プロローグ - 1
今夜、私は魔王にさらわれる。
もう一度確かめるように空を見る。そこには異様なまでに綺麗な満月があった。
ゲームでエリーゼが魔王に攫われたのは十七歳の六月の満月の夜。なら今日しかない。
と信じたくてもやっぱり不安な所もある。
ここが私が前世ガチってた勇者が魔王を倒す王道RPG『アヴェンチュラーミトロジー』の世界で私が囚われの姫、『エリーゼ・ロンディネ』だと100%言いきれないからだ。
名前にキャラデザとロンディネの城のマップは前世の記憶と一致していた。けれど記憶にないこともちらほらあるから、偶然の一致の可能性だってある。
それに私の前世の記憶も変なのだ。はっきりと残っているのがアヴェンチュラーミトロジーだけ。
なので本当に前世の記憶なのかも曖昧だ。ってそれって哲学だな。
あぁ。哲学は知っている。はっきりと覚えているのはアヴェンチュラーミトロジーだけだが、最低限の知識は残っていた。
ゲーム機の電源ボタンを押さないとゲームははじまらないし、纏めた情報をサイトに更新するにはインターネットにUPしなきゃいけない。
読み書きに足し算や引き算など、生きていく上で最低限必要そうな知識もある。
けれど学校に行った記憶は覚えて、いや、学校の食堂でラーメンを食べていたのだけ覚えている。チャーシューメンが美味しかった。あっ。こっちは社食の記憶だ。
なんか私の前世の記憶っていびつだな。
きっとこの世界で最低限はちゃんと動けって事かな。そうでもしないと私は簡単に死んでしまいそうだし。
本当に。この記憶がなかったら多分もう生きていないだろうな。
私は紙一重で生きている。週一で殺されかけているので、本当になぜ生きているかわからない。
きっと姫が死んだらまずいからこの世界の神様に勇者に助けられるまでは生きろと言われているんだと思う。
なぜか毒が盛られているかわかるので、毒殺の対処出来るし、私を直接殺そうとした人には突然目の前に雷が落ちる。生き地獄を味わっている身としては奇跡なんて思いたくない。
ならなんで殺そうとするんだろう。心当たりなんてものはないし。強いて言うなら黒い目? 私の黒い目は嫌われているみたいだし。
だいたいの人が目を合わせようとしないし、不気味だなんて言っているのも聞こえたことがある。
けどたかが目の色くらいで殺すなんて普通ありえないでしょ。
他は……ワガママなお姫様とか? 毒入りご飯を一切手につけないグルメでワガママなお姫様という自覚もある。それはそちらが原因だ。
それに疑われるからたまに食べてすぐに解毒していたし、全く食べないわけではない。
犯人ももちろんわかっている。私じゃどうにも出来ないから、言っていないけど。
エリーゼは可哀想だな。
裏設定資料集とかあったら理由は書かれているのかな。読んでみたいものだ。きっとお姫様派が増えるに間違いない。
まぁ良いか。この城から漸く脱出出来るんだ。魔王城がどんなところかわからないけど、もし魔王城もあわなかったらその時に考えよう。
ってまずは魔王にさらわれる準備をしないと。覚悟を決めてクローゼットに向かうと、毛皮を羽織る。
私の唯一したワガママだ。冬の日に寒い死ぬと大声で叫びまくり、買ってもらった唯一の装備だ。
きっと牢屋は寒いだろうし、これはきっと重宝する。どうなるかわからないけど、一応準備はしておいた方が良い。
服の一部。そう。今から服の一部にするんだ。ここで着ないといけない。暑いとかワガママを言っていられない。
エリーゼ。ここが我慢しどころだ。
再び覚悟を決めて毛皮を着るとすぐにバルコニーへと向かう。そして大きく息をして、窓をあけ、外へ出た。
「うわっ」
出た瞬間むわっとする。すぐに後悔する。
毛皮の中がだんだんと熱がこもり体が熱くなってくる。それでも我慢しながら満月を眺める。
魔王様。早く来ないかな。出来れば私が暑さで倒れる前に。
段々と暑さで意識が朦朧としてきたのか、視界に羽のような黒がぽつぽつと現れる。
黒い羽根? 死神でも来たのだろうか? まぁどっちでもいいか。羽の方向へ一歩前に出るとどこかからか低い男性の声が聞こえた。
「エリーゼ姫。あなたを迎えに来た」
それはとても優しい声だった。
死神と魔王。どっちだなんて思ったのは毛皮のせいだと思う。