8.はじめての食堂
チャーシューメンはとても美味しくてあっという間に食べ終わってしまった。
ごちそうさまと手を合わせるとチェルさんへ視線を移す。チェルさんも食べ終わっていた。
「お待たせしました」
「待っていない」
「はい。お皿はあそこでしたね」
先程チェルさんから聞いた方を見ると食べ終えたお皿が置かれていた。合っているか確認するようにチェルさんへ話しかけるとチェルさんは「ああ」と言いながら立ち上がる。
私も続いて立ち上がりトレイを持つとチェルさんがじっと見ていた。
「姫は自分でするな」
「自分で食べた食器ですよ。片付けるのは当たり前です」
「そうだな」
チェルさんはその言葉に満足したのか、そのまま返却口の方へと向かう。私もチェルさんに続いて行った。
返却口に着くと邪魔にならないように棚にトレイを置く。
すると丁度片付けに来られたのか食堂のお姉さんと目があった。私より少し上に見える。とても綺麗なお姉さんだった。
根元は暗いが毛先に近づいていくと白っぽい金髪になっていくおしゃれなプリン。私の語彙力のなさが申し訳ないと感じるくらいに綺麗な髪だ。目の色は海のように綺麗な水色をしていた。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです!」
お姉さんに声をかけると、お姉さんが微笑む。とても綺麗な笑顔で嬉しくなる。
お姉さんは私を見てからチェルさんへ視線を移動し、再び私を見る。
「あら、ありがとう。チェルくんが一緒と言うことはもしかしてお姫様かしら?」
「はい」
私のことを知っていたんだ。いや、チェルさんが噂になっていると言っていたし有名なんだろうな。チェルくん。くん。お姉さんは誰だろう? そう思いながら二人の会話を待つように姉さんの様子をうかがう。
「ふふっ。いらっしゃい。食堂に来るって魔王様から聞いて楽しみにしていたの。ご飯はどうだった? お姫様の口にあったかしら?」
「ああ、いつもよりも食いつきが良かった」
チェルさんが淡々と報告するように言った。報告は大事だけど、恥ずかしいことには変わらない。
お姉さんはチェルさんの言葉に少し驚いていた。食堂でラーメンを食べる姫が珍しいのかもしれない。
「チェルさん。食い意地が張っているみたいで恥ずかしいです」
チェルさんに抗議するように言った。ただ嫌だとは言えず、最後は少し声が小さくなった。そして少し気まずくて視線を外した。
「チェルくん。教えてくれるのは嬉しいけれど、そんな言い方はだめよ。微笑ましいんだけどね」
「なんだ。微笑ましいって」
「チェルくんもお姫様も普通に話しているでしょ。だから安心したの。チェルくんは誰かと一緒にいる事がないからお姫様のお話を聞いてくれる少し心配だったのよ」
一緒にいることはない。それはフリーってことかと思ったが、今はそれどころではない。チェルさん達が話しているのを見る。
「それは魔王に文句をいえ、あいつが言ったからなぜか俺が面倒を見ることになったからな」
「わかっているわ。今回は良かったけど、これからも勝手に変えられちゃ困るし、ラビアくんと一緒に魔王様には私からも言っておくわ」
「それは助かった」
ラビア様も突然だったからな。
ラビア様。ラビア様はどんな方だろう。チェルさん達の話を伺っているとお姉さんが私を見た。
「ごめんね。お姫様を置いてけぼりにしちゃったわね。私はユン。よろしくね」
「はい。ユン様。私はエリーゼって言います」
「ユ、ン」
ユン様はいけないらしい。年上のお姉さんに呼び捨てもし辛い。
「ユンさん」
「うん。エリーゼちゃん。そしたらエルちゃんかしら。よろしくね」
ユンさんが柔らかく笑った。そう言えばユンさんは聞いたことがある名前だ。
「はい。あの、ユンさんって」
「ああ。四天王だ」
チェルさんと最弱を争っていた方だ。こんな綺麗なお姉さんだったんだ。見た目から判断してはいけないが、魔王様がユンさんの名前を出したのは納得した。
「見えないでしょ。ここでは新参だからそんなに大したことはないのよ」
「ここに来て二、三年くらいか」
「相変わらずチェルくんの時間の流れは違うのね」
「違うのか? 何年前だったか?」
「内緒よ。年がばれちゃう。エルちゃんにおばさんなんて言われたら泣いちゃうわ」
ユンさんがウィンクをした。ユンさんは確実に私より長く生きているようだ。ユンさんに年齢の話題は厳禁。しっかりと心に刻む。
「そんなことないです。ユンさん。お姉さんみたいです」
「ふふっ。それは嬉しいは。それよりもエルちゃんは私達以外の四天王にはあったのかしら? ラビアくんやヴクさんって言うんだけど」
「いえ。まだお会いしてはいないです」
「それだったら、近いうちに会うかもしれないわね。二匹からもエルちゃんのことが気になっているって聞いていたし」
「野次馬に来るなと伝えておいてくれ。ん? 姫。どうした?」
「いえ、ラビア様ってどんな方って気になりまして」
私の監視予定だった方。断片的な情報のみのためか少し気になっていた。
「ラビアのことを?」
「みなさん、ラビア様のお話をされることが多いので」
「そうだな。やかましい鳥だ。お前は知る必要がない」
チェルさんが言い切った。これ以上は聞くなと言いたいのは伝わった。もう止めておこう。だがそう気になる情報を追加するのは止めて欲しい。やかましい鳥。その言葉でオウムが頭に浮かぶ。
「そんなことを言っちゃだめよ。そうね。ラビアくんは凄い可愛い子よ」
可愛いオウム? オウムは可愛いし、更に謎が深まるばかりだった。だがチェルさんがストップをかけている以上もう聞いてはいけない。
「ラビアのことなど別にどうでも良いだろ。午後からも仕事がある。そろそろ帰るぞ」
そうだ。チェルさんを留めてはいけない。出口の方向を見るとチェルさんが私の手を握った。不意に触れられるとドキドキする。
「チェルくん。手」
「ほっといて迷子になられると困る」
「そうね。チェルくん。ちゃんとエルちゃんをお部屋に送るのよ」
「ああ。ほら姫。行くぞ」
「はい」
ユンさんに小さく挨拶をするとユンさんを見ると小さく手を振っていた。
「エルちゃん。また今度ね」
またがあるかわからないが、「はい」と小さく言って頭を下げるとユンさんが柔らかく笑った。
ユンさんと別れ、再びチェルさんのペースにあわせて部屋へと戻っていく。部屋の扉を開くと、チェルさんは扉の前に立つ。入れと言うことだろう。
部屋に入ろうと思ったが、その前に急いでお礼を言わないとチェルさんに視線をあわせるとチェルさんが口を開いた。
「姫。夕飯はどうする? 食堂に行くか?」
「はい!」
まさか夕飯も誘われると思わなかった。急いではいと言うとチェルさんはくくっと小さく笑った。
「そんなに気に入ったのか。わかった。仕事が終わったら迎えに行く」
言い終えるとチェルさんが扉から背を向ける。このままだとお礼を言いそびれてしまう。引き留めるように「チェルさん」と呼ぶと気付いてくれたのか、振り返った。
「どうした?」
「チェルさん。ありがとうございました。チャーシューメン。美味しかったです」
「俺が作ったわけではない」
「チェルさんが連れて行ってくれたから食べれました。とっても嬉しかったです」
「チャーシューメンくらいで大げさだな。まあいい。また来る」
チェルさんはそう言いながらどこかへと向かっていった。
チャーシューメンくらいじゃないです。チェルさんの後ろ姿を見ながらそう呟くと私は部屋に入り、扉を閉めた。