第四話:「盛岡へ」
朝になった。
安西、村田と俺が寝る部屋の窓から、朝焼けが差し込む。
仙台市内ではあまり聞けない、雀の鳴き声が窓越しに響き渡った。
俺は体を起き上がらせると、窓の外から見える景色をぼうっと見つめる。
見えるのは木々、点在する民家、そして水田だ。
昨日まで住んでいた実家の景色と全く違う景色を見て、俺はため息をついた。
実はこれは悪い夢で、寝て起きれば仙台に戻っているんじゃないかと若干期待していたのだ。
俺は耳元に置いておいたスマートフォンをアンロックする。
しかし、それは圏外を表示し、特に通知は何も表示されていない。
普段なら、朝目を覚ますと有海から連絡が来ていたりしたのだが、今日はなさそうだ。
有海の笑顔を思い出し、気持ちが急降下しそうになったのを気合いで何とか食い止めた。
「はあ……」
俺はまた大きなため息をつくと、二段ベットの二段目から床へと降りた。
「「じゃあ、いってくるな」」
「行ってらっしゃい、お気をつけて」
2時間後。俺は安西と村田を仕事へと送り出す。
軽く彼らと話したのだが、どうやら二人とも地元の牧場で働いているようだ。
安西はジャージ姿。村田はジーパンにTシャツ姿だった。
俺は二人のラフな格好に驚きながらも、見送った。
安西と村田が仕事に出かけた後、俺は宿の食堂でオリエンテーションを受けた。
俺とは別に二名が受講していた。どうやら俺と同時期に宿へ入った人達のようだ。
オリエンテーションでは、この宿での過ごし方や、やらなければならない仕事について学んだ。
講義を聞いている中、俺は受講する二人の顔を眺める。
一人が女子で、もう一人が男子だ。
女子の方は、肩までかかる長い黒髪を持つ。しかし、顔はクマができており、やつれているように見えた。髪もつやがなくぱさぱさに見えた。
男子の方は、短髪黒髪で体育会系の高校生に見えた。腕にも筋肉がついており、健康的に見える。
しかし、先ほどの女子と同様に顔にはクマができ、やつれているように見えた。
講義をしてくれている宿の人が、「今まで大変だったわね」と二人に声をかけているところを見ると、安西や村田と同じく戦争孤児なのだろう……。
その後、俺はオリエンテーションでの指示通り、朝昼と無心で宿の手伝いを行った。
その合間に固定電話を借り、自宅へ電話をかけてみたが、交番の時と同様に『呼び出し中』のまま誰かが電話に出ることはなかった。
夜になった。
宿の手伝いを一通り終え、俺は自室でぼうっとしていると、安西と村田が宿に帰宅してきた。
「どうだった? この宿の仕事は?」
部屋着へと着替えながら、にかっと笑った安西は俺に尋ねる。
俺は彼を見据えながら、ぼそぼそと答える。
「うん、淡々とこなしたよ」
「……そっか」
安西はそう返事をすると、「ううむ……」と考え込む。
俺は思う。彼へ余計な心配をさせてしまったかな……と。
ちなみに、俺は二人に対してタメ口で話すようになっていた。
何故なら、昨日寝る前に村田が俺に対してこう言い放ったからだ。
『ここで過ごすからには、俺達は家族同然だ。だから、敬語禁止令を出す!!』
俺はその言葉を聞き、二人のやさしさに感動して涙をにじませてしまった。
それほど昨日が大変な一日だったということだろう。
「そうだ」
安西が口を開いた。その後、俺を見据えると話を切り出した。
「実は、明日親父の学会発表があるんだ。親父は大学の教授で、それなりに有名なんだ。小林、SF系の話が好きって言ってたよな。良ければ来ないか?」
俺はそれを聞き、頭をピクリと動かす。
「……研究ってどんな内容なんだ?」
若干興味が出た俺は、ぼそぼそと話を掘り返してみた。
それを聞き、安堵した安西は話を続けた。
「『人類の起源』っていう命題だぞ。研究の結果がでたらしいから、面白いと思う」
俺はそれを聞き、一転ばっと安西の顔を見た。
『人類の起源』といえば、俺がいた時代でもまだざっくりとしか分かっていなかったはずだ。
確か、数百万年前にいたアフリカの猿が木から降りた時、猿人になったという話だったはず。
たしか、それぐらいしか分かっていないはずだった。
しかも、人類の起源なんていう物、SF小説の題材にはもってこいだった。
しかも、未来の進んだ研究成果を聴けるとは……。
俄然興味が出た俺は、安西を見据えて質問をした。
「俺が行っていいのか? 関係者しか入れないのではなくて?」
興味を出した俺を見て、一転ニコニコ顔になった安西は口を開く。
「いや、講堂内は出入り自由だぞ。名簿に記名さえすれば誰でも聴ける」
なるほど。問題はなさそうだな……。
まあ、この部屋で引きこもっているだけじゃ一向に事態は好転しないからな。
俺はそう思うと、安西に参加の旨を伝えた。
それを聞き、にやにやした安西は口を開く。
「オッケー。じゃあ明日の10時に宿正門集合な」
「了解。ちなみにどこでその学会は開かれるんだ?」
「ああ、言ってなかったな。『盛岡』だ。イタを使えばすぐ着くぞ」
俺は、安西の言い放った「謎ワード」を聞き訝しげな気持ちとなる。
イタ……? なんだそれは。
◇
翌日の朝。俺、安西、村田の3人は宿の正門に集合した。
空は雲一つない晴天で、さんさんと降り注ぐ日光が気持ちよかった。
「こっちだ」と言う安西に連れられ、俺は宿に近接する道路の方へと向かう。
歩きながら、安西は説明する。
「この宿屋では盛岡ぐらいの近距離ならばイタを貸してくれる。流石に県をまたぐ旅行の場合は貸してくれないけどな」
その話を聞き、昨日から気になっていたことを安西に問いた。
「ちなみにイタってなんだ?」
それを聞き、安西は「ああそうか。わからないよな」と言うと、俺の顔を見据えて説明する。
「『自走する板』って呼ばれるもので、上に乗って進みたい方向をイメージすると勝手に板が走り出すぞ。燃料は必要ない」
俺はそれを聞き、驚愕する。
なんだそのファンタジーな乗り物は……! SF小説の小道具にぴったりなものじゃないか!!
説明を聞いた俺は少し興奮してしまった。
その後、駐輪? されている場所からイタを一つとると、俺は安西と村田に教えてもらいながら操作を学んだ。
真っ白く薄いスケートボードのようなイタに乗り、宿の敷地の中で走行や操作の練習をする。
時々イタが止まったり予想外な方向に進むが、安西が注意をしてくれるので、それを取り入れながら操作を微修正する。
そんな最中、にやにやした村田からフォローが入った。
「こいつは、心が乱れている時や意識が別な方に飛んで行ってしまったりすると、それを反映してあらぬ動きをするからそうならないように慣れてくれよ。例えば可愛い女の子を見つけて、『その子に近づきたい』とか思うとイタが女の子に向かって進み出すから気をつけてくれな」
「おまっ! 何を言って!」
俺は突然声を荒げた安西をじいっと見つめる。彼は村田を見つめながら声を荒げていた。
この挙動不審さ……。怪しい。なるほどな。既にやってしまったのか。
俺は想像をすると顔に笑みがこぼれる。
しかし、安西がイタに乗って女子に突撃…………。
俺はそんな情景を想像し、にやにやしてしまった。
その後俺は二人に助言をもらいながら30分ほど練習し、かなり自由に運転ができるようになった。
雫石町清水地区から盛岡市市街地までは、道なりで約10kmだ。
俺たち3人はイタを用いて、戦争で荒廃したあの国道を走行していた。
先頭を安西、真ん中に俺、後ろに村田が走る構図だ。
安西が道順を知っているから先頭。村田は初めて運転する俺のために俺の後ろを走る。
一番有効な走行順だろう。
俺は乗るイタを見ながら驚く。
このイタ、地面を浮遊して走行するため、全く音が出ないのだ。
地面から浮遊して、乗る人を運ぶ。しかもスピードは30km/hぐらい出ていた。
一体どんな構造になっているのか……。
俺は思案しながらも運転を続けた。
その後、俺は道端に気になるものを発見し、ちらちらと見る。
そこには、荒廃した建物以外に乗り捨てられて黒焦げになった戦車らしき物体などが存在していた。
「内戦ってもう終結しているんだよな?」
気になった俺は二人に確認をする。
それを聞いた安西は、進行方向を向きながら返答する。
「ああ、一応は終結しているぞ。ただ、敵軍のロボットがまだ残っているみたいで、街道ではまれに襲われる人もいる。油断はしないほうがいいぞ」
「そ、そうなのか……」
安西の答えにより、俺はきょどきょどする。
すると、俺をフォローするように村田から回答が来た。
「ただ保安警察が巡回しているから、敵のロボットもそう簡単には出てこれないみたいだな。特に町中は警備が厳重だから、リスクは減っていると思うよ」
「なるほど……」
俺はつぶやきながら思う。
どうやら未来では、現代日本と比べて相当治安は悪くなっているようだ。
俺は二人から助言をもらい、ビクビクしながら運転を行っていたが、結局ロボット達に襲われることはなく盛岡市街地に入った。
到着した盛岡市街地は、内戦の影響を受けてか現代の日本と比べて町の景観が暗い。
そして、いたるところに破壊された建物が見受けられた。
俺はイタを操縦しながら道端にいる住民たちを観察する。
彼らは俺がいた時代の地方よりも活気があるように見える。
内戦の影響を心配していた俺は胸を撫でおろした。
俺は、彼らを見ながらこの町の状況を思案する。
そして、一つの答えへとたどり着く。
多分、内戦後でお互いに助け合わなければ生活できないのであろう。
だから、俺がいた時代の日本の地方都市より活気があるのだろう……。
町の中では、そこら中でロボットが人々を介抱している姿を見て取れた。
町の景観を見ると2018年代の日本と大差がないように見えるが、この自走する板やロボットの発展を見る限り、より細かいところで技術の進歩があるのだろう。俺はそう感じた。
「ちょっと腹ごしらえしていくぞー」という安西の掛け声とともに、俺達は冷麺屋『〇〇〇ぴょん舎』へと入った。
冷麺といえば、盛岡の郷土料理だ。
俺は隣県宮城に住んでいたこともあって、年に何回かは盛岡に行って食べる機会があった。
イタをお店の横に置くと、俺は自動ドアをくぐり店内へと入る。
すると、硬そうな表情をした人が俺を出迎える。
『いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?』
「えっと……。3名です」
俺は驚きと共に言葉を詰まらせながら回答する。
なぜなら、目の前にいた硬そうな表情をした人は、白色のロボットだったからだ。
「じゃあこちらへどうぞ!」
俺は安西と村田を連れながら、ロボットを追って店内の奥へと向かう。
「はえ……。すごいな」
俺は感嘆の声を上げる。
正直驚いた。
見る限り、店内のホール対応をしているのは全員白色のロボット達だった。
はあ。ここまで自動化されているとは……。
俺は、店内の近未来的な雰囲気に心を躍らせた。
ロボットに連れられて席へと着席した俺達は、安西に注文を聞かれ口々に伝える。
その後、安西は「冷麺基本セット3つで」と、店員ならぬ店ロボットへと伝えた。
料理を待つ間、俺は盛岡市の状況を二人に聞く。
先ほど感じた内容と同じことを二人から聞く最中、ロボットが冷麺を運んできた。
「おお、ありがとうな」
安西はロボットに対してお礼を言いつつ、お盆を受け取る。
ロボットに対して丁寧な対応をする彼を見て、俺は好意的に感じた。
「……いただきます」
俺はお決まりの言葉をつぶやくと、備え付けられていた箸を手に取り冷麺をすすり始めた。
そして感じる味。俺が前に食べた冷麺と同じだ……。
俺は昔食べた冷麺の味を思い出し、箸を早める。
それは、昔と変わらず非常においしかった。
醤油ベースのスープにキムチ由来の辛みがアクセントとなり、それが麺に絡んで素晴らしい味を作り出していた。
麺をすすっている途中、俺は安西から声をかけられる。
「小林の記憶がある頃と味は変わらないか?」
俺はそれを聞き、安西に対して頷き返す。
安西に聞かれた後、俺の脳裏には昔冷麺を食べた情景がよぎり、少し寂しくなってしまった。
その後、俺たちはお店を出る。
そして、大通りをイタで進み、大きなホールの前へ到着した。