267 イカ
「あ、裏口から出ましょうか」
リョウが言う。
「どうしたのじゃ?」
「表にクライスがいるのよ」
サーチにクライスの反応があった。
「またからまれると面倒でしょ」
「お主に詫びや治療の礼を言うつもりかもしれんぞ?!」
「はっきり言って、どうでもいいのよ」
「やれやれ、あやつも嫌われたもんじゃのう・・・」
クライスへの嫌悪をあらわにするリョウとあきれるブレンダ。
2人は、店の者に案内してもらって裏口から出た。
ここでクライスが待ち構えていたら面白いのだが、残念ながら
そんなことはなかった。
「さて、これからどうしましょうか?」
充分に店から離れたところでリョウがブレンダに聞く。
「どうするとは?」
小首をかしげるブレンダ。
「選択肢は3つ!
ひとつ、演劇場で芸能を楽しむ
ふたつ、市場で料理やお菓子の材料を買う
みっつ、その他
さあ!ど~~~~れだ?」
右手の指を1本、2本、3本と順に立てながらリョウが言う。
「市場じゃ!!」
即答するブレンダ。
「まだこの国で作っていないニホンの料理やお菓子があるので
あろう?!今日の晩御飯に作るのじゃ」
「はい。じゃ、買い物に行きましょう」
そう言ったリョウは、またブレンダと腕を組んで、歩いて
いくのだった。
市場に着いた2人。
「こんにちは~、また珍しい物、入ってませんか~?!」
リョウは最初に行くことを決めていた店に入って声をかける。
「らっしゃい。おお、あんたか!」
店主らしい初老の男が出てきた。
「ここは、乾物屋か・・・」
ブレンダがぽつりと言う。
店の中には、冒険者の旅のお供である干し肉や燻製肉などが
吊るしてあった。
「ああ、もとはそうだったんだが、それだけじゃやっていけねぇので
目についた物や安く仕入れられた物なんかも置いてあるぜ。
この前は、この兄ちゃんにタコを買ってもらったしな・・・って、
兄ちゃん、今日は奥さんと一緒かい?!」
ブレンダの言ったことを受けて説明する店主。
「まあ、そんなところです。で、今日は何かありますか?」
面倒なので、店主の言った『奥さんと一緒』というところを
軽く流すリョウ。
が、ブレンダはちょっと顔を赤くして、抱えていたリョウの腕に
さらに力をこめる。
「おお、いいねぇ!若いもんは。今日は、さすがにタコはないが
似たようなもんがあるぜ」
そう言って店主が指さした方向にあったものは・・・。
「スルメじゃないですか!」
嬉しそうにリョウが言う。
スルメが5つずつ束になって吊るしてあった。
「スルメ?!イカじゃないのか?」
戸惑ったような顔できく店主。
「あ、すいません。イカの干物のことを私の国ではスルメと言うんです」
「お~、そうなのかい。あんたの国では普通に食べられてるのかい?!」
「はい、わざわざ別の呼び名があるぐらいですから」
物の状態によって、別の名前がある物は、その民族に関りが深いと
いうことが言える。
例えば、日本人にとってなくてはならない『米』だが、植物そのものを
表す言葉は『稲』である。
それを刈り取り脱穀すると『稲わら』と『籾』に分かれる。
『籾』を籾すりすれば『籾がら』と『玄米』に分かれる。
『玄米』を精米すれば、『ぬか』と『白米』に分かれる。
そして、『白米』を炊けば『ごはん』になるのだ。
しかし、英語では『稲』も『籾』も『玄米』も『白米』も『ごはん』も
すべて『rice』である。
逆に英語圏になじみの深い『肉』については逆になる。
普通なら『干し〇〇』と言えばすむことを、わざわざ『スルメ』という
別の言葉で呼ぶということは、日本人にとって関係が深いということが
言えるのである。
閑話休題
「リョウ!それを食べるのか?!」
ブレンダ、抱えていたリョウの腕を離して、少し離れたところから聞く。
イカは知っていたようだが、食べる習慣はないようだ。
「無理に食べろとは言いませんよ。気が向いたらで」
そう言いながら、ホクホク顔でスルメを買うリョウであった。




