1話 記憶をなくした少女
一人で旅する流れ者の冒険者
たまたま助けたのは記憶をなくした小さな魔女だった
たぐいまれなる才能と高度な教育を必要とする魔法
しかし少女は失われた時代の古代文字を理解し、魔導書を読み解く
なくした自分自身の記憶を手繰り寄せるように・・・
夏の照りつける日差しの中を一人、歩いていた・・・
「ジリジリと照りやがる、ふう、そこの木の陰で昼飯にでもするか、」
不格好な握り飯を口に入れ、ぐうぐうと鳴る腹の音を黙らせると
やっとひと息ついたとばかりに伸びをした
よりかかった木の反対側に、ふと目をやると
「ん?、何だ?、・・・行き倒れか、生きてんのか?
しかたねえな、おい、食うか?」
子供よりは大きい、大人よりは小さい、やせっぽちの誰かがそこに倒れていた
残しておいたもう一つの不格好な握り飯をその者の口元へ差し出した
「・・・なんだ、食わねえのか、・・・もう食う力もねえか、
っち、しかたねえ、村まであと少しだ、そこまで連れてってやる、
もし死んだら埋めてもらえ」
驚くほどに軽いその者を肩に担ぎ、再び歩きだした
「ハアーー、我ながら、お節介なことだぜ」
肩に担いだその者が少女であることだけは分かった
2時間ほども歩いただろうか、
「おい、この村に宿はあるか?、それと、こいつなんだがな、
ここへ来る途中で拾った、まだ生きてるでな、
ほっとくわけにもいかなくてな、連れてきた、
何とかならんか?」
たどり着いたところは、山に囲まれた場所、
小さな川の流れるのどかな村だった
そこで誰でもいいから、目についた者に話しかけた
「宿なら1つございます、しかし、そちらの方は
村でなんとかと申されましても・・・
あなた様が一緒に宿へお連れいただくか、
それ以外となりますと・・・」
「捨ててこいってのか、っけ、そんなわけにいくかよ、
ふん、しかたねえ、分かったよオレが連れてくよ」
その男に宿の場所をきき、少女を担ぎ、村の中を進んだ
行ってみるとそこは宿といっても、
普通の一軒家でその2階の部屋を貸し出しているだけのものだった
「何?、宿代2人分?、おいおい、こいつは死にかけだぜ、
飯も食わねえ、なのに1人前に数えるのかよ」
「はい、申し訳ございません、
当方といたしましても生きている以上はお客様です、
それに当宿でお亡くなりになられた場合
こちらと致しましても、何もしないというわけにもまいりません、
せめて1人分のお代はいただきませんと、」
「こいつが死んだら、何をしてくれるってんだよ、」
「埋める場所くらいは、ご用意いたします」
「ほーー、こいつ、埋めてくれるってのかい」
「いえ、場所をご紹介するだけで、埋めるのはお客様の手で」
「・・・こっちは金まで払って墓堀りかよ、っち、割にあわねえな」
とは言っても、やはり放っておくわけにもいかず、
その少女をその宿のベッドに寝かした
「ん?目開けやがった・・・気が付いたのか、
おい!、しっかりしろ、聞こえるか?、」
宿に着いたその翌日に、少女は目を覚ました
「う・・・お、お前は、誰だ?」
「お前こそ誰だ、何で道端で死にかけてた?」
「・・・そうか、ワシは、死ななかったのか、
案外簡単には死なぬものだな・・・」
「何いってやがる、オレが助けたから死ななかっただけだ、
たまたま死ななかったみてえなこと言うな」
「そうか、お前が・・・礼を言わねばならんな、
・・・ところで、何故助けた、」
「はあ?、何故ってそりゃ・・・、昼飯食おうとしてたらお前が倒れててよ、
お前が死にそうだったからだよ」
「死にそうだったから、か、・・・おかしな理由で助けるものだな」
「な、なんだと!?、ならどんな理由ならいいってんだよ」
「人を助ける理由など、ワシには思い浮かばんだけじゃ」
「へっ、そうかよ、こっちだって成り行きでそうなっただけだぜ」
「それよりもハラが減った」
「ああ?、いきなり飯食わせろかよ、しかたねえ、ちょっと待ってろ
下行って、何かもらってきてやる」
2階の部屋から出て下にある調理場に行くと、夕食の準備をする者だろうか、
