第四話 『類人猿は猛烈にアピールします』
とっても親切な大和ちゃんは何とかこのことをリーク出来ないかと多方面に働きかけてくれたみたいですが、結果は芳しくなかったようです。
当然ですね。相手が悪すぎます。それに、あんまり下手な手を打つと、今度は大和ちゃんの身も危ないです。私は彼女のためを思って、これからはあまり動かないように、と忠告しておきました。取り敢えず、宮廷内での数少ない私の理解者に消えられては困りますからね。それに、お料理も美味しいですし。
大和ちゃんが担当につく前の女給仕なんてとても酷かったです。
器を持ってくるときはどんぶりの汁物に彼女の親指が浸かっていましたし、料理にその者の髪が紛れ込んでいるなど茶飯事でした。
なかでも酷いなぁと思ったのが、朝食で出されたチーズに歯型が残っていたときでありましょうか。どうして、これでつまみ食いがバレないと思ったのでしょうね。ある日とうとう耐えきれなくなって指摘しますと、何故か私の方が罵倒されてしまいました。
世間では逆風を食らっている私ですから、彼女の詰りにも遠慮がありませんでした。
しかし、私も冬の女王。
その冷酷さに関しては折り紙付きです。軽く彼女を非難して、泣かせてやりましたわ、うふふ。
さて、翌日からその女給仕は荷物を纏めて実家に帰ってしまったようで、代わりに配属されましたのがあの可愛らしい八洲人、大和ちゃんなのです。
※
冬ちゃん、冬様、お冬、冬っち、冬……etc.
私にも名前というものがございます。
しかしながら、その名前というのが、また長ったらしくて覚えづらく、なかなか周囲の方々には浸透致しておりません。私も周りの方々が名前の呼び方等で困りませんように、自ら「私のことは冬、と呼んで下さいね?」とお願いしているのであります。
そちらの方が皆さんに親しみやすいというのであれば、私も異を唱えるつもりはございませんもの。輪をもって尊しとなす。古来からの言い伝えでありますね。
しかし……
「冬さまあーーっ! どうか我が筋肉に免じてお出になって下さいませぇぇぇぇえええ!! オラ、貴様ら声を出さんかいっ!」
『ふぅぅぅぅううううゆぅうううううサぁぁぁぁまあああああああああああ』
ここまで自分の名前を大声で連呼されると流石にイラッときます。しかもそれがまだ陽も上がらぬ暗い早朝であれば尚更のこと。
「何……」
私は充血した目で塔の窓から下を眺めます。すると、そこには白い道着を着た郎党共が隊列を組んでおりました。
「いくぞぉっ、馬鹿者どもぉ!! 冬様にさんさぁんななびょーし! そぉーれっ!」
一番先頭に立つ男が汗をまき散らしながら、喚きます。彼が口にくわえたのは、真っ赤なホイッスルでした。
すると、それに合わせて、後ろの男たちも一斉に中腰になり、何やら踏ん張ります。
そして、始まる茶番。男の指示に合わせて彼らは拳と蹴りを繰り出し始めました。
「ピッピッピ!」
『ラァッス!!』
「ピッピッピ!」
『ェアッス!!』
「ピッピッピッピッ、ピッピッピィッ!」
『ダァッス!!』
騒々しいホイッスル音と共に他の男たちは腹に響くような低い声で吠えます。まるで、この塔の周辺に狼の群れがやって来た、そんな唸り声が大地を揺らしておりました。
「はぁぁぁあー……」
私は恥ずかしいのと、憤りと、情けないのとでその場にうずくまります、頭を抱えながら。
「ちょっと勘弁してよ、もおー……」
化粧台に載ったレトロな時計を見ます。
『AM 4:17』
頭おかしいんじゃないんですか。常識というもんが彼らには無いのでしょうか。一体どこの世界に朝の四時台から他人宅の前で応援演武を大合唱するバカタレが居るのでしょうか。
「ここにいるよ?!」
私は外用のオーバーを羽織り、大きなフードをすっぽり被ります。化粧なんかやってる余裕はございません。とにかく、この大騒ぎを止めねば。
「ちょっとそこの男!」
入口から私は彼らに向かい叫びます。
『おおっ……フユさまだっ!』『ホントか?! 俺にも見せろ俺にも見せろぉっ』『うおお、ホンモノだぁー、おら王女様なんて初めて見ただ……』『サインくれぇー』
私の姿を見つけた彼らは口々にそんなことを喚き、わらわらと集まってきました。途端に、塔の入り口前は大混乱です。
彼らが押し合い圧し合いしながら檻向こうに殺到する中、私は動物園のお猿さんでも鑑賞している気分になりました。
『ええーい! 貴様らどけっ! どかぬかぁあああ!』
と、ひと際大きな声で叱責しながら、人込みを掻き分けてくる者がいます。随分と大柄です。ヒグマとやり合ってもいい勝負が出来るでしょう。
そんな熊男も、他の男どもと同様、白い道着を着ておりました。唯一他と異なるのは、彼だけ帯が黒いという点。それに、何だか強そうです。
『ごりら丸参上!』
頭は弱そうですが……。そう私に名乗りを上げた男は突然上着を脱ぎ棄てます。
「きゃあっ!」
衣が脱げ、顕わとなった上半身に私は思わず目を覆います。む、胸毛が……。剛毛過ぎます……。なるほど、だからごりら丸……。
名は体を表すとはよく言ったものです。
「っつ~……」と顔を赤らめながら、彼を睨んでいますと、何を勘違いしたのかこのバカタレは不意に鼻を伸ばしました。下心が丸見えです。
『う……ううう……』
「――?」
突如、低く唸り声を上げ始めた彼に私は首を捻ります。な、何かが始まりそうな予感です……。
と、思った瞬間、彼が自分の胸を叩きました。たった一発でもその轟音は大地を揺らし、離れ森の木々を震わせます。
――どうんっ!
あ、危ない……。あと一歩耳を塞ぐのが遅れていたら……。
他の方々は大丈夫なのでしょうか……?
不安に思って後ろを眺めてみますと、案の定。
『ぐえぇ……』『死んだお祖母ちゃんが見える……』
『あははは……』『アーメン……』
何人もの男どもが折り重なってぶっ倒れておりました。可哀想に。
「うっほっほっほぉぉ!!」
ですが、彼のごりら丸は自分の部下が死にかけていることにも全く気にかけません。それどころかどんどんヒートアップします。
――どぅんどうぅんどうんッ!!
英国式海軍大砲が二足と隔てない場所で唸る、そんな爆音が周囲を舐めつくします。
青空を飛んでおりました渡り鳥が墜落しました。地に伏す男どもの残骸が増えました。針葉樹から葉が根こそぎ落ちました。花が、枯れました……汗
「ま、まさかこの私よりも害悪になろうものがおりますとは……。しかも、ドラミングで……」
目の前の男、いえ、歩く災害胸毛ゴリラは目を爛々と光らせておりました。彼が見ている視線の先は
―――――私?
ゾッとしました。そういえば、聞いたことがあります。東亜におります獣は、何らかの手段をもって雌にアピールする手段を持っている、と。こ、この男……まさか、私を見て興奮しているのですか……?
「ふゆさまぁああああ! おらの、オイラのドラミングどうですかぁああああ! うっほっほっほぉぉ!!」
確定です。私は静かに、右手を彼に向けました。何を勘違いしているのかしれませんが、彼の顔がいやらしく歪みます。私も少々気が立っておりました。
「うるさい男は嫌いです」
静かにそう発すると同時に、彼の男の足元が凍ります。そして、その急速な分子運動の減速は彼の身体を駆け上がってまいります。グッバイ、THE 公害。
私が笑顔を向けると共に、男は氷の彫像と化してしまいました。
めでたしめでたし
あ、物語はまだ続きますわよ?