど面倒なこと。そう思っていたが、姫との会話はチェルにとってあまり不快なものに感じなかった。
「チェル。もし気が向いたら言ってくれ」
魔王もチェルの変化に気付いていた。姫からラーメンを食べたいと言う話を引き出した。それだけ姫と話していると感じた。
それにチェルが魔王へ食堂の事を報告したのも珍しい事だった。もしかしたらどこかでチェルも心のどこかで姫を食堂につれて行きたいと考えているかもしれない。
「しつこい。だから」
「わかっているよ。強制じゃない。ただ一緒に食事をした方が効率が良いと思う時が来るかもしれないだろう」
「俺はそのお前の未来が見えているような言い方が嫌いだ。特になし。以上だ。もう良いだろう」
これ以上話していると姫を食堂へ連れて行くことになりそうだ。無理やり話を終わらせるように言い切るとチェルは魔王の部屋から出た。気が向いたら。そんな簡単に気など向かないだろう。
だが心のどこかで姫が行きたいといったら仕方ないと思う自分もいた。