46 ウヰスキー
「それで、特産品とか言ってたが、何をするつもりだ?」
おっさんが、リョウに聞く。
彼の名前はグレン。この醸造所の責任者、日本風に
言うなら、雇われ社長ということだ。
「私は、他国の出身でして、縁あって領主様と知り合ったのですが
この領では、砂糖が高価だと聞きました」
「ああ、確かに高いな」
「それで、代わりの甘味料をと考えたわけです。
ここまで言えば、もうお分かりではないでしょうか?!」
グレンは少し考えて言った。
「ああ、なるほど、確かに甘い麦汁ができるな」
「麦汁では、効率が悪いので、他の材料を
使うつもりですが、そのためにモルトを分けてほしいと
いうことです」
酒を造る醸造とは、糖を酵母菌に食べさせて、アルコールと
二酸化炭素に変化させることである。(このとき発生した
二酸化炭素がスパークリングワインやビールの泡となる)
ワインの原料であるぶどうの果実は糖を多く含み、皮には
天然酵母がついている。よって、実をつぶして密封して
適当な環境におけばワインができる。
しかし、米や麦なのどの穀物の主成分であるデンプンは
酵母菌が食べることが出来ない。よって、醸造の前段階として
デンプンを分解して糖に変化させる『糖化』が必要となる。
麦芽つまりモルトには、デンプンを糖に変化させる酵素が
含まれており、これを使って作られた糖が麦芽糖といわれる
水飴の主成分である。
つまりリョウは麦芽糖を作ろうとしているのだ。
「話はそれだけか?」
グレンが聞く。
「まさか。ここまでは、前フリみたいなものです」
「ほう」
「出来がわるかったり、売れ残ったエールやラガーを
買い取ろうかと思っています」
「あ~~?!悪事の片棒を担げと言うのか!!」
機嫌が悪くなるグレン。
どうやら、詐欺などに使われると思ったようだ。
「いえいえ、領主様の依頼でそんなことしませんよ」
リョウは少しためてから言った。
「私達は、ドワーフ酒を造るつもりです」
「何!!!!」
リョウはワインからブランデーを造ろうとしていたが
ビールからならウイスキーができる。
「詳しくは、後ほど形ができてからになりますが
どうするか考えておいてください。
ホップを使わないエールやラガーなどという特殊な
お願いをするかもしれません」
ホップはビールに苦味を与え保存性を高めたりする植物だが
ウイスキーには必要ない。
「わかった、そのときがきたら話しに来てくれ」
グレンは少し考えて、そう答えた。
その後、出来がイマイチだったエールを20Lの樽で
2つ買って、明日までに領主館に届けてもらうことにした。
収納バッグに入れてもよかったのだが、辺境伯の関係者だと
確認させておいたほうがいいと思ったのだ。
モルトはたいした量ではなかったので、タダでくれた。
領主館に戻ってきたリョウは、さっそく調理室で
樹液を煮詰めはじめた。
と言っても、特に作り方のコツを知っているわけではないので
目の細かい布で濾した後に、大きな鍋(日本でズンドウとか
呼ばれているものに似ていた)に入れ、沸騰した後は、
焦げ付かないように、中火でかき混ぜた。
レイナと交代でかき混ぜること1時間あまり、とろっとしてきた
ところでやめて、熱いうちに広口の瓶に移して冷ます。
レイナとスプーン一杯ずつ試食をする。確かにメープル
シロップである。
品質としては、どうなのかわからないが十分においしかった。
これなら、ホットケーキにかけてもおいしいだろう。
レイナは、もっと欲しいような顔をしていた。
「レイナさん、鍋を洗っておいてください」
そう言って、リョウは収納バッグにシロップの瓶を入れ。
与えられた部屋に戻る。
レイナは、ちょっと嬉しそうだった。
たぶん、洗う前に鍋をなめるだろう。
リョウは、鍋に頭をつっこんでなめるレイナを想像して、
微笑みながら部屋に入った。




