∼プロローグ∼
彼はとても現実的な人だった。
物心ついたときから、可愛らしい恰好をしたキャラクターの着ぐるみの中には人が入っていることを理解していたし、戦隊もののヒーローもそういう作品だということも分かっていた。
当然、ファンタジーなんてものにはからっきし興味がなかったし、フィクションもほとんど読んだことはなかった。つまるところ、非現実的なものに対し完全に無関心だったのだ。
そんな超現実主義者である彼はいつも通り日課である散歩をしているその道中、ふと空を見上げた。別に大した理由があったわけではない。本当にただ何となく、気まぐれで。
すると突然彼は歩みを止めた。いや止めざるを得なかったというべきか。
空から人が降ってきている。
それを認識したとき、彼はその場に佇んだ。
そんな悠長なことしてる場合か?早く助けにいかないと!
少年の中の何かがそう警鐘を鳴らしているが、そんな何かよりも更に冷静に、。
「ムリだ…」
と彼はつぶやく。
助ける?どうやって?有名な映画作品の中で空から落ちてきた少女を少年が優しく受け止めるというシーンがある。
それと同様に受け止めにいくか?不可能だ。
その作品の中では少女は実にゆっくりと、さながら「舞い降りてきた」のだ。
だからこそ少年は悠々と少女を抱き留められたのだろう。
だが眼前の光景はというとどうだ?
あの人は地球の重力に引かれて急速に落下してきている。
あのスピードではあと5秒足らずで地面に衝突するだろう。
その人の落下予想地点までここから約10メートルほど。全力で走ればおそらく衝突する前にたどり着くことができるだろう。
しかし、問題はその後だ。
まず。自由落下してきている人間をタイミングよくキャッチするのは至難の業だ。
仮に、抱きとめられたとしても、ダメージはある。
あの人にも、そしてそれ以上に自分の腕に。
そうすればまず間違いなく自分の両腕は二度と使い物にならなくなる。
加えてそこまで自分の身を犠牲にしてもなお、あの人が助かる確率はとても低い。
ならば、走る意味はない。
そう彼は結論付け、踵をかえし、もと来た道を戻ろうとする。
と次の瞬間、彼は再び硬直することになる。
「うそ・・・だろ?」
落下中だったその人は空中で足を下にし、体制を立て直したかと思うと、あろうことか急激に速度を落としていく。
ついに地面につく頃にはほぼスピードはなく、その体はゆっくりと地面に到達。無事着地にも成功。
そして落ち着いた様子で、深呼吸。目測だが骨折はおろかかすり傷一つしていない。
「ふう・・・。えーと、ここは一体?」
その人物は辺りを見回しながらそうつぶやく。
と、彼に気付いたのか、小走りでこちらに駆け寄ってくる。
彼は今起こった現象について全く理解が追い付いていなかった。
そうしてもたもたしている間に、その人物は彼の目の前までやってきて、
「すみません。ここってどこなのか教えてもらえないでしょうか?」
そう真摯に問いかけてくる。
そう正しくこれが初めて彼の常識が崩れ去った瞬間である。