35 酔拳
リョウはリサイタル(笑)後、緑茶の知識を提供した見返りの
契約をエリックと結んだ。
緑茶による純利益の1%を2年間にわたり受けるということと、
この国にいる間、春・夏・秋のそれぞれの収穫期に緑茶を
1kgもらえるという内容であった。
なお、これは、次回の収穫期の夏からである。
リョウは代わりに今後とも緑茶の生産に協力することになった。
「明日は、ギルドで報告を聞いて処理したら、茶畑に行くぞ!」
エリックさん、やる気満々である。
「じゃ、私もご一緒しましょう」
リョウが手伝いを申し出る。
「お、ありがたいが、ここでの用事はいいのかね?」
「目処はついたので、あとは作業小屋ができてからですし」
シュタイナーのほうを見ると、ゆっくりとうなづいて言う。
「そこまで急ぐものではないので、リョウのやりやすいように
やってくれてかまわんよ。緊急の場合は手を貸してもらうが」
「じゃ、明日はリョウを借りるよ。リョウ、よろしく頼む」
「はい、エリックさん」
この日のサロンでの話は、これで終った。
そして、ここはシュタイナーの執務室。
「少なくとも、リョウがこの大陸の人間ではないことは
ほぼ確定だな」
「ええ、あんなにいろんな歌、しかも完成度の高いものなんて
聞いたことがありませんもの」
シュタイナーにアンジェリカが答える。
「オーガの件だけでも十分だったが、今日1日のことでも
さらに彼の有用性が増したな」
「エリックさんにも気に入られたみたいだし、もう
手放せないわね」
「ああ、他の土地に行かれないようにしないとな」
「あ、そうそう、彼、米を欲しがってたそうよ」
「ゴジールでよく食べられてるやつか?!」
「米を目的に、ゴジールに行かれないように
手に入れておいたほうがいいと思うわ」
「ふむ、ではとりあえず、出入りの商人に10kgほど
仕入れさせるか」
「それがいいわね」
その後もリョウ引止め計画を話し合う2人であった。
翌朝
朝の鍛錬に、見物人が集まっていた。
準備運動を終え、ワインの瓶を持ち酔っ払っているふりをして
地面に座り込んでいるリョウ。
服装は、わざと薄汚れたものにしてある。
そこに、若い兵士が3人、呼ばれてきた。
「司令官、何事でありますか?」
兵士の1人が聞く。
「ああ、そいつはうちの使用人なんだが、ワインの保管庫に
忍び込んで、酔っ払っているのが今朝見つかってな。
ちょっとおしおきに、営巣に1日ぶちこんでおいてくれ」
シュタイナー、なかなか演技が上手い。
「「「了解しました」」」
3人が敬礼して、リョウに近づく。
「抵抗するかもしれんが、剣は使わないでくれ。
殴る・蹴るはかまわん」
「こんな奴、剣なんて必要ないですよ」
シュタイナーに答えた兵士の1人が地面に座りこんでいる
リョウの腕をとろうとしたが、くるんと転がって逃げられた。
掴みそこなってイラっとした兵士は、寝転がったリョウを蹴る。
また転がってそれをかわしたリョウは、その兵士の軸足の
膝のうらを足のすねで蹴り、その勢いと反動で立ち上がる。
軸足を蹴られた兵士は、ぺたんと尻もちをついた。
一瞬、唖然とした顔をしたが、それはすぐに怒りに変わった。
立ち上がって、パンチを繰り出す。
しかし、ふらふらと千鳥足のリョウになぜかパンチが
当たらない。
逆にパンチを避けて、よろけたリョウから体当たりをもらう
格好になり、それを腹に受けてまた尻もちをつく。
「あ~~、なんだ~~、お前たちは~~~」
ふらふらと酔っ払った演技を続けるリョウ。
他の2人もリョウに攻撃するが、千鳥足のリョウに
まるで当たらず、ちょんと押されてバランスを崩したり、
ころんと寝っころがったリョウに躓いたりして、こけてしまう。
「うぃ~~~」「ひゃは」「ひっく」「あひょ」
など変な声を上げ、ふらふらしながら動き回るリョウ。
3人が何度も捕まえようとしたり、蹴ったり殴ったり
しようとしても、するりとかわされ、逆に足払いや
体当たりをくらって、尻もちをついてしまう。
兵士たちは、さすがにこの状況をおかしいと感じ、周りを見ると
見ている者たち全員が笑いをこらえている。
そして、どういうことなのかとシュタイナーのほうを見て目が合った。
「わっはっはっは・・・!!! よし、そこまでだ!」
大笑いしながら、シュタイナーが終了を宣言する。
その瞬間、観客たちも、どっと笑いはじめ拍手をする。
「リョウ、すご~~く、面白かった」
フェルナンデスがリョウに抱きついてくる。
「いや、すまんかったな。彼が珍しい格闘技を
見せてくれるというので、相手をしてもらったのだよ。
まあ、相手が酔っ払っているように見えても油断しては
ならないということだな」
笑いながらのシュタイナーの説明に納得がいかない3人の兵士だった。




