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2045年問題   作者: 村田こうへい
第一章 転移編
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第一話:「本」

 俺の名は「小林昭人(あきと)」。

ただいま絶賛大学受験浪人中だ。

なぜ浪人しているのか、語りだせばきりがないが……。

端的に言えば、『勉強そっちのけで小説を書きすぎたから』だろう。


 俺は昔から本を読むのが好きだった。

一番好きな内容は、現代科学と空想科学を織り交ぜた物語、いわゆる『SF小説』だった。

学校の図書館や、自宅の書庫にある本を自室に帰って読みあさっていた。

 その後中学生の時に、「こんな本を自分で書いてみたい!」と思うようになった。

 学校の国語の先生に添削をもらいながら何十本もSF系の小説を書き、高校2年の時に「山田賞」に出品したら見事「佳作」をゲット。

有頂天になった俺は、勉強そっちのけで小説を書き続けた。


 ……書き続けたが。


 見事にそれ以上の成果は出ず、結果「浪人」。

『人生はそんな簡単には思い通りにはならない』と俺はその時痛感した。

まあ、社会の厳しさを知るいい機会だったと今になって思う。


 こんな「クソ野郎」な俺でも、大事な人が一人いる。

横井有海(よこいあみ)」、一応俺の彼女だ。

彼女は高校時代に知り合った。同じ「ロボット部」に所属していた。


 なお、俺は小説が書きたいので無論「文学部」と兼部。

「ロボット部」には週1程度顔を出し、SF小説の知識を活用してロボットの挙動や外観等に意見を出すような立場だった。

そこで彼女と出会った。


 有海は「理系女子」いわゆる「リケジョ」だ。

特にプログラムに強かった。

ロボット部にいた際も「将来はプログラマになって、世界があっと驚くようなシステムを作り上げて見せる!!」と、意気込んでいた。

すごいやつだった。

 そんな有海は既に就職している。

「AI」を開発する会社である。有海らしい進路だと思う。



「くそ……」



 俺は薄暗い自室の中で机に向かい、大学入試の勉強をしながら今までの経緯(いきさつ)を思い返していると、出来の悪い自分と彼女とのギャップにより自分を責め始めてしまった。

 このような気持ちになってしまった時は、自分の好きなことをして気を紛らわせたほうが精神的にも良い。


「よし、SF本を読んで心を落ち着かせよう……」


 俺は心の奥底で「全く進歩していないな俺……」とも思いながら、自宅の書庫へ足を運んだ。





 俺は書庫のドアを開く。

部屋の中には一面の本棚が鎮座し、古本や比較的新しい本がところせましと並べられていた。

9月中旬だということもあり、書庫は夏のように熱気が籠められてはいなく、比較的過ごしやすい温度だった。

古本の匂いが俺の鼻腔をくすぐり、俺の気持ちを落ち着かせる。


 この書庫は父管理の書庫だ。

俺の家系は祖父が小説家であり、父もそれにつられてか本を読むのが好きだった。

 その結果、2人が集めた本によりこの書庫が保有している本は非常に多い!

俺も小学生からこの書庫の本を読み漁っているが、まだ5割程度しか読破できていない。

それほど多い。


「さて、本日の本はっと……」


 俺はSF関係の本が集められている本棚の前に向かうと、鎮座する背表紙に目移りしながら、意気揚々とこれから読む本を吟味する。

 そして、俺はある一つの本に興味を持つ。


「……これ面白そうだな」


 俺は1冊を手に取り、その場でパラパラと本を開き、冒頭を読み始める。

とても古びた本だったが、冒頭の文章が心に焼き付いたため、俺は自室に持ち込んだ。


 そして俺はその分厚い本を夜通し読破してしまった。


 内容はロボットを用いた戦争物だった。

人類に対するロボットの感情が繊細に描かれていて、読み進めるたびに心が突き動かされる。

人間に服従・罵倒され、やるせないロボットの心情と、一度屈しながらもその後人間に対抗しようとするロボットの心情が非常におもしろい!