1人の男が食材をとりわけ、作業をしていた、
その者に訳を話し、食べ物を分けてもらった
「残り物らしいが、粥があった、
急に胃袋にものを詰め込むと死ぬぜ、
だからこのくらいが丁度いいだろうぜ、ほれ、食いな」
「うむ、いただこう」
差し出した粥を、たどたどしく頬張りながら、少女は枯れかけたその体に
精気をいきわたらせているようだった
「おい、もう一度聞くがよ、お前あんなところで、
何で倒れてたんだ?」
「ああ、それが、なにも憶えておらんのだ」
「そりゃ、どういうことだよ」
「ふむ、気付いたときには歩いておった、そして7日ほど歩いた
それより前も、それより後も、憶えておらん」
「何だそりゃ、じゃあ何も覚えてなくて7日歩いたところで倒れて
それをオレが拾ったってのかよ」
「だからそう言っておる」
「分かってるよ、確かめただけだ、
しかしそれじゃ、お前がどこの誰かも分からねえ、
何でもいいから憶えてることはねえのか?」
「・・・ああ、名前は、憶えておる」
「へーー、言ってみな」
「ワシの名は、アソウギじゃ」
「アソウギ、また変な名前だな、まあいいや、
オレはネオジムだ、よろしくなアソウギ」
粥をほおばるこのおかしな少女の名を知った
「しかし、アソウギってのも言いづらくてかなわねえ、
お前のことは、アギって呼ぶぜ、いいな?」
「かまわん、好きにするがいい、
ならばお前のことも、ネムと呼ぶのか?」
「ば、ばかやろう、、オ、オレはネオジムでいい!」
「そうか、承知した」
それから数日が過ぎた。
アソウギは日に日に元気を取り戻した
「それにしても、ようございましたな、お連れ様、お元気になられたご様子」
宿の主人が言った
「ああ、なんとか持ち直したようだ、
まさかあんな状態から助かるとは思わなかったがな」
アソウギを初め見つけたとき、それはすでに死人と変わらないほどだった
だから、目を覚まし、粥を食べ、言葉を話す今が不思議なほどだった
「まだ幼げではあっても、強い生命力をお持ちなのでございましょう、
ところで、これからどうなさるおつもりで?」
「ああ、そのことなんだがな、あれがちゃんと動けるようになるまで
ここでやっかいになりたい、たのめるか?」
「もちろんでございます、私共はお代さえいただければ
ひとしくお客様でございますから」
「はは、お代か、たしかにな、
それでだな、ご主人、その宿代のことなんだがな」
そろそろ持ち合わせが寂しくなってきていた、
そこで宿の主人に、なにか仕事がないか聞いてみた
冒険者がやる仕事など、だいたい決まっているのだが
「なるほど、この村で魔物退治をして宿代を稼ぎたいと、」
「ああ、どこの村も襲ってくる魔物に手をやいていると聞く、
もし困っているならオレがその魔物どもの群れのボスを討伐しよう」
「群れのボスを?、ほーー、それは有難い、
今まで何人もの冒険者を雇いましたが、ザコ数匹を倒すのみで
何の効果もありませんでした、
しかし、ボスを倒してくださるのであれば・・・」
「ああ、群れそのものを消滅させよう、で、この近くには
どんな魔物の群れがいる?」
「はい、南の山にトロルが住み着いております」
トロルか、まあいいだろう、仕事を選んでいる余裕はないしな、
すこしでも金になればいい、
そう思い、トロル討伐の依頼を受けたいと申し出た
「村長、どうしますか、あの者トロルを倒して金を稼ぎたいと言っていますが」
「ああ、やらせてみれば、いいだろう」
「ですがもし失敗したときは、怒ったトロルどもが
村を襲ってはこないでしょうか」
「ああ、そのときは、あの者の連れの者がうちの宿にいます、
万が一のときは、その者をトロルどもに差し出しましょう」
「うむ、生贄か、たしかにトロルには効果があるが・・・
いいのか?」
「はい村長、どちらもワシらの村にはゆかりの無い者、
かまいますまい」
「そうだな、まあ、うまくいけばそれはそれ、
僅かばかりの金を渡してやればよいだろう」
「では決まりですな、さっそく宿に帰り、その者に伝えます」
「うむ、よろしく頼む、皆もそれでいいな?」
「はい、村長」
「そうか、分かった、ここから南へ行ったところにある山だな?」
宿の主人に部屋まで来てもらい、目的のトロルが住む場所を
できるだけ詳しく正確に聞き、頭にそれをたたきこむ
「あのーー、冒険者様、大変申し上げにくいのですが・・・実は・・・」
「何だ?、かまわないから言ってみろ」
「はい、もしあなた様の身にもしものことがあった場合
こちらのお連れ様の宿代をお支払い下さる方がいらっしゃいません
念のため何か預からせていただければと・・・」
「うーーむ、もっともだな、しかしこれは困ったな、
その宿代を稼ぐためにこれから出向くわけなのでな、
かわりになるものが、何もないのだ」
「おそれながら、お連れ様の身を預からせていただければと・・・」
「ん?、そりゃ、どういうことだ?」
「ワシの命を預ければよいのだ、お前に助けられた命だ、担保とするがいい」
ベッドの上で話を聞いていたアソウギが言った
「お、おい、命を担保にって、そりゃどういうことだ?」
「人の命の使い道を、この村の者達なら知っていよう、
場合によっては金に換える方法もな」
「けっ!、・・・そういうことかよ、」
「そんな怖い顔をなさらないで下さいまし、へへへ、
これも生きるためにございます」
翌日の朝早く、その山まで来た
そこでトロルはあっけなく見つかった、
人を見るなり、いきなり遅いかかってくる凶暴な魔物だ
それを倒す力が不足している場合は、その凶暴さに押され、
危険な状況に陥りやすい、しかし、男にとっては手間が省けるというものだった
「ちt、胸くそ悪いぜ!、なにが担保だ、くそ!」
ぐぎゃーー、ぎゃーー、 ザシュ! バシュ!
人より遥かに大きいこの魔物を剣の一振りで次々に仕留めていく
ーーーはあ、はあ、はあ、
しかし、トロルごときに息があがる、くそ、なまってやがるぜ
オーー、オリャーー!、ガシュ!バシュー!
鈍ったとはいえ、トロルの群れ、10数匹程度を全滅させるのに、
さほど時間もかからなかった、
男の名はかつて、王都に轟いていた、しかし
今、それを知るものは少ない
村へは日が落ちる前に戻ってきた
そして、まず村長に報告に行った
「こ、これは、なんと!、今日のうちに群れを全滅させてきなさるとは!
御見それいたしました、もしや名のある冒険者様なのでは?」
「ただの流れ者だよ、ギルドにすら登録しちゃいねえ、
それよりオレの連れは無事なんだろうな、
先走って売っぱらったりしてねえだろうな?」
「め、滅相もございません、お連れ様は宿にて大切に預からせていただいております
どうぞ無事なお顔を見せて差し上げてください」
けっ!、なにが大切にだ、人質としてだろうがよ
「ん?ネオジム、もう帰ってきたのか、逃げてきたか?」
アソウギの呑気な物言いに、一気に疲れ噴き出る
「ふざけんな、急いで片付けて戻ってきたんだよ!」
「そうか、ところで何故急いだのだ?」
ベッドの上で体を起こし、不思議そうな顔をした
「はあ?、お、お前が不安がってちゃしょうがねえと思ったからに
決まってんだろうがよ、
オレが失敗すりゃ、お前もどうなるか分からねえ状況だったからな」
ベッドの横の椅子に腰を下ろし、アソウギを見た、
アソウギは、まるで問題はないといった顔でただ黙って聞いていた
「それにしても村の連中、えげつねえぜ!」
「そうか?しごく当然のことであろう、
村の者が生きるためワシの命をとる、摂理じゃ」
「そ、そうだがよー、オレはやり方が気に入らねえ」
「お前は変わった男だな、理由もなくワシの命を助け
今もまた理由もなく戦ってきた」
「変わってんのはお前だ、助けることに理由はねえ」
「お前の行動には理由はないのか」
「めんどくせえな、お前を助けたい、それが理由だ」
「それは理由ではない、感情だ、やはりお前は変わったやつだ」
たしかにそうかもしれない、
冒険者などという因果な稼業をしていても
見ず知らずの者を見捨てることに抵抗があるのだから・・・
「へっ、そうかよ、もう勝手に言ってろ」