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49 ふくらまない

さて、鍛冶屋である。


店の前まで行くと、ガラントの弟子のケントが

掃除をしていた。


「おはよう。ケントさん、親方はいますか?」

リョウが声をかける。


「おはようございます。親方~!、リョウさんです」

「おう入れ」

店の中からガラントの声がした。


入ると、ガラントが蒸留器の横の椅子に座っていた。


「おう!!」

リョウが思わず声をあげるほど、蒸留器は見事な出来だった。


直径25cm高さ40cmほどの円筒形の本体に

じょうごを逆さにしたような円錐形のふたがついていた。

すべて銅でできているため、まさに銅色あかがねいろに輝いていた。


最初は、ウイスキーの蒸留器である『ポットスチル』を参考に

鏡餅のようなシルエットを考えていたのだが、手入れのしやすさや

扱いやすさを考えてこの形になったのだ。


「どうだ?!」

ガラントが自慢気に言う。


「見ただけでわかります。すばらしい出来ですね」


「そうだろそうだろ」

ガラント、ご機嫌である。


「美味い酒が飲めると思ったら、思いのほか気合が

入ってしまったわい。がっはっは・・・」


「でも、これ、この前渡した代金で大丈夫ですか?!

追加なら払いますが」

この出来のよさは、渡した代金では安すぎる。


「いらんいらん、少なくとも損はしとらんよ。

試作したやつをくれるなら、それで十分だ」

ガラントは、本当に蒸留酒が待ち遠しいらしい。


リョウは、蒸留器と付属品2セットを収納バッグに入れて

鍛冶屋を後にした。




そして、現在、リョウとレイナは、昼食をとりながら

今日の予定を確認していた。


「あとは、屋敷に戻って、お茶の時間に合わせて

お菓子作りですね」

リョウがレイナに言う。


「そのお菓子は作るのが難しいのですか?!」


「いえ、材料さえあれば子供でも作れますよ。

小麦粉、卵、牛乳、ベーキング・・・・あれ?!」

ホットケーキの材料をあげていたリョウの態度がおかしくなる。


「どうなさいました?」

レイナが心配そうに尋ねる。


「えっと・・・、うちの国ではベーキングパウダーとか

ふくらし粉とか重曹とか呼んでるんですが、小麦粉と水と

混ぜて、焼いたら泡がでてふくらむような粉ってありますか?」


「いえ、聞いたことがないですが・・・」


ガックリくるリョウ。


料理をする人ならと、店の料理人に聞いてみるが

やはり知らなかった。


(えっと、炭酸水素ナトリウムだから、貝殻を焼いて・・・

いや、あれはカルシウムだ。食塩水を電気分解して水酸化

ナトリウムにして、イオン化傾向がナトリウムのほうが

大きいから・・・)


リョウの頭の中はフル回転しすぎて、わけのわからない

思考になっていた。


化学技術者でもないリョウでは、化学式がわかっていても

実際どうやったらいいのか、わかるわけがない。


そのとき、食べていたランチのパンが目に入った。


(パンにメープルシロップをはさむ?!

いや、おいしいのは間違いないが、貴族のお茶の時間に

だすようなものじゃないし、お菓子とも言えない。)


アイディアが出そうで出ない。


(おしゃれにするために、小さく切る?!棒状にしてシュニッツェル?!

いや、それはトンカツの薄っぺらいやつだ。棒状はプレッツェルだ)


脳内でボケツッコミまでやっていた。


(ん?!トンカツ・・・揚げる)


ひらめいたようである。


「レイナさん、油で揚げたお菓子とか知ってます?」

レイナに確かめる。


「え?!『揚げる』って何ですか?」

どうやら、揚げるという調理法そのものがないようだ。


何とかなりそうだと、胸を撫でおろすリョウだった。

調べたら、ベーキングパウダーは19世紀の発明でした。


そりゃ、中世にはないわ_l ̄l○

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