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7ー3.生きる理由

 食堂という割に人はまばらだった。チェルさんが混む前にと言っていたし、お昼には少し早い。これからだんだんと増えてくるんだろうな。

 席もたくさん空いているしチェルさんがいつも座っている場所を聞こう。


「姫専用の」

「チェルさんはいつもどの辺りに座っているんですか?」


 チェルさんと被ってしまった。チェルさんがなにも言わないことを確認し、口を開く。


「すみません」

「いや、大したことではない。俺が座るのはあの出口の方だ。片付けがしやすい」

「はい。ならそこですね。えっと、チェルさんのお話は」

「お前が弁えているから確認が減った。ほら、行くぞ」

「はい」


 その言葉は謙虚だとポジティブに受け取っておこう。そのままチェルさんの後ろについていく。チェルさんはいつもの場所とやらにつくとそのまま机の上にトレイを置いた。私もチェルさんの向かいの席にトレイを置くとそのまま座る。

 チェルさんの前に座るのは初めてだ。緊張する。あっているか確認するようにそっとチェルさんを見る。チェルさんの顔は相変わらず綺麗だった。


「いただきます」


 って見とれている場合じゃない。早く食べた方が良い。いつものように手をあわせてから一口食べる。


 美味しい! チャーシューメンは前世で食べた味だった。醤油味のスープがあっさりしている。少し太めの麺はもっちりして弾力があるが、つるつるしてのどごしが良い。ここが魔王城と言うことを忘れてしまいそうだ。


「姫」

「はい。とっても美味しいです」


 チェルさんに伝え、次はチャーシューを箸でつまみ口に入れる。噛むと口の中に肉のうまみが広がる。


「良かったな。ところで姫。確認は良いのか?」

「あっ」


 チェルさんの言葉で思い出す。


 そうだ毒の確認だ。私は何も考えずにチャーシューメンを食べていた。チャーシューメンに毒があるわけはない。

 いや、それを言ったら魔王城の料理全てになるが、前世で食べていた料理だったからか油断してしまった。


 恥ずかしい。そっとチェルさんから視線をはずすと。チェルさんが面白いものを見るような目をしながら笑った。

 珍しいその表情に心臓の音が高まった気がした。

 悔しいけど、チェルさんの笑顔はとても綺麗だった。悔しいけど。


「そんなに好きなんだな」

「チャーシューメンは毒が入っていないんです」


 食い意地が張っているみたいで少し恥ずかしい。そっとチェルさんから視線を外した。


「当たり前だ。お前が今日まで食っていた料理に毒は入っていなかった」

「そうですが。チャーシューメンは別なんです。大好きなんで、油断してしまいました」

「そもそもなんでそんなに毒殺だけ警戒しているんだ?」


 チェルさんが私に聞いた。びっくりした。今までチェルさんは私の話はあえて聞いていなかった。聞き間違いじゃないだろうか?


「それはえーっと」

「隠しているのか?」

「その、えーっと」


 なんとか回避できないか考えるが、じっとチェルさんが見つめてくる。


「隠したい訳じゃないんです。ただ、その、チェルさんが監視をやめたくなりそうな程の面倒事でして」


 知ったらきっとチェルさんが監視から外れてしまう。恐る恐るチェルさんを見るとチェルさんが小さくため息を吐いてから口を開いた。


「聞いたからといって、お前を見捨てない」


 一気に気持ちが楽になった気がする。

 そもそも私はチェルさんに嘘をつきたくない。ゆっくりと息を吐くとチェルさんをじっと見る。

 覚悟を決めるとゆっくりと声を出す。


「えーっと、お城のご飯に毒が仕込まれている事が多かったんです。確か……三日に一回くらいでした」

「城の者達が毒殺しようとしていたのか、変なことを聞いたみたいだな」

「いえ、気にしないでください」

「原因は」

「すみません。心当たりはないです」


 チェルさんが何も言わない。じっと私を見ながら何かを考えているようだった。


「えーっと、それよりもこの話を聞いてチェルさんが嫌な気持ちになるのが、嫌で」

「お前に対しては不快には思わない」

「そうですか!」


 良かった。そう思いチェルさんを見ているとチェルさんが怪訝な表情をした。


「それよりもお前は俺に対してどうも思わないのか? 俺はお前が不快に思うようなことを言っていた」


 何だろう。心当たりはない。それくらいに些細なことだと思う。そもそも隠していたのは私なのに。


「私が言わせてしまったんです。私は面倒の塊ですよ。バレたらチェルさんに逃げられます」

「お前はいちいち俺を気にしすぎだ」

「チェルさんがこんなにのびのび生活させてくれているからです。ロンディネとは大違いで、明日、殺されても良いかなと思っていますよ」

「縁起でもないことを言うな。お前に怪我させたと、責任を取らされるのは俺だからな」

「大丈夫です。知っています。チェルさんに迷惑をかけませんので、安心して下さい」


 そう。命に代えてもそんな事などしない。言いきるがチェルさんは未だに苦いものを食べたような表情をしていた。


「お前はもう少し自分の事を考えろ」

「私のことを?」

「俺はお前の監視を投げ出すつもりはない」

「えっ」

「だから自分の事を考えろ」


 チェルさんはやっぱり優しい。素っ気ない態度に見えるけど、その優しさに甘えてばかりで良いか迷う。

 それでもその優しさが嬉しいのは確かだった。


「はい。頑張って生きます。自分のために。えっと、死んじゃったらチャーシューメンが食べられなくなりますし。今日からはチャーシューメンを食べるために生きます」


 チェルさん以外で生きる理由なんてないので、目に入ったチャーシューメンを理由にする。

 それにもし生きていたらまたチェルさんと一緒に食堂でご飯が食べられるかもしれないし。

 そう言うとチェルさんが少し眉間に皺を寄せる。


「そんなにラーメンが好きなんだな。ならさっさと言えば良いものを。まぁ良い。麺が伸びる。さっさと食え」

「はい」


 チェルさんがそう言うとチャーシューメンを一口食べる。

 続いて私も食べる。そっと見上げるとチェルさんはいつもの感情が読み取れない表情に戻っていた。


「美味しいですね」


 チェルさんと一緒に食べて更に大好きになったかもしれない。噛み締めるように言うと麺を啜った。

 とっても美味しい。この美味しさはきっと忘れないと思う。

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