 そして俺は思った。


「ロボット好きな有海にも是非紹介してやろう」と。





 その日の夜、俺は地元仙台の最寄りの駅前で有海と待ち合わせをした。

俗にいうデートだ。

俺は彼女と一緒にご飯でも食べ、その後にあの本を貸せたらと思っていた。


「あきとおまたせ~! ごめん残業でちょっと遅くなっちゃった」


 彼女は10分遅れ程度での登場だった。無論、遅れる旨の連絡は事前にもらっていた。

 リクルートスーツ姿での登場だった。

普段通りの黒縁眼鏡にリクルートスーツ姿というフレッシュな姿から、少し背伸びした後輩のような印象を受け非常に可愛らしい。


「しょうがないよ。社会人忙しいもんな。じゃ、いこうか?」


 俺ははにかみながらそう言うと、有海の手を握り目的地を目指し始めた。

行先は近所のファミレスだ。

もっと良いところに彼女を連れて行ってあげたかったが、俺は資金不足だった。

しょうがない。浪人生にはお金がないのだ。


 ファミレスに到着すると、俺は店員に2名だということと、禁煙席希望の旨を伝えた。

暫くたち、俺達は4人席に促される。店内はあまり混んでいないのか、閑散としていた。


「なんかいつもより空いてるよね〜。どうしたんだろ?」


 訝しげな表情になった有海が俺に問いかける。


「ね。今日何か近くでイベントあったっけ?」


「さあね〜? 私は知らないなぁ」


 そんなとりとめのないことを話しつつ俺達は席に座る。

そして、メニュー表を二人の前に広げ、頼む物を選ぶ。

その際、俺は劣等感からこんなことを彼女へ口走ってしまった。


「すまんな、こんなところばかりで。小説家になって印税が入ったらもっと良いところ連れて行ってやるからな」


『やべ……。こんなことを言ったら逆にかっこ悪いか……』


 俺は今の発言を思い返し、後悔をする。

顔も若干引きつっている気がした。

しかし彼女は微笑ましい物を見るような顔で、俺を見据えてこう答えた。


「うん、期待してる。三ツ星レストランとか行きたいな」


「お、おう。任せろ」


 俺が若干挙動不審になりながらもそう返事をした後、俺を見つめる彼女の目がきらきらし始めた。

こんな彼女を見やりながら、俺は思った。


『なんて微笑ましいカップルなんだろうか……』


 俺は感動し、感慨にふける。

しかし、暫くして俺は有海の視線が一転じとっとした物へ変わっていることに気がついた。

何か言いたげな表情の有海は、俺を見据え、語りかける。


「ところでさ。もっと良いところ連れて行ってくれるならさ。キミの勉強はちゃんと進んでるんだよね?」


 ……は?


 俺は、有海の発言を聞き、体が固まる。

かなり痛い指摘がきてしまった。


「え? う、うん。ススンデルヨ」


 表情筋を引きつらせながら俺は答えた。


「なんでそこ棒読みなのかなー?」


「キノセイダヨ……」





 やっぱり有海は有海だった。

見透かされている……。







 その後俺達は店員へ注文をした。

頼んだものは、ドリンクバー2つと二人の夕食だ。有海はオムライス、俺はカツ丼を頼んだ。


「有海って、本当オムライス好きだよね。いつも頼んでる」


 俺は有海の注文を聞き、可愛いなと思いつつ彼女へ話しかける。


「うん! あの半熟卵にケチャップが混ざったのが美味しいんだよね!」


 大好きな物の話になったせいか、テンションが上がった有海が答える。


「それならオムレツ単品とかでもいいよね」


「そうだね~。でもそれだとおかずだけになっちゃう。エネルギーが足りないよ〜! 昭人なら足りるかもしれないけど」


「俺がオムレツだけの食事なんてしたら干からびて死んじゃうよ」


「大丈夫! そんな簡単には死なないから、明日やってみよー!」


「いや、遠慮しておきマス……」





 そんなたわいもない話をしつつ時は過ぎる。

話は弾み、話題は有海の仕事の話に移った。


「私まだ入社して半年だけど、AIの開発業務のメンバーに選ばれたんだ! きちんと手順を踏んで意見を言えば若手の意見も取り入れてくれるから、私の考えたアルゴリズムがAI開発の礎になったりするかも! わくわくするよね!!」


 満面の笑みの有海は、畳み掛けるように俺に報告する。

その雰囲気がとても可愛らしかった。抱き寄せたいぐらいに。


 しかし、俺はそんな衝動を理性で全てかき消した。


「さすがじゃないか。さすが(俺の)有海だ」


「えへへ、ありがと~」


 ()内は心の中で思っただけだった。そう、声には出していない。

俺にはまだ声に出す資格はないのだ。





 彼女はお礼を言った後、一転まじめな表情になる。

俺もその雰囲気の違いを感じ取り、背筋を正した。


「ところで、2045年問題ってあるでしょ?」


 俺はそれを聞き、焦りが心の中で渦巻く。

授業で聞いたような気もするが……。なんだっけ。


「えっと……なんだっけ?」


 工業高校に通っていたのに我ながら知らないとは情けない……。

そう思いながら俺は回答すると、有海の表情が一転訝しくなる。


「ちょっと~! 授業で習ったでしょ? AIの知識が人間を超えちゃう境界線がある年だよ!!」


それを聞き、俺も思い出す。確か3ヶ月ぐらい前の授業で習ったはずだった。


「ああ、やったな……。えっと……。最悪人間がAIに支配されちゃうんだっけか?」


 俺は記憶を掘り起こしながら、ぽつぽつと彼女へ答える。

すると、一転笑顔に戻った有海が話を続けた。


「そうそう!!! AI開発をする身としては無視できない問題なんだよね。でさ、AIが人間に悪さをできないように、根本のアルゴリズムに1つ細工しようと思っていてね……」


