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3.初めての優しさ


 気付いたら朝だった。


 目の前のいつもと違う部屋を見ながらゆっくりと昨日のことを考える。

 昨日、私は魔王様に囚われた。囚われたと言うよりも魔王城に引っ越しの方が近い。素敵な部屋に監視はイケメンのチェルさん。良いことばかりだった。

 昨日のは夢じゃないよね。不安になってゆっくりと頬をつねるとちゃんと痛い。よし。問題ない。


 ベッドから出て部屋を見渡す。落ち着いているが豪華な部屋だった。ベッドのふわふわ感も昨晩と同じ。目の前にある高そうなソファーや机も変わらなかった。

 地味というか落ち着いた色合いだが、触るとずっしりしていて高価な物だと感じる。

 どうやら私が魔王様に捕まったのは夢ではないらしい。良かったなんて思ってはいけないが良かった。


 安心して息を吐くと。視界に雑然と置かれている荷物が入った。色々あってそのままにしてしまった。片付けないと。

 クローゼットを使って良いと聞いたし。邪魔になってしまうしクローゼットの中に仕舞おう。

 今日着る服だけを残して洋服を入れていった。そして最後に毛皮のコートをハンガーにかけ、クローゼットの中に入れる。これはきっと出番がないまま終わるだろうな。


「次は」


 大きくのびをしてクローゼットを閉める。そして急いで着替える。

 着替え終わったら一段落だ。これからのことを考える。

 チェルさんの朝ご飯を持ってきてくれるとお話していた。その後はなんだろう。刑務作業だろうか。

 魔王に囚われた姫達は何をしているのだろう。さすがにこの世界はインターネットなんてない。”囚われの姫 スケジュール”なんて検索出来ないし。チェルさんが来てくれるのを待とう。


 しばらくするとトントンと扉をノックする音が聞こえた。チェルさんかな? ドアへ向かい恐る恐るドアを開けるとチェルさんが視界に入った。


「姫。飯の時間だ」


 よく見るとチェルさんはホテルで給仕の人が運ぶようなカートを持っていた。カートにはご飯がのっている。


「チェルさん。ありがとうございます」


 そのまま扉を開けているとチェルさんがカートと共に中へと入る。机の前にカートを置くと私の方向を見た。


「姫。飯は机に置けば良いか?」

「はい」


 チェルさんが今までの言葉遣いからは考えられないくらいに机の上にお皿を丁寧に置いていった。その姿は執事さんみたいで凄く綺麗だった。


「ほら、姫。準備が整ったぞ」

「は、はい」


 ついチェルさんに見とれてしまっていた。急いで椅子に座り、スプーンをとる。そして目の前の料理を見た。


 それは城に出されたものと同じような料理だった。知らない人が作った料理だ。もしかしたら毒が入っているかもしれない。不安な気持ちが生まれる。そっと料理を見る。

 いつもなら給仕の人が準備している時に調べるけれど、今日はチェルさんに見とれてしまった。

 ペースは狂ってしまったが、いつも通り。心の中で言い聞かせて料理を見た。

 もし毒が入っていた場合はじっくり見ているとドクロの絵が浮き出てくる。それはゲームだと毒状態のアイコンだった。なんで見えるのかわからない。生まれつきだ。きっと前世ゲームをやり過ぎたからだろう。


