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ピンク色の世界で

作者: hybrid

私は今日もピンク色の部屋で目が覚めた。

くすんだ緑のスカートをはいて、黒い靴を履く。

鞄を持つと、外に出た。

今日は二コマ授業が入っていた。

午後は暇だから、カフェにでも行こうかと財布の中身を確認した。

悲しいかな、学生というのは。

軽く寂しい財布を抱えたまま、私は駅に向かって歩き出した。

今日の空は一段と灰色だった。

嫌な空だ。



教室の窓から、空を見上げた。

灰色。パッとしない。

白い雲でも飛んでいたら、少しは違うのになと私は思った。

カン!と、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

ふぅ、と周りの生徒から息が漏れる。

午前中の最後のコマだから、皆やる気も萎えていたところだろう。

先生が一言二言残して教室を出て行く。

その途端に教室内はざわざわと喧騒に包まれた。

私は一人、鞄に筆入れやノート、眼鏡なんかを入れ、教室から出る準備を始める。

「ねえ、ミィ、今日この後暇?」

「まりちゃん。うん、暇だよ。」

後ろから話し掛けてきた友達は、にっこりと笑った。

あ、これは愚痴を聞けって事かな?

「じゃあさ、一緒にご飯どう?」

「え、あ、うん。でも、いいのかな?」

「え?」

後ろから手を振っている男の人をあごで指す。

彼女も気付いたのか、振り返る。

「あ、マサ。」

「よお。邪魔しちゃったか?」

「ううん。まりちゃん、寂しがってましたよ。最近デートしてないって。だかr」

にっこりと笑って言うと、まりちゃんは顔を真っ赤にして私の口を手で塞いだ。

「ちょ、ちょっと、言わないでよ。」

これ以上、惚れ気と愚痴を聞かされるのはまっぴらだ。

「まじで。ごめんまり、俺、最近レポートで忙しくて。」

「ううん。いいの。うちと違って大学院行くんだから、忙しいの当たり前だよ。」

「……ごめん。」

「謝るなって。」

「ほら、まりちゃん。今日はカップル水入らずで楽しんでよ。」

「っ、うん!」

素直に首を振るこの子が、可愛くて友達になったんだっけ。

あと………うん。いまはやめとこ。



灰色の空の下、道を歩く。

相変わらずここは賑やかだ。

と言っても、別に人の声がではない。

靴の音がうるさい、電車の音も。

でも、この賑やかな音の中、人は沢山の人と物に囲まれ、それでも、いや、それ故に孤独だった。

幼少から、数少ない友好しか無かった私は、この町は住みやすかった。

孤独なのは私だけじゃ無い。

皆が皆、この町では孤独なのだ。

目に入った良さげなカフェに入る。

青緑色の制服。 

素敵な色だな、とふと思った。

目にとまったメニューを適当に頼んで、テイクアウトにする。

外の空気を吸いながら読書を楽しもうと、オープンテラス席に座る。

お昼とは少し時間をずらしてきたので、ある程度空いた席には私の他にお洒落な帽子を被った女性が一人、

ピンクの帽子は、とても素敵だった。


珈琲を啜りながら、本を読む。

しかし、どうにも集中できなくて、一度閉じた。

折角楽しく読んでいる本なのだから、しっかりと内容を把握したい。

暫く町並みを眺めて、心を落ち着かせよう。

……………。

この町は。いや、この世界は、どこか寂しい色をしている。

寂しい、そう形容するのが正しいのか、分からないが。母はこの景色を見て、きっと悲しいとか、寂しいとか言うだろう。

うん。そうに違いない。

昔、そう言われたことがあるから。

くすんでいて、悲しいって。

まあ、そうなのだろうとその時は思ったが。

私には、当たり前の世界だった。

いつでも見えるこの世界を別段寂しいと悲しいとか思わなくて、普通にしか見えなかった。

私は母からその豊かすぎる感受性を受け継がなかったのかも知れない。

ふぅ、と息を吐いてコーヒーをもう一口啜る。

苦い香りが口の中に広がった。



ヒールを履いた足下にくすぐったさを感じたのはその時だ。

草でも飛んできたのかと見下ろしてみると、そこにいたのは丸い塊。

ふわふわで。動いていて。

「え………」

犬、だった。

「す、すみません。リード離しちゃって。」

「え、いえ。大丈夫ですよ?」

私の足をクンクンと嗅ぐ犬。湿った鼻の頭が擦って変な感触だ。

頭の毛が太股に当たってこそばゆい。

「あ、うわ。すみません。こらミィ、コッチにこい。」

「え?」

「はい?」

「あ、いえ、友達から呼ばれるあだ名と同じ取ったもので。」

