53.チェルの配下
チェルさんと一緒に扉へと向かう。チェルさんの歩くペースはいつも通りで今は落ち着いているようだ。だが先ほどは苦しそうな表情をしていたし心配だ。未だにチェルさんの手は冷たいし。あまり無理をさせない方が良い。
扉の近くにつくと、さりげなく扉を開ける。すぐに扉の前で待っていたシルフィさんが私の視界に入る。
「待たせた」
チェルさんが来るのが予想外だったのか、シルフィさんが驚いている。確かにいつものチェルさんだったら私に問題ないと伝言して終わりになりそうだし仕方ない。
「いえ……。チェルさん? 仕事は?」
シルフィさんが窺うようにチェルさんと私を交互に見た。チェルさんが顔を出すとは思っていなかったようだ。
確かにチェルさんは自分のペースでお仕事を進めていそうだからな。チェルさんが今まで一人だったと考えるとそれは仕方ないかもしれないが、シルフィさんが我慢すれば良いわけではない。
チェルさんの調子が戻ったら、もう少しシルフィさん達が働きやすく出来ないか考えよう。
「キリの良い所だったからな。この報告書は返す。内容は問題ない」
「はい。ありがとうございます」
チェルさんがシルフィさんへ報告書を渡した。
シルフィさんは報告書を受け取ると小さく頭を下げる。良かった。シルフィさんの仕事は無事終わったようだ。
「シルフィ。他に急ぎの仕事は」
「ないです。魔王様も今日はこれで終わりで午後は休んで良いって言っていたし」
「休んで良いのか?」
お休みはチェルさんにも予想外の事だったみたいで、目が僅かに大きくなった。そう言えば魔王様に休んで良いか確認するとは言っていなかった。もしかしたらお休みが取りにくいのかもしれない。
とりあえず休めるのなら良かった。シルフィさんとのお話が終わったら部屋に戻って貰おう。
チェルさんは休んだ方が良い。先ほどの辛そうな表情が頭に浮かぶ。
「ただチェルさんと話したいことがあるみたい。いつぐらいなら部屋に戻っているかディーネと話していたし。昨日のこと? で聞きたいことがあるみたいです」
昨日のこと? 魔物の知識かな? 私は一緒じゃなくて良いのかな? 色々疑問は浮かぶが、余計なことは言わない方が良い。とりあえずチェルさん達の話だ。
「この資料では足りないのか?」
「ダメだって話してました」
「そうかわかった。他は?」
「ないです」
そう言っているが、シルフィさんが私に何か言いたそうな視線を送っている。
「シルフィさん?」
何だろう? 魔物の知識でなければ良いな。言葉を待つようにシルフィさんを見る。
「えっ、あ。はい! 姫様は、お、お菓子は好き?」
「は、はい!」
予想外の質問だった。反射的に返事をするとシルフィさんが腰に下げていたバッグから袋を取り出した。
透明の袋に入っていたそれはクッキーで、予想外の内容に一瞬、思考がストップしてしまう。
「これ、ユンさんから預かったの。クッキーっていうお菓子なんだけど、とっても美味しいの!」
私がクッキーを見ているとシルフィさんが早口で話した。ユンさんのクッキー。嬉しい。
「あ、ありがとうございます。そうだシルフィさんの分を」
ただこんなに美味しそうな物を私一人で食べるのが忍びない。シルフィさんも美味しいって言っていたし、シルフィさんの分もわけよう。部屋の中に分ける物がないか考えているとシルフィさんが私に声をかける。
「姫様。ありがとう。私達もユンさんからいっぱい貰ってるから問題ないよ! 貰った時にユンさんが姫様にも食べて貰いたいって言っていたの。で、私が預かったの。だからこれは姫様の分」
シルフィさんがえへへと明るく笑いながら言った。優しい。差し出された袋を受け取るとシルフィさんを見る。
「シルフィさん。ありがとうございます!」
「どーいたしまして。作ったのはユンさんだけどね」
シルフィさんは優しい。良い魔物さんだ。
ちょろいと思われても良い。シルフィさんはチェルさんの配下だし、私にたいして普通に接してくれる。他の皆さんもそうだけど、シルフィさんは特にだ。うん。良い魔物さん。
シルフィさんからクッキーを受け取るとそのままチェルさんへ頂きました。と気持ちを込めて微笑みかける。
チェルさんは最初苦い顔をしていたが私と視線が合うと表情が和らいだ。
「……良かったな」
「はい」
チェルさんも嬉しそうな表情だ。後で一緒に食べよう。楽しみだ。
「……そーだ。チェルさん」
シルフィさんの声が聞こえた。
何だろう。そのまま声の方向へ視線を移動すると、シルフィさんは何か言いたげな表情をしていた。
「なんだ。もう終わりではないのか」
「はい。えーっと明日からなんですが、ここに仕事を持って来ましょうか?」
「なんでだ?」
「あたしがここに来れば、チェルさんは姫様のところに直接行けるなー。って思いまして」
「確かにそうだな。冬の間だけ頼む。あまり動き回りたくない」
チェルさんは冬が苦手。助かるがシルフィさんの仕事を増やしてしまう。
大丈夫かな? シルフィさんの様子を見ているとシルフィさんと目が合う。
「姫様は気にしないで。チェルさんは姫様の横にいると話を聞いてくれるし」
シルフィさんが私に向けて明るい表情で言った。
「そうか?」
「そうですよ。チェルさん。今朝も姫様の所に行くから手短にしろって言っていたじゃないですか」
想像がつく。ラビアさんの突撃もあったし、きっとチェルさんは私の事を心配してくれたんだと思う。気持ちは嬉しいが、シルフィさんを見ていると少し複雑な気分だった。
「言ったが」
「だからですよ。ここだったら、チェルさんも姫様の部屋に行くことを考える必要がないですよね」
「そうだな。確かに。ここだったらお前達の話を聞くな」
シルフィさんの言葉にチェルさんが納得した。
明日からシルフィさんがこの部屋に来てくれることになりそうだ。せっかく来てくれるんだし、シルフィさん達が仕事をしやすいようにしよう。
チェルさんとシルフィさんが仲良く話している光景はヤキモチを焼くかもしれないが、働きやすい職場作りは大事だ。
「なので、明日からよろしくお願いしますね」
「わかった。時間は十時で良いな」
「はい。ディーネ達にもあたしから言います。また明日来ます」
「ああ」
シルフィさんはそう言うと私に向かって手を振り、チェルさんの仕事場の方へ向かって行った。
手を振ってくれたのは嬉しいが、返すのが少し恥ずかしくて、私は誰にも気付かれないくらい小さく手を振った。




