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7ー2.魅力的な魔王城


 現在十一時。チェルさんが来るまで後一時間。

 今日のお昼は昨日チェルさんとラーメンを食べに行く約束した。ラーメンも嬉しいが、それ以上にチェルさんと一緒のご飯がとても楽しみだ。

 チェルさんの事が好きな気持ちが増えるたびに、チェルさんが来るまでの時間が長く感じる。

 まだかな。そう思いながら再び時計を見る。まだ十一時だった。

 早く十二時になれ、そう思いながら時計を見続けている事二十五分。突然ノックの音がした。


 誰だろう? チェルさんには早い。ゆっくりと扉へと向かい恐る恐る扉を開けると目の前にチェルさんがいた。


「チェルさん?」


 予想外だった。突然過ぎて髪は寝癖がついていないだろうか。服はおかしくないだろうか。など色々なことが頭に浮かんでくる。

 落ち着かせるように小さく息を吐いてチェルさんへ視線を送る。


「ああ。食堂が混む時間を避けたい。もしかして早すぎたか? まだ腹が減っていなければ?」

「いえ。ラーメンですよ。いつでも嬉しいです」

「そうか。問題ないのなら、食堂へ行く」


 そう言いながらチェルさんが扉を背にした。ついていけば良いのはわかるが、これは私を信頼しすぎではないだろうか。

 もちろん逃げる気は全くない。だがここまで信頼されると不安になってくる。


「チェルさん。部屋から出ますね」

「なんだ? 部屋から出ないと食堂には行けないだろう」

「はい。その。拘束とかは?」


 確認するようにチェルさんへ伝えた。自分で言うのはおかしいのは知っている。それでも気になって仕方なかった。


「目立つだろ」

「そうでしたね。えーっとすみません。すぐに部屋から出ます」


 信頼してもらっている。それで終わりだ。余計な事は考えないようにしよう。そう心に言い聞かせると急いで扉の外へ出た。


「姫。手を出せ」

「は、はい」


 扉から出るとチェルさんがそう言いながら手を差し出した。握れと言うことだろうか? スカートで手の汗を拭いて、チェルさんの手をゆっくりと握る。

 チェルさんの表情は? そのままチェルさんを見上げる。眉間の皺は増えていない。


「これで良いだろう。お前は俺の手を引きちぎる事が出来ないからな」

「はい」


 よし。ちゃんと拘束されている。じゃない。ちょっと冷静になれる時間が欲しい。


 私は今チェルさんと手を繋いでいる。人質の一環で。


 チェルさんはどう思っているんだろう。仕事で人質の手を握るとか、罰ゲームだろう。そっと見上げると無表情だった。いつも通り。とりあえず眉間に皺はない。なら問題はーー


「お前の手は温かいな」


 あった。確かにチェルさんの手は冷たい。私の手。暑苦しくないかな。緊張しているし、汗も心配だ。


「私の手。熱苦しくてごめんなさい」

「気にするな。丁度良い暖かさだ。それにすぐに俺も変わらない温度になる」


 良かった。チェルさんは気にしていないようだった。

 そしてチェルさんの言葉の通り、チェルさんの手はじわじわと温かくなり、私の温度くらいになった。なった? どうして冷たかったんだろう。体が冷えていたのかな?


「チェルさん。もしかして、体調が優れないんですか?」

「いや。いつも通りだ。ただ俺が体温調節を出来ないだけだ」


 体温調整を出来ない。体質なのだろうか? 気になるが、チェルさんは自分のことを話すのを嫌いそうだし、これ以上は触れないことにしよう。


「それよりも食堂が混む。姫。そろそろ行く」

「はい」


 そう言うとチェルさんがどこかへと歩き始める。私もチェルさんのペースにあわせて少し早足で進んでいった。


 ***


 チェルさんと繋がれた手にドキドキしていたからか、食堂はあっという間についた。チェルさんの「着いたぞ」の声で見上げるとそこには見覚えのある光景が広がっていた。

 来たことはないんだけど。多分。私の前世で通っていた食堂と近いんだと思う。


 ワショク、ヨウショク、メン、サラダと書かれたカウンターがあり、中に白い服を着たコックさんがいらっしゃった。

 みなさん人の姿をされているのではっきりとはっきりとしないが、きっと魔物さんだと思う。


「姫。ラーメンは」

「はい。あそこですね」


 食堂を見渡しているとチェルさん声が聞こえた。そうだ、のんびりしている時間はない。空いている手でメンと書かれたコーナーを指さすとチェルさんが頷いた。


「そうだ。適応力が早いな。姫。手を離す」

「手?」

「あの平たい受け皿みたいな持つ必要がある。俺が見張っているから問題ないだろ」


 チェルさんの指の方向を見るとそこにはトレイがあった。平たい受け皿。確かにそうだ。


「はい」

「ああ。混む前にさっさと並ぶぞ」


 チェルさんがそう言うと手を離し、そのまま空いた手でトレイを持つ。

 私も続いてトレイを持ち、そのままチェルさんについてラーメンのコーナーに向かった。


 一応ラーメンと書かれているのを確認しようとラーメンのコーナーにある看板を見る。

 そこにはラーメンのイラストが描かれていた。美味しそうだな。あっ。チャーシューメンもあるんだ。チャーシューがたくさんのっている。あっ。味玉までのっている。完璧すぎる。


「なんだ。チャーシューメンのが良いのか?」

「えっ。あっ。囚われの身です。贅沢は良くないです」


 チャーシューメンを見ていたらチェルさんが言った。チャーシューメンは気になるが、確実にラーメンより高い。

 値段が見当たらないのでわからないが、具のボリュームが全然違う。囚われの身には贅沢すぎる。


「食いたい時は食いたいと言え。贅沢かどうか気にするのならば、チャーシューメンで良いな」


 チェルさんはそのまま並ぶと、ラーメンを作っている男の人に「チャーシューメンを二つ」と伝えた。


「魔王様にお金がかかる人質と」

「お前がいつも食っている飯の方が豪華だ」

「あっ。確かに、そうですね」

「それに食堂の飯は食べきれる量で、健康を害さもなければ好きなだけ食べて良い」

「好きなだけ!? それは、凄いですね」


 だから値段が書かれていなかったんだ。福利厚生がしっかりしているとても魅力的な職場だ。魔王城だけど。そもそも魔王城って職場なのだろうか?


「知能のある魔物は金よりも住む場所と飯が一番だからな。ここは居心地が良い」


 そうやってチェルさん達を引き留めているのかもしれない。魔王様と言うよりも社長みたいだな。なんて思う。


「確かに魔王城のご飯はとっても美味しいですね」

「そうか、ロンディ」

「チェル」

「ああ」


 チェルさんと話しているとカウンターの方がチェルさんを呼んだ。するとすぐにチャーシューメンが出て来た。早い。やっぱり食堂だ。


「ありがとうございます」


 ラーメンを作ってくれた魔物さんにお礼を伝える、チャーシューメンを受け取るとトレイに載せる。それからチェルさんと一緒に席の方へと向かった。



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