170 カイラとガスパール
市場で買い物をして帰ったカイラは料理をしていた。
傷跡が治ったお祝いのごちそうを作っているのだ。
自分をかばったせいだと気にしている弟が、治ったことを知ったら
どんな顔をするだろう?!
カイラが、そんなことを考えながら出来た料理をテーブルに並べていると
出入り口のドアが開く音がした。
「おかえりなさい。今日はごちそうよ」
カイラは、部屋に入ってきた弟に声をかける。
カイラの弟は、冒険者ギルドでリョウにからんできた狼獣人だった。
名前はガスパール。
「ただいま。わ!すごいじゃねえか。何かあった・・・の・・・」
彼は、テーブルの上の食べ物を見た後、姉を見て言葉が続かなくなった。
「どう?姉さん、きれい?!」
口裂け女みたいなことを言うカイラ。
家に帰った後、鏡を見るのをなかなかやめられず、何度も確認して
しまったのは内緒だ。
「ああ・・・きれいだ・・・きれいだよ!姉貴!」
カイラは冗談のつもりで『きれい』と言ったのだが、ガスパールは
心の底からきれいだと思った。
「聖女様が異国からお呼びした神使様が治してくださったのよ」
「しんし・・・さま?!」
「料理がさめちゃうわ。話は食べながらね」
カイラは、そう言って、鍋からスープを注ぐために竈の前に行く。
その後姿を、その両方揃った耳をじっと見つめていたガスパールだが、
次第にあふれてきた涙で見えなくなってしまっていた。
食事をしながらカイラの話を聞くガスパール。
聖女様は、教えを乞うために神使様をこの大陸よりも文明の進んだ国から
招聘なさった。
そのすばらしい知識と技術に感動した聖女様は、自分が教えを
乞うだけではなく恵まれない人々に救いの手をということで
今回の救済の旅を計画なさったということだ。
(注:コリーヌがカイラやフィンたちに説明した設定です。大まかな
部分は合ってます)
「神使様も立派な方だったけど、聖女様もきっと慈悲深いすばらしい
お方なんでしょうね」
というカイラの言葉に。
「あ!」
数時間前の自分の行動を思い出すガスパール。
聖女様のお心も知らずに、同行の冒険者に八つ当たりともいうべき行動を
取ってしまった。さっきまでは、どうやってデコピンの仕返しをと
思っていたが、今はそんなものはふっとんでしまっていた。
かと言って、今さらわざわざ詫びを言うのも・・・だいたい、一方的に
やられたので向こうに被害はないし・・・。
とりあえず、このことを喜んで、聖女様と神使様に心の中で感謝する
ことにしようと決めて、食事の続きをする。
「ああ、うまい!本当にうまいよ!」
料理上手だし、傷が治った顔は弟の欲目抜きで美人だ。
いい結婚相手が見つかれば・・・と思いながらも、大事な姉を
渡してなるものか、とも思う。
それにしても、姉からあのデコピン野郎の匂い、しかもまるで
抱きついたような強い匂いがするのはなぜなんだろう?!
と思うガスパールであった。




