251 術後経過観察
(くそう!まるっきり隙がない!!)
リリエンタール公爵家の陰の護衛の1人が心の中でつぶやく。
木の陰に潜んでいる彼の10mほど先では、リリエンタール公爵家
長子アレンと闇巫女アレッタが庭で鬼ごっこをしていた。
護衛のつぶやきは、その様子を見ている神使タイガに対してのものだ。
昨日、陰の護衛の仲間が恥をかかされたため、何かあれば一矢報いようと
思っていたのだが、下手に手を出せば返り討ちに会うイメージしか
わかなかった。
「ほれほれっ、鬼さんこっちらっ!じゃ」
「今度こそっ・・・!えいっ!!」
「おっと」
アレンがアレッタに飛び掛かったが、あっさりと避けられた。
勢い余って転びそうになったアレンだが、なんとか踏ん張って
体勢を立て直し、またアレッタを追いかける。
タイガの横には公爵夫人ヴァレリが、近くにはお付きの者たちがいて
その様子を微笑ましくも感動とともに見ている。
「本当に、昨日の今日で、こんなに運動が出来るようになるなんて・・・」
ヴァレリ夫人、涙ぐんでいる。
今日、リョウはブレンダのご褒美を買いにドミニク商会に行く予定
であったが、その前に神使タイガと闇巫女アレッタとして、
リリエンタール公爵邸に来ていた。
アレンの術後経過の観察のためである。
リョウは数日間アレンの様子を見て、問題がなければマーティアからの
依頼を完了とすることにした。
治療は間違いなくうまくいったはずだが、何かまちがいがあったりして
そのせいでポックリ・・・、なんて願い下げだ。
ポックリは、下駄とお馬の親子で十分である。
マーティアからの依頼の報酬の残りを貰うのは、アレンの術後経過観察が
終わったときに、ということにした。
現在、アレンの体内サーチをして何も問題がなかったので軽い運動を
してもらおうとしたところ、なぜかアレッタとの鬼ごっこが始まっていた。
そして、もういいと判断したタイガは右手を挙げてアレッタに合図を出す。
それを見たアレッタは軽くうなずく。
「捕まえたっ!!」
「ありゃ~、捕まえられてしまった~」
アレンの嬉しそうな声とやや棒読みのアレッタの声が響く。
そしてアレッタは、アレンをひょいっと抱え、タイガたちのほうに来る。
(アレン様、お身体を診せていただきます)
タイガは骨伝導でそう言って、まず心臓を体内サーチする。
当然鼓動は早くなっているが、異常は感じられない。
続いて、その他の部分もサーチしたが問題ないようだ。
「今日のところは、問題ないそうじゃ」
骨伝導ではその場の全員に伝えられないので、アレッタから
伝えてもらうようにした。
「大丈夫だとは思うが、念のためあと何回か様子を見に来させて
いただきたい、とのことじゃ」
「願ってもないことです。よろしくお願いします」
ヴァレリ夫人が頭を下げる。
「ねえ、巫女様もまた一緒に来るの?」
アレンがアレッタに抱きつきながら聞く。
「おお、わしは神使殿の助手みたいなものじゃからな。
また来るぞ」
アレッタもアレンの頭を撫でながら言う。
そう聞いて、嬉しそうなアレン。
どうやら、アレッタを好きになったようだ。
「見送りはいらんぞ。では、失礼する」
庭から直接馬車止めまで行く方が家の中を通るより近いので
ここで退出することを告げるアレッタ。
タイガは、挨拶代わりに魔力を上に向かって放出する。
可視化された魔力は上空で広がり聖属性の光を乱反射させながら
皆のまわりに落ちてきた。
「わあ~!」
驚きの声を上げるアレン。
他の者たちも自分の周りに落ちてきた光に驚いていた。
手を出して受け止めようとした者もいたが、光は体に触れると
吸い込まれるように消えていった。
マーティアが救済の旅の後半で、別れのときにやっていた演出の
真似である。
そして、ヴァレリ夫人やお付きの者たち、さらに陰の護衛が気が付いた
ときには、タイガとアレッタの姿は消えていたのであった。




