150 聖女マーティア
襲撃現場にマーティアたちの乗った馬車が近づいてきた。
「聖女様のお出ましだ!礼を持ってお出迎えするように!!」
護衛隊長が告げる。
駅馬車の乗客はもちろん、盗賊たちも地面に膝をつく。
ガラガラガラ・・・
彼らの前に教会と聖女の紋をつけた馬車が停まり、扉が開く。
最初に出てきたグレイシアが、聖女の手を取り、降りる補助をする。
「非常時ですので、礼は不要です」
全員に向かって、そう言ったマーティアは護衛隊長の所に行く。
「怪我人の報告を!」
「はっ!馬車の護衛と乗客の怪我人が3人、盗賊が2人です」
並べて寝かせている怪我人のところにマーティアを案内しながら言う
護衛隊長。
5人の怪我人の前に来たマーティア。
腹を刺された男の手を女性と男の子が握っていた。
男の妻子であろうか。
神殿騎士にうながされ、2人は少し離れたところに移動する。
マーティアは目を軽く閉じ、両手を胸の前に上げて、精神を集中させる。
「ふぅーーー・・・すぅーーー・・・」
軽く息を吐き、そして吸う。
「ヒール!!!」
掛け声とともに両手を伸ばす。
その両手から淡い光が放たれ、怪我人たちを包んでいく。
そして、怪我人たちは半球形のドーム状の光で覆われる。
そんな強力な回復魔法を見たことがない駅馬車の乗客や盗賊たちが
目を見張る中、光は弱まる・・・こともなくさらに大きくなっていく。
「「「「「 え?! 」」」」」
『さすがは聖女様』という感じで見ていた神殿騎士や神官・シスターたちの
表情が誇らしさから驚きに変わっていく。
光は直径10mほどになり、マーティアや近くに控えていた者たちを
包み込んだ。
光の外で見ている者たちは何かしなくてはと思うが、何をしていいか
わからず、ただ見ているだけだ。
「リョウ様!」
コリーヌがリョウのほうを向く。
そのリョウは、ややうつむき右手を額にあてて『ありゃ~、やっちゃったか~』
みたいなポーズをしている。
そして光が消えた後には、怪我をしていた5人は治っており、
光に包まれた者たちの頬も赤くなり血色が良くなっていた。
「なんか、気持ちよかった・・・」
男の子がちょっとボーっとしながら言う。
光に包まれた他の者たちも同じ気持ちのようだ。
異常がない状態でヒールに当たったため、身体が活性化し、癒されたり
血行が良くなったりしたのである。
「少し魔力を込め過ぎてしまいました」
何事もなかったかのようにマーティアが言う。
「では、後は頼みます」
そう言ってマーティアは馬車に戻る。
ザッ!
マーティアの後姿に対して膝をつき頭を垂れる護衛隊長。
他の者も続いて膝をつく。
あんな強力なヒールは見たことはもちろん、聞いたこともなかった。
しかも、『少し魔力を込め過ぎた』だけだというのだ。
他国には『聖女のいる時代のシルフィード国とは戦争をするな』という
いましめがあるという。
普通の神官では手に終えない負傷兵が、すぐに治り戦場に復帰して
くるのだから当たり前だ。
10年前のゴジール共和国との紛争も、聖女様のいない期間を
狙ってのことだ。
だが、それにしても今のヒールは異常だ。
あれなら100人単位で負傷兵を治すことだって出来るだろう。
そんな相手と戦争をしようとする国などいない。
今代の聖女マーティア様がいれば戦争を回避できる。
なればこそ、マーティア様はこの身に代えてもお守りしなければならない。
護衛隊長は改めてマーティアに忠誠を誓うのであった。