ぱちくりと目を瞬かせた彼は、合点がいったように頷いた。

「ミィ、ですか?」

「ええ。」

犬のリードをようやく掴むと、自分の足下に引き寄せる。

「へぇ。この犬、保健所から引き取ったばっかで大変なんですよ。」

「じゃあ。」

「はい。もと野良。でも、母が飼いたいって言って。」

「そうですね。とっても綺麗な緑…」

「はい?」

「あ、いえ。茶色、かな?」

「…………。」

しまった。緑の犬はいないのだ。

自分の失敗に口をつぐみ、チラと相手を見る。

驚いた顔をしていた。

そしてその瞳の奥に灯る好奇な者を見る光。

ああ、またやってしまった。

昔から、この失敗をする度に周りの人からそんな目を向けられる。

そんなにおかしいだろうか。

私の見ているこの世界は、他人からしたらそんなにおかしいだろうか。







色覚異常。つまり、色が分かりづらいもしくは分からない。

そんなおかしな特徴を持って生まれた。

私からしたら生まれた瞬間からの付き合いだから、別に特段おかしくはない。

でも、とても珍しいらしい。

特に私のような三型二色覚(青色が認識できない型)はその数がさらに少ない。

女性ならなおさら。

そんな自分が嫌だった。

他人とは違う事への恐怖。勝手に感じる疎外感。

希少だと思うと、自分が絶滅危惧種かとさえ思う。

生き辛くない日は無かった。

こうして他人と合わせようとして、失敗する人生。

言いつくろうのにも疲れていた。


「………はぁ、すみません。色覚異常…って言っても分からないかもしれませんが。とにかく、変なんです。私。」

「あ、なるほど、いえいえ。知ってますよ。叔父が、そうなので。」

犬の頭を撫でながら、青年は笑う。

理解がある。そんな人はなかなかいないので、有り難かった。

「叔父は……えっと…確か、緑が見え辛いとか。」

「色弱さんですか?」

「ええ。確か。」

「そうですか。」

青年はおもむろに犬の前足を手に乗せて、此方にお腹を見せてくる。

「この犬も、叔父が選んだんです。母が叔父に選んでもらえって。」

「へぇ……。」

綺麗な緑色。

くすんだ。そんな表現をするらしい私から見えている世界の中で、その緑は珍しく煌めいて見えた。

「叔父さん、良いセンスをお持ちですね。」

「はい俺もそう思います。この犬もとっても良い子ですよ。」

「どんな色か、教えてもらえます?」

「薄い、肌色とか、黄色に近い茶色です。」

「そうですか。」

私はその犬の色を想像しながら頭を撫でてあげた。

ふわふわとした暖かさが心地好い。


色が違う。見えるものが違う。

でも、こうして触れば同じものに触れ、

ニオイを嗅げば同じ香を楽しめる。

私から見えている世界は、赤と緑、黒、ピンクが大体。

母が言うにはくすんだ色をしているらしい。

幼い頃病院で私から見えている世界を見せて貰ったらしい。

母は悲しくなったそうだ。

この子は花の色を美しいと感じられるのか、

この子は他人と同じようにこの世に美しさを見いだせるのか。

それは、杞憂だよ。今ではそう言える。

誰かから見てくすんだ世界でも、私からみればそこは、色に溢れた世界なのだ。

辛くても生きていくしか無い世界なのだ。

そして、晴れた日の午後のような穏やかな喜びに出会える世界なのだ。




***

こんにちは。まりりあです。

単発ですよ。夜に思い立って描きました。

これを書くに当たって、きちんと理由がありまして、と言うのもですね、私の大叔父は色覚異常気味らしくて(詳しいことはよくわからないですが、)、私も昔青とか緑とか見間違えて親から言われたことがあったので、色覚異常というものが割と身近に感じていたわけです。

色覚検査(色とりどりの丸で数字が書いてあるのを読む奴。)を受けたことがありまして、何枚か紙を見せられたんですけど、その中でどうしても一枚読めないやつがあったんです。その時は、先生と、おっちょこちょいだなぁ、と笑いましたか、自分が他人とみている世界が違うって怖いなぁ、と思いました。

そんなこんなで書かせていただきました。

 

最後に、作中でおかしいと思う表現があれば教えてください。

また、不快に感じる表現等あればコメントしてください、即座に書き直したいと思います。

これを通して多くの人に知ってもらうとか、そんな崇高な目的はありませんのでそこまで詳しくは書いていません。これで興味を持ってくださった方がいらっしゃいましたら、是非、調べてみてくださいね。


では、またの機会に。

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