 有海は言い切ると、俺の前に顔を近づける。


「『I am your fellow』『私はあなたの同胞です』これをAIに伝えれば人間に危害を加えないようにAIの処理を変化させられるようにするの。AIの本能に信じ込ませるってイメージ?」


 どうどう? といった表情で有海が俺に語りかける。

俺は顔が近い有海に若干ときめきつつも、疑念が心の中で渦巻き始めた。


「有海、その内容ここでいっていいやつなのかい? 社外秘とかじゃなくて……?」


 俺は感じた疑念をそのまま彼女へぶつけてみる。

すると、彼女はあっけらかんとした表情で答える。


「まだ私の中のアイデアの状態だから問題ないの! 細かいこと気にしてたらモテないよ?」


「そ、そうかい」


 やけに自信満々な彼女を見て俺は納得する。


 なるほど、その潔い割り切り方。さすが有海だな。と。





 さてファミレスデートも有海の明日の出社が早いため、お開きにすることにした。

会計はもちろん割り勘にした。

俺は勉強の合間でバイトもしている。

なので、ファミレス代ぐらいは払うことはできた。


「ごめんな、できれば男の俺が多めに払うべきなんだろうけど……」


 会計の時、若干気落ちした俺は彼女へ向けてブツブツとつぶやく。

すると、ニコニコ顔の有海はさも当然のように答えてくれた。


「いいよいいよきっちり折半で! そもそも傾斜会計っておかしいでしょ!」


俺は、支払いの時も平等に接してくれる有海の姿を見て感心した。

 よくできた彼女だな。と。









 ファミレスを出て、有海と一緒に家路につく。

ファミレスから最寄り駅までは駅前通りを歩くだけだ。

人通りもそこそこあり、照明により明るい。


 有海とは最寄り駅まで同じ帰路だ。

俺は自然に彼女と手を繋ぐと、肩を並べて駅前通りを歩いた。



 そして最寄り駅前の猫型の銅像に到着した際、俺は本の件をふと思い出した。

俺は気分が良くなると、ほくほく顔で有海へと話しかける。


「あ、そうだ。これを渡したいと思っていたんだ」


 俺は鞄から本を取り出すと、有海へと差し出した。


「……え、なにこの本! ちょっと~。勉強せずにまた読んでたんでしょ~!」


 有海が俺に顔を近づけ、詰め寄る。相変わらずお見通しのようだった。

俺は「もう少し本に興味を持ってほしいんだけどな……」と思いつつ、言葉を返す。


「小説家の勉強も必要ナノダヨ……。細かいこと気にしてるとモテないぞ!」


 すると、彼女は表情を微塵も変えず、そんなことを口走った。


「いいよ別にモテなくたって!!! あきとさえいれば!」


 くっ……! こいつ天然でこんなこと言いやがって!

くそ、またこの衝動が……。


「……抱きしめてもいいですか?」


 自然と口から言葉が溢れ出てしまった。

言ってしまった後、俺は心に言い聞かせる。


さっきはファミレスの中だから自重したけど、今度は道端だからいいよね。と。


 そして彼女はというと、俺の発言を聞き、一転顔を赤らめ口を開く。



「……いいよ。その本受け取ってからね」



 それを聞き、俺は眉を顰める。

なんだい、そこ本優先なんですか。有海さん。








 道行く人が行きかう猫の銅像の前で、俺はお預けをくらって若干機嫌が悪いながらも彼女へぶつぶつと説明する。


「この本ロボット戦闘物なんだけど、ロボットの感情表現がうまく表現されていて感動するよ」


 それを聞き、目をキラキラとさせた有海が答える。


「お~! あきとがそこまで言うならすごいんだね! 是非是非貸してほしい!!!」


 俺は、彼女の反応を見て気分がほぐれる。

まったくこいつは天真爛漫だよな……。

まあそこも可愛いんだけどさ。


「はいどうぞ。ちゃんと読めよ?」


 俺は有海へ向けて、本を差し出す。


「やった!」




 喜びを隠そうともしない有海は、俺の手から本を受け取ろうとする……。






 俺は有海にその本を手渡した。いや、手渡そうとした。

手渡す一瞬、俺は瞬きをしたんだと思う。

渡そうとしたその一瞬、瞬きの刹那で、















 俺の視界は黄緑色一色になった。

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