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25.チェルの部屋

 今日はチェルさんの部屋にお邪魔する日だ。

 本当は掃除の日だがチェルさんの部屋にお邪魔すると言う大イベントの前には目的が霞んでしまう。

 何て言ったって好きな人の部屋だ。チェルさんとの今後の関係も関わってくるかもしれない。

 もしかしたら食堂や本みたいに私の生活にチェルさんの部屋が追加される可能性だってある。考えれば考えるほどに今日という日がとても重要に思えてきた。


 チェルさんは何時に来るんだろう。そろそろ時計が十時を指す頃だが、チェルさんが来る気配はなかった。

 チェルさんが来るのがとても待ち遠しい。一分一秒がとても長く感じる。心はソワソワして落ち着かない。

 本を読もうとしても頭が容量いっぱいで字をいれるのを拒否する。チェルさんの部屋にお邪魔することで私の頭の中はいっぱいだ。隈はついていないか? 寝癖もついていないか? 服は……囚われの姫なので着飾るものはないのでいつも通りだ。それでも何か準備をしていないと気が済まない。はやる気持ちを抑えながら鏡へと向かう。

 五分ぶりの鏡だった。今日は今世で一番鏡を見ているかもしれない。先ほどから自分の容姿が気になって仕方ない。“チェルさんは人の容姿は気にしない”なんて言葉が頭の中に浮かぶが無理やり消してそっと鏡を見る。


 今日も私は可愛い。さすがゲームのお姫様だな。

 光の角度によっては金色に見える白い長髪はキラキラと輝いている。薔薇のように赤い唇。自分の容姿だと思うととても違和感がある。前世の自分がどうしても基準にあるせいか、目の前の自分はどこか他人のように感じていた。


 鏡を見ていると部屋をノックする音が聞こえた。きっとチェルさんだ。最後に鏡を見る。寝癖はない。心を落ち着かせるように小さく息を吐く。よし。小さく呟くと扉へと向かった。


 そのまま扉を開けると扉の前にいたチェルさんと目が合った。


「お待たせしました」


 チェルさんに声をかけて部屋の外に出る。そしてチェルさんの手を握る。いつも通りだ。チェルさんの手は相変わらず冷たいが私の熱を冷ますのに丁度良かった。


「待たせたのは俺だろう。仕事場に顔を出していたら遅くなった」


 いつもならこの時間はチェルさんは仕事をしている。さすがに仕事の内容を聞けないので、どんな仕事をしているかは知らない。

 だが部下がいると言っていた。四天王だしそれなりのポジションだと思う。忙しいんだろうし仕方ない。お仕事は大事だ。


「いえ。あのチェルさんの仕事が一番ですから」

「お前の監視も大事な仕事だ」


 チェルさんなりのフォローだと思う。それでも“監視”、“仕事”という言葉を聞くと寂しい気持ちになるのは確かだった。

 私と一緒にいるのは仕事だから。言われなくてもわかっている。今朝から私の中で暴れていた恋心が一気に落ち着いたようだった。


「そう、ですね」

「どうした?」


 チェルさんが私の顔を覗き込むように見る。綺麗な顔のドアップは心臓に悪い。驚いて一歩後ろに下がるとチェルさんの表情が少し暗くなった気がした。


「俺の部屋に行くのが嫌になったのか?」


 そのままチェルさんが言葉を続ける。そんなことない。楽しみ過ぎて少し寝不足になってしまった程だ。嫌だなんて思われたくない!


「違います!」


 急いでチェルさんの言葉を否定する。だがチェルさんの顔は納得していないようだった。取り繕わなくて良い。そう言っているようだった。


「ならどうしたんだ?」

「チェルさんの仕事を増やしてしまっているんですよ。チェルさんが面倒だなって思っていたら悪いです」

「お前の監視は面倒ではない。大事な仕事だ」


 そりゃ姫に怪我があったらチェルさんの責任になってくる。大事と言われて嬉しいはずなのに、“仕事”という言葉のせいでとても複雑だった。


「ほら。俺の部屋に行く……んだろ」

「はい」


 そのままチェルさんが歩き始めた。他の魔物さんに鉢合わせにならないようにか、チェルさんの歩くスピードが心なしかいつもよりも早い気がした。


 私の部屋から歩いて五分くらい経った頃だろうか、チェルさんが止まった。視界に入るのは扉。チェルさんの部屋だと思う。城の中にあるのは知っていたけど、思った以上に近い。ご近所さんだ。


「ここだ」


 チェルさんがそのまま声をかける。と言うことはこの扉の先にチェルさんの部屋がある。とても緊張する。

 チェルさんへ視線を移すとチェルさんが空いている手を少し上にあげた。なにをしているんだろう? そう思いながら見ていると、次の瞬間に突然透明な鍵が出てきた。何が起きているか理解が追い付かない。

 チェルさんはそのまま鍵を鍵穴に差す。鍵をまわすとガチャリと音がした。鍵が開いたようだ。まるで手品のようだ。


「入らないのか?」

「入ります」


 思わずみとれてしまっていた。チェルさんの言葉で我にかえる。そのまま言われた通り部屋の中に入った。

 じろじろ見ないようにしないといけないのはわかっているが、好きな人の部屋だ。気になってしまう。チェルさんに気付かれないようにそっと見る。


 チェルさんの部屋は最低限という言葉が似合う部屋だった。ワンルームで本棚とベッドとソファーしかない。本棚にたくさん本が入っているが、それ以外は最低限の家具があるくらいだ、片付いていると言うよりも、本以外のものがないというのが正しいかもしれない。

 生活感はあまりない。それがチェルさんらしいと感じた。


「本はそこの本棚に入っている。勝手に取って構わない。座る場所はそこのソファーで良いか?」

「はい。お邪魔します」


 チェルさんに促されてそのままソファーに座る。それからチェルさんを見る。チェルさんは隣に座らず戸棚へと向かった。


「後は……飲み物だったな。酒と水。どちらが良いか?」


 戸棚の前に立っているチェルさんが言った。予想外の二択だった。よくわからない変わり者だ。ではなく、ミステリアスで格好良いなんて思ったので私の恋の病は重症かもしれない。


「お水で」

「そうか。昼だしな」


 そもそも私はお酒を飲んで良いかわからない。ここの成人は何才だろう? ロンディネの知識はゼロだ。下手に言わない方が良さそうだ。

 お水と言うと、チェルさんが水の入ったお猪口をくれた。

 お猪口? コップがないのかもしれない。このなんとも言えない違和感がチェルさんの生活に入っているような感じがした。


 それにしても珍しいお猪口だ。底の二重丸がオレンジ色なんて珍しいと言うか、あの丸は青であることに意味があったはずだ。


「どうした」

「底がオレンジなのは珍しいですね」

「ああ。特注品だ」


 特注品。チェルさんのこだわりなのかもしれない。勝手にこだわりなどないと思っていた。いままで知らなかったチェルさんが少しだけ見られたような気がした。とても貴重だ。


「お前も青い色が好きなのか?」


 お猪口の中を覗いていたらチェルさんが言った。青いお猪口の方が良いと言うことだろうか? 私は特に気にしていない。それにオレンジはチェルさんの色みたいで綺麗だ。


「いえ、オレンジが綺麗で」

「そうか。なら良い。青を好むヤツが多いからな」

「そうなんですね」


 青色が普通だし、確かにそうかもしれない。軽く相づちを打ったらチェルさんが怪訝な表情をした。変なことは言っていないと思う。言葉を考えているとチェルさんが続ける。


「青は聖なる色だろう?」


 その知識は初耳だった。だがチェルさんはそれは常識だと言いたげな表情をしていた。

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