3話 魚屋のロージー
とくに急いで歩いているわけでもなく前を行く荷車に追いついた
のんびりしたものだと思い、それを引く者を見れば
「ずいぶんと重そうだな、お嬢ちゃん一人で引くには、
その荷物はちと重すぎなんじゃねんのか?
いったい何を運んでるんだ?」
「はあ、はあ・・・そう思うなら手伝っておくれよ、
これは、ここの領主様のお屋敷に納める魚なんだ」
「ほーー、魚か、手伝ってやってもいいが、その魚、
オレ達にも分けてくれるかい?
朝から何も食ってなくてな、焼いて食ったらうまそうだ」
「この魚を分けてやるわけにはいかないよ、でも手伝ってくれるなら
あんたら2人分、昼飯は用意してやるよ、どうだい?」
「よし決まりだ、アギ、お前も押せ」
「ワシもこれを押すのか、難儀だのう」
「働かざるもの何とかってやつだ、昼飯のためだ、押せ」
「あはは、助かるよ、あんた体大きいね、冒険者かい?」
ネオジムを見て言った
「まあ、そんなところだ、で、こいつを持っていく屋敷ってのは
まだ遠いのか?」
「いや、もうすぐだよ、この先に町があって
そこに領主のヘンリーム伯爵様のお屋敷があるんだ
でも、ここからは上り坂なんだ、だからあたし一人じゃきつくってね」
「うへ、上り坂かよ、そりゃきついぜ」
「しかし何故このような難儀をしてまで魚を運んでおるのだ?
魚が必要ならば、その町で調達すればよかろう」
「ああ、実はさ、町の中を流れる川で魚が捕れなくなっちまってね、
1年くらい前からかな、上流にでっかいヘビの魔物が住み着いて
魚を食っちまってるんだ、それでだんだん魚が少なくなって
最近じゃ違う川で捕れた魚をわざわざ仕入れに隣村まで行くしまつさ」
「なるほどな・・・仕入れるってことは、お前魚屋か」
「ああ、あたしは漁であがった魚を仕入れて町の中の店で売ってるんだ
これでも自分の店を持ってるのさ」
「そいつは大したもんだ、そころで魚屋のお嬢ちゃんよ、
ついでに頼みなんだが、どっか安くて飯がうまい宿を
紹介してくれねえか」
「ああ、いいよ、うちが魚を納めてる先でいいところがあるよ、
で、あたしはお嬢ちゃんじゃなくて、ロージーよ」
「そうかいロージー、オレはネオジム、こいつはアギだ、よろしくな」
「ふーーん、あんたら親子ってわけでもなさそうだけど・・・
変な取り合わせね、まあいいわ、よろしく」
「お、おやこ・・・、オレはこんなでかい娘がいるほどの歳じゃねえぞ
せめて、兄妹と・・・ま、まあどうでもいいか」
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「ぶっはーー、着いたのか?ロージーお前、こんな丘陵地、
1人で登ってこられるわけねえだろ、ぶはーー、疲れた」
ブドウ畑が広がる中、上り下りを繰り返し、
最後、丘の上へと登り切ったそこに、この土地の領主の屋敷があった
「ありがと、助かったよ・・・あっ、執事長のプラセジオさんだ、
ちょっと行ってくるね、待ってて」
ロージーは門の手前に荷車を止め、その屋敷の中へと入っていった
「そ・・・そんな・・・何とかならないんですか?」
「すまない、ロージー、お前には無駄骨を折らせてしまったね、
だがこの魚の代金はちゃんと支払わせてもらうよ」
「そ、それは、代金は・・・、プラセジオさん、
何か方法を考えましょう、あたしだって、ただお代をいただいちゃ、
申し訳がないですよ」
「しかし、方法と言ってもねえ」
ロージーが屋敷の者と何やら困り顔で荷車のところへ戻ってきた
「おいおい、どうしたってんだ?、せっかく持ってきた魚、
中に運ばねえのか?今日のこの暑さじゃのんびりやってると
すぐに痛んじまうぜ」
「それが・・・氷が手に入らなくて・・・
厨房の食料保管庫の中の温度が高くなってしまってね、
魚を運び込んでも、明日の晩餐会までに腐ってしまうんだよ」
「だったら塩漬けにでもすりゃいいじゃねえか」
「今日、ここにいらっしゃるお客様は、旦那様が大変お世話になっている
侯爵様と、そのご令嬢、
そのようなお方に、塩漬けなどお出しするわけには、まいりません
それに別の料理を手配せねばならない今、
この魚を保存している時間もありません・・・
これらはこちらで処分いたします、ロージー残念ですが分かって下さい」
「そんな、プラセジオさん、頭を上げて下さい、
あたしは・・・ただヘンリーム様のお役に立ちたかっただけですから」
「おいロージー、ずいぶんとがっかりしてる様子だがよ、
お前ここの領主のヘンリーム伯爵様に何か恩義でもあるのか?」
ロージーのあまりの落胆ぶりが気になって聞いた
「ヘンリーム様は、この地方で作るワインにも、
あたし達、漁で生きる者達に対しても、
あまり税金を取らずに商いをさせてくれてるんだ、
おかげであたし達領民は不作の年も不漁の年も、生きてこられた
だけどそのせいで、ヘンリーム様は他の貴族より貧乏なんだ」
「び、貧乏って、お前・・・言い方・・・」
「だってそうなんだ、だから王都でも肩身の狭い思いをしてるって、
だから今回、侯爵様が旅の途中で
ヘンリーム様のお屋敷に立ち寄ると聞いて・・・
新鮮な魚を食べたいって侯爵様のご令嬢が、そう言ってるって聞いて
王都じゃ食べられないくらいの美味い魚を用意して
ヘンリーム様を見直してもらいたかったんだ」
領民に重税を課し、贅沢な暮らしを送る貴族が多い中、
ここの領主はそれをよしとはせず、領民の暮らしを優先し、
質素な暮らしをしているのだろう
「ロージー、お前のその気持ち、きっとヘンリーム様も
お喜びになられるだろう、必ずお伝えしておくよ」
「プラセジオさん・・・うう・・・」
「氷があればよいのだろう?」
アソウギが言った
「ああ、そうさ、氷さえあれば」
ロージーが言った
「しかしもう9月の終わり、
冬に作り保存しておいた氷も終わってしまった、
今年の夏は暑かったからね」
プラセジオが言った
「たしかにな、現に今日だってこの暑さだ、無理もねえ」
ネオジムが言った
「氷があればよいのだろう?」
アソウギが言った
「だからそう言ってるじゃ・・・お、お前・・・作れるのか?」
「樽を用意し、水を入れてみよ」
「水と火と風の精霊よ我が声をきき、我が声につどえ、
その理を守り我が声に従え・・・
氷結魔法陣、展開・・・我が名はアソウギ、発現せよ!」
「お?、おお?、おーー!、すげえ」
「えええーー!?、何ですか、これーー!?」
「なんとーー、こ、こ、これはーー、魔法ですか!?」
集められ並べられた樽の、
それぞれの半分ほどまで入れられた水は、目の前で氷へと姿を変えた
「なんと・・・そちらのお嬢さんが魔法使いとは・・・
驚きましたな、これほどの術を使える術者など、
王都にも数名ほどしかおりますまい」
「あの、プラセジオさん、これなら何とかなるんじゃありませんか?」
ロージーはその氷を見つめ、興奮した様子で言った
「ああ、そうですねロージー、これだけの氷があれば明日は
素晴らしく美味しい魚料理をお出しすることができるでしょう、
いえ、それだけでなく、この夏の終わりの晩餐に
涼しい氷菓子のデザートを用意できますよ、素晴らしいです
そうそう、ワインも冷やしておきましょう」
「ありがとうネオジム、ありがとうアギ・・・」
ロージーは2人の手をとり、礼を言った
「いいってことよ、それよりも早く魚を運び込んじまおうぜ、
せっかく準備ができても、もたもたしてたら鮮度が落ちるぜ」