12.魔王の訪問
いつものように部屋でのんびりしていると、突然部屋のドアをノックする音が聞こえた。
時計を見ると十五時。チェルさんが来る時間ではない。誰だろう? 恐る恐るドアを開けると私の視界に魔王様が入った。
魔王様とお話したのは最初に連れてこられた以来だ。何の用事だろう。緊張する。
「姫。困っていることはないか?」
そんな私とは正反対に魔王様は柔らかく笑いかけた。良く見ると魔王様の足元にワゴンがある。どう言うことだ? この部屋の前を偶然通ったから話しかけたのだろうか。
「困っていることですか?」
「うん。ほら君の好きなシュークリームも持ってきたんだ。私とゆっくりとお茶でもしながら」
「おい魔王。お前に声をかけられて困っているのがわからないのか? 簡単だ。お前が目の前からいなくなればいい」
魔王様の後ろからチェルさんの言葉が聞こえた。そっと声の方向を見るとチェルさんと目が合う。来てくれたんだ。チェルさんの顔をみると安心する。
そのままチェルさんの元に行きたいが、私の目の前には魔王様がいる。この城で一番偉い魔物さんだ。さすがにまずいか。
「チェル。どうしたんだい?」
魔王様もチェルさんに気付いたみたいで、そのまま振り向くとそのままチェルさんに話かける。
「嫌な予感がしただけだ」
チェルさんが魔王様を見ながら苦い表情をした。なんとなく魔王様へ話すかけるチェルさんの声がいつもよりも低い気がした。
「嫌な予感だなんて、姫に挨拶をしたかっただけだ。もちろん、君の言う通りシュークリームも準備した」
「言ったが、シュークリームを食うのは飯を食い終わった後に決まっているだろう。飯以外の時間に食うのは考えられん。ほら仕事が残っている。魔王。さっさと部屋に帰るぞ」
チェルさんのこう言う所は凄い。有無を言わさず魔王様へ声をかけた。
魔王様はチェルさんの言葉を聞いて。クスクスと小さく笑った。魔王様もチェルさんらしいと思っているのだろう。
「そう言われると思って、仕事なら終わらせて来たよ。チェルこそ仕事は良いのかい?」
「問題ない。お前に渡す予定だ。俺の監視を邪魔しているだろう。自分の仕事が終わっているらしいしな。尚更都合が良い」
チェルさん。自分の仕事を魔王様に押しつけるんだ。相変わらず不思議な魔物さんだ。
魔王様もそろそろチェルさんに何か言うだろうと思ったが、未だにニコニコしている。ここの上下関係が気になるところだ。
「それは困るな。姫には申し訳ないが、手短に」
「ここに留まっていることが申し訳ないだろう」
チェルさんがピリピリしているようで、いつもよりも更に口調が荒い。
魔王様も今は優しいが、いつ怒るかわからない。
この会話はこのまま聞いていると胃が痛くなりそうだ。早く話を終わらせよう。
チェルさんと魔王様の間に入ると魔王様に声をかける。
「チェルさん。私は困っていないですから。それよりも魔王様。どうされたんですか?」
「チェルから姫が売店のシュークリームが好きと報告を受けて持ってきたんだ」
「え? シュークリーム?」
そう言えば先程からシュークリームと言っていた。まさか魔王様の耳にまで言っているとは思わなかった。
魔王様に姫の報告が行くのはわかる。そこは問題ない。
だがシュークリームを食べた。は報告じゃなくて観察日記だ。囚われている身で文句は言えない立場だが、もう少し姫のプライバシーにも配慮して欲しい。
ユンさん。まさか魔王様にチェルさんのこと報告していないよね。
お茶と言っているが、もしかしてチェルさんのことを聞きに……。変な汗が出そうになる。
「違うだろ。お前が俺と姫が飯を食っている最中に話しかけてくると言ったから、飯を食ったあたりにシュークリームを持ってこい。少し話させてやると言っただけだろう」
まだ報告の方が良かった。そっちのが確実にまずい。私は出来れば囚われの姫らしく謙虚に過ごしたい。このままだと傲慢な姫となってしまう。
「魔王様。シュークリームは不要ですからね」
これでなんとかなるとは思っていない。だが言わないよりはましだ。チェルさんが魔王様の後ろで「余計なことを言うな。話しかけて来るなと言え」なんて言っているが、いくらチェルさんでもこれだけは譲れない。
「チェルと並んでいると、君がとても聖人に見えるね」
「魔物じゃないからな」
チェルさんは余計な事を言わないで黙っていて欲しい。早く終わらせるから。ちらっとチェルさんを見ると目があった。
チェルさんは私と目が合うと「どうした」なんていつも通りに言うので、「なんでもないです」としか言えない。その顔は反則だ。何もいえなくなってしまう。
すぐに魔王様を見るとニコニコと笑っていた。
「チェルがいつもと違うから、姫が困っているだろう」
「何を言っているんだ? いつもと変わらない。お前が面倒事を増やしているからではないのか?」
やっぱりだ。どうやらチェルさんの余計な手間が増えてしまっているから機嫌が悪い。出来る限り早く魔王様の視察? を終わらせよう。だがこの会話に入るのはきつい。とりあえず今は二人の様子を窺おう。
「姫が誰と会おうが、君は気にしないと思ったからね」
「お前が俺に監視しろと言っただろう。俺以外の魔物と話すのなら見張る必要がある」
私が死んでしまったらチェルさんにも責任が発生してしまう。だからチェルさんはここに来たんだと思う。魔王様が来るなら何かあったら魔王様の責任にすれば良いのに、それなのに来てくれた。
嬉しいが、仕事だからと言う言葉は聞くと少しだけ切なくなる。
「ふふっ。そうだったね。チェルは仕事熱心で助かるよ」
「なら、仕事を増やすな。さっさと用件を話せ、そして帰れ」
「はいはい」
魔王様はチェルさんにそう言うと振り返り私を見る。
「姫。なにか欲しいものはないかい?」
意外な言葉だった。欲しいもの。と突然聞かれても思い浮かばない。それに――
「ないです。チェルさんが食堂に連れて行って下さるので、それで充分です」
チェルさんと一緒に食堂に行けるだけで充分だ。チェルさんと一緒。そこはさりげなく強調させてもらった。
よしこれでこの話は終わりだ。これでチェルさんも解放される。
終わりですよ。そんな気持ちを込めて振り向くと、チェルさんが苦い顔をしていた。もしや名指しはまずかっただろうか? チェルさんが口を開く。
お断りだと言われたらどうしよう。凄く緊張した。
「それなら本で良いな」
そんな私の気など知らないチェルさんから出たのはまさかの一言だった。
チェルさん。その一言では面倒事が続きますよ。なんて私の心の声は伝わらないんだろうな。




