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第18話「空白の幻聴」と「不浄の幽暗」

 楼上へと梯子はしごで逃げる本屋の店主。軒先の棚から落ちた葡萄酒の瓶。あまりの現実感のなさに喫茶店で見惚れる白藍の瞳の青年。これこそがまさに世界の不浄でした。慄然とするほどの重層的な拍節に何が一体細微に描き出されていたのでしょう。天から注ぐ光が建物の陰に遮られて生まれた片明かりがもやのようになって、月日が日々の巡礼でもしているような路辺はーーまさに呼吸の空白となりました。


 




 もう間もなくでした。もしかしたら桜雪ちゃんや風歌ちゃんたちがこの街を訪れるかもしれないまでは。愛鈴たちも市街の中心部の駅舎へと向かっていました。愛鈴が月葉ちゃんのことを右腕で抱いてあげている中で、今は瑞葉くんも考えることをやめていて先ほど露店で購入をした奇妙な色合いをする炭酸飲料を妙々に美味しそうに飲んでいましたが、瑞葉くんから”買ってあげようか?”と尋ねられても金銭的な意味ではなく愛鈴は遠慮しても、月葉ちゃんはまるでお母さんに似ているように怖いもの知らずなのかそんな炭酸飲料も嬉しそうに飲んでいましたが、そんな愛鈴の周りだけではなく、徒跣とせんのまま水路で戯れるように遊ぶ少女たちや、小さな木の下に置かれた埴輪の横で、花のような形をしている七色の串団子を食べていて流行に染まっている恋人たちをみていると、徒居ただいとばかりはいかなくても何かが零れたりせずに人生を過ごすということは悪くないのだろうと思われましたが、地上へと陰を落としながら上空をゆっくりと通り過ぎていく空汽車を見上げて、南南西の風に吹き上がった穴の空いた乗り換えの切符が宙を舞った時にーー、


「? どうしたの愛鈴くん? 急に立ち止まったりしてさ。あの列車じゃないよ。桜雪ちゃんや風歌が乗っているかもしれないのは。たぶん向こ〜うの方だと思う」


「いや今はその事じゃなくてーーなんだろうこの感じ。瑞葉は何も感じない?」


「えっ。僕は何もわからないけどーー」


「じゃあとりあえず少し付いてきて。考え出したら動悸が強くなってきたの」


「もしかしてユフィリアちゃんかな!? 愛鈴くんがそんな風になるなんて!?」


 月葉ちゃんを思ってか言葉だけは愛鈴も冗談のようであり、愛鈴のそんな優しさも瑞葉くんなら理解してくれているようでしたが、其の実も瞳だけは愛鈴も真面目だったので、瑞葉くんも小さく頷いてくれ、人々の往来を愛鈴と横切ってくれましたが、入り組んだとまではいかなくても分化していく路地裏を進んでいくとーー、


「……。……。……」


 人留めのようなものはされていなくても人気のようなものはなく、オープンテラスの喫茶店があって、葡萄酒の瓶が梯子の方へと転がっていく場所で、目に映ったものを戯れ事と呼ぶにはいささか異な事すぎて、愛鈴はほとんど失認をしました。


 轢断れきだんでもされたように四肢が乱離骨灰らんりこっぱいなありさまで寂滅へと至る者。それはつまるところを言えば”バラバラ死体”でした。猟奇的というよりは狂気的。そしてその被害者は言い渋らざるおえないほどにーーそれは明らかにあの時のもう1人の自分で。


 本当に全てがただの回り合わせでしょうか? 自分の瞳で自分のバラバラ死体をみているというのに、どこかその光景は淡然とさえしていましたが、心だけは駭然がいぜんたるものになって、失透をする存在証明に、すでに憂世をするほどの余裕さえもなく、幽暗な向後こうごを示すように、茅葺の砲門から白い鳥の群れが飛び立ってーー、


「ーー桜雪や風歌たちはどっちから来るんだっけ?」


迷い猫の蜃気楼フィラーシェじゃなくてーーここからいうと左斜めのほうだけど……」


「わかった。月葉ちゃんのことをよろしく瑞葉。何かあったら我先に逃げろよ?」


「えぇ! ちょっと待ってよ愛鈴くん! 何があるか分からないのに1人でーー」


 まるでもう愛鈴の心だけには幻聴ではない悲鳴がーー届いていたようでした。

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