「食べないのか?」


 ペースが狂ってしまったせいかいつもよりも毒が入っているか調べるのに時間がかかる。

 スプーンを持ったまま動かない私を見て、チェルさんが言った。急いで視線をチェルさんに移動するとチェルさんの眉間に皺が寄っている。まずい。


「えーっと」

「姫なのにマナーを知らないのか?」

「知っています。ほら。外側からとっていますし」

「なら。さっさと食べてくれ。俺も飯を食いに行きたい」

「は、はい」


 早く食べないと。その前にもう一度やり直しだ。再び料理を見る。チェルさんの機嫌をさらに悪くさせたくはない。焦りが出てきてしまうせいか、うまく見えない。


「何か気に入らないのか?」

「い、いえ、すぐに、毒を」


 思わず口に出てしまった。急いでなんでもないです。と言うが、チェルさんにはバッチリ聞こえていた。チェルさんはため息をつくように大きく息を吐いた。


「お前が生きていることに価値があるんだろう。殺すつもりだったら、まずお前はここに来ていない」


 チェルさんの言うことは正論だ。だが長い間、毒入り料理に振り回されていたせいか、どうしても躊躇してしまう。

 今度こそと急いで料理を見るとチェルさんが目の前のパンを取り、ちぎった。そしてそのまま口に入れる。

 予想外の行動だった。驚きよりも心配が出てくる。チェルさんの体は大丈夫だろうか? 急いでチェルさんの状態を見る。


「毒味だ。遅効性ってのもあるが、即効性ではないみたいだな」

「は、はい。毒はなかったです!」


 火事場の馬鹿力か、先程よりも早く毒状態かわかった。チェルさんにもご飯にも毒のマークは付いていない。安心した。


「なかった? なぜ言いきれるんだ?」


 勢い良く言ってしまっていた。ここから誤魔化せる自信がない。言うしかない。

 面倒な能力だと思われない事を願いながら恐る恐る言う。


「毒が入っているかわかるんです」

「わかる?」


 私の言葉にチェルさんが怪訝な表情をした。


「えーっと、目の前の料理を見ていたらわかるんです」

「そうか。だからじっと見ていたのか」

「は、はい」

「お前の邪魔をしてしまったみたいだな。それよりも良いのか。そんな大事なことを俺に言って」

「チェルさんに毒味して頂く方が嫌です」


 チェルさんの言葉の通りだ。毒殺が日常茶飯事で起きる世界。この能力が有用なのは知っている。だからこそ毒が入っているかもしれないものをそんなに簡単に食べて欲しくなかった。

 毒消し草がある世界とは言え、私のために毒味をされるのは嬉しくない。


「パンだけ毒が入っていない場合もある。俺がわざとやっているかもしれないだろ」

「そうかもしれませんが。それでも見たくないです」


 転生してからは悪意にばかり触れていたからか、どんな意図があろうが善意は嬉しい。

 だからこそ、その結果で誰かが傷つくのは悪意を投げつけられるよりも辛く感じた。


「城で悠々と暮らしていたからか。まあいい。その能力は俺以外のヤツには言うなよ」


 お城で殺されかけていたのは知られたくない。訂正はしない方が良いな。それよりもチェルさんが気になっているのは私の謎の力のようだった。


「チェルさん以外の方に?」

「ああ。その能力はお前が思っている以上に有用だ」


 面倒事にカウントされてしまった。チェルさん意外にはこの力は気付かれない方が良い。


「はい。あの、出来ればチェルさんの毒味はも控えて欲しいです」


 きっとチェルさんが毒味をしようとしたら、私はなんてさすがに言えないが、やっぱり目の前で毒味されるのはやめて欲しい。


「そもそもこの城の飯は毒なんてないからな。さっさと飯の時間を終わらせたい。遅効性の毒もなさそうだ。……そう言えば俺は毒耐性があったな。まあいい。毒の味はしなかった」

「毒の味?」

「あぁ、この城の外の飯は毒があるからな。それよりもさっさと食ってくれ。お前が食わないと俺が魔王にケチを付けられる」


 チェルさんも毒殺されかけた事があるんだ。同意はしない方が良いし。深入りもしない方が良さそうだ。


「はい」


 返事をして、目の前の料理を見る。毒が入っていないとは言え、最初の一口はやっぱり緊張する。

 オレンジ色のスープにスプーンを入れ、ゆっくりと口に入れる。カボチャのスープだ。口の中にカボチャの優しい甘さが広がる。


「美味しい、です」

「そうか。ならとっとと食べてくれ」


 チェルさんの言葉に再びスープにスプーンを入れ、口に入れた。


 朝ご飯は毒が入っていると考えてしまったのが申し訳ないくらいに美味しかった。

 食べ終わり「ごちそうさま」と言い、チェルさんの声をかける。チェルさんは少し遠くの椅子に座っていたが、立ち上がると私の元に来た。


「ほら、皿を片付ける」

「はい。カートの上にのせますね」


 お皿をまとめて近くのカートにのせているとチェルさんがじっと見た。


「もしかして重ねる順番とか、ありましたか?」


 なるべくお皿が汚れないようにしたが、余計なことだっただろうか。チェルさんの表情を見ながら恐る恐る言う。


「ない」

「片付け、まずかったですか?」


 チェルさんは無表情で何を考えているか読み取り辛い。だが嫌だと嫌だと言ってくれる。

 小さく息を吐いて再び恐る恐る聞く。チェルさんは表情を変えずに口を開いた。


「いや。片付けしてくれるなら、それに超したことはない。助かる」


 良かった。そのままカートにお皿をのせ終わると。チェルさんへ声をかけた。


「チェルさん。終わりました」

「ああ。また昼飯を持ってくるから、それまで大人しくしろ」

「何かお仕事は」

「あるわけがない」

「そ、そうですよね」


 チェルさんが「わかっているなら良い」と言いながらカートを引っ張り部屋の外へと出て行った。

 油断させているかもしれないと言っていたが、チェルさんはいい魔物さんだと思う。毒味をしてくれたのは初めてだ。毒味はもうして欲しくはないけど、気にかけてくれたのは嬉しかった。


 チョロいと思われても良い。

 だって私にとってチェルさんがキラキラ輝いているのは事実だ。

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