第二話 『密談』
夏の女王様も秋の女王様も所帯を有しておりますが、上手いことルールを破らず塔の交代を繰り返しました。
そして、昨年。
「じゃ、冬ちゃんよろしくねっ」
「ええ。任されましたわ」
私は、秋の女王様とそんな緩いやり取りで引き継ぎを行いました。
季節の変わり目です。
そうして、当初滞在予定されていたおよそ三か月の間、私はお気に入りの本を読んだり、『小説家にならふ』という新聞社に、したためた小説を投稿したりして、優雅に過ごしました。
因みに、せっちんや風呂釜、水洗い場は塔一階に用意されておりましたし、食事は給仕が毎日、外から届けてくれたので困りませんでした。
給仕は齢十四に見える東洋の八洲国出身の少女でした。名前は『大和ちゃん』です。軍艦と同じ名前なんだとか。この国から出たことのない私にはよく分かりませんが……。
私の外界との接触は専ら彼女を通して行われます。
本日も、こんな会話をしました。
「今日のお料理も大変おいしかったですわ。あの……かれえらいす?という食べ物、大変面白い御料理でした。また食べてみたいものです」
私は大和ちゃんを檻の向こうから褒めてあげます。そうしている間にもあのぴりりと辛い刺激的な焦げ茶の食べ物を思い出していました。ああいうのをスパイシーというのでありましょうか……?
すると、黄色い肌で黒髪の大和ちゃんは少し赤い顔でぺこりと頭を下げました。
「あ、ああありがとうございますっ。お気に召して頂けたようで何よりですっ。……その、本場は印度なのですが、王女様が食べやすいように、八洲風にマイルドに仕上げました!」
彼女はたびたび言葉に詰まりながら、かれえらいすの説明をして下さります。あらら、舌を噛んでしまいますわ。