第七話:「拘束」
俺は日記を読み終わった。
なぜこの『未来』で戦争が発生し、新人類に乗っ取られるような状況になっているのかがようやく分かった気がする。
どうやら俺が有海に『あの本』を渡してしまったことが引き金になっているようだ。
俺が『あの本』を渡したときにタイムリープが発生したことからも推測がつく。
日記に書かれていた、他の『植物人間になっている人達』も、きっと俺と同様にこの『未来』に飛ばされ、この惨状を見せつけられているのだろう。
つまり、他の『植物人間になっている人達』は、安西と村田が話していた『雫石町の宿にやってきていた記憶喪失の人達』なのか……。
全てがつながった気がした。
ではなぜ、俺や他の『植物人間になっている人達』はこの未来にタイムリープしてきているのだろうか。
日記に書かれている内容や、この『未来』の状況から俺は1つの推測にたどり着いた。
俺達は、この『未来』を変えるためにタイムリープしてきたのだと。
俺のこれからの目的が分かれば、あとは行動あるのみだろう。
まずは「人間」達に会わなければならない。会えたら「人間」達に助力を申し出よう。
俺は安西の電子マネーを握りしめて、まずは北海道根室市へ向かうことにした。
俺は人類が存在している住所を自分のメモ帳に写した。
盗まれても何の住所かわからないように記載内容は抜かりなく暗号化した。
そして自宅の外に出た際、俺は拳銃を構え厳しい表情の数十人の軍勢に囲まれていた。
「俺たちは保安警察だ。安西さんの身分証明書窃盗の疑いでお前を逮捕する」
人間一人を襲うには十分すぎる程の過剰な装備をした保安警察のリーダーらしき人物が、俺を一瞥しつつ淡々と声を上げる。
彼の発言を聞き、俺は危惧した。
もしこの書庫の中の有海の日記が新人類たちに見つかれば、有海たち人間が危ない!
俺は即座に決心すると、ライターの火を自宅の書庫に近づけ、放火した。
火が上がる民家に驚きつつ、保安警察のリーダーらしき男は震える声で俺を問い詰める。
「おい。また罪を重ねるのかお前は。俺たち新人類は規律を犯すようには教えられていないだろう? まさかお前規律を犯すとは、旧人類ではないだろうな?」
「違います。俺は新人類です」
燃え盛る炎を背に、俺は反論してみた。
その発言を聞いた彼は、訝しげな表情になると俺を睨みつける。
「いいや、おかしい。非常に怪しい。とりあえずお前は『放火』で現行犯逮捕だ」
俺はその発言を聞きはっとする。
まずい、非常にまずい。
拘束されれば身柄を調べられ、結果『人間』だとばれて殺されてしまう。
わずかな希望をこめ、俺は震える声でこの言葉を叫んだ。
「I am your fellow」
言い切った。
しかし彼はいやらしい笑みを俺に向けていた。
「尻尾を出したな旧人類よ。俺たち保安警察は全員元『新人類軍』の隊員だ。そして俺たちは旧人類との戦争の際にその言葉を何度も言われたんだ。
最初は信じたが、途中から気づいたよ。この言葉を叫ぶのは殺されそうになっている旧人類だけだとな!
その言葉を聞いたことがないやつらは騙されるかもしれないが、俺たちにその言葉は通じないぞ?」
保安警察たちは、ゴミを見るような目で俺を睨みつける。
そして、俺は10人ほどのサイボーグ達に取り囲まれ、拘束されてしまった。
◇
……
…………
………………
「…………は?」
俺はぼんやりとする意識の中、声を荒げると周りの状況を確認する。
俺は今、小さな部屋の中にいた。
真っ白で何もない部屋だった。
俺はここに放り込まれるまでの経緯を必死に思い出す。
保安警察に捕まった後、俺は睡眠薬を打たれたようだった。
しかし、途中で効きが弱くなったのか、朧気ながら記憶が残っていたのだ。
彼らが喋っていた内容から、俺は推測する。
どうやら、俺は処刑を受ける流れになっているようだ。
そして、ここは『ガス室』のようだ……。
俺は起き上がり、入口のドアを探したが、どこにも見当たらない。
おそらく、内側からは見えないように出来ているのだろう。
歩き回ったが、俺はついにドアを見つけることはできなかった。
新人類が俺に対して行っていることは、第二次世界大戦時のナチスドイツがユダヤ人に対して行ったガス室虐殺と一緒だよな……。
そして俺は悟った。
ヒトラーと一緒で、こいつらは俺たちが憎いんじゃない。
俺たちが『怖いんだ』と。
◇
そしてついに部屋の片隅から気体があふれ出す音が聞こえた。
俺はここで死ぬ。確信した。
心に忍び寄る「絶望」という感情と共に、俺は笑顔を溢す有海の姿を思い出した。
最後に会いたかったよ有海。
それと、俺が本を渡すことでお前の人生を狂わせてしまってごめんな……。
俺は現状への諦めと有海への自責の念を抱きながら、『未来』での意識を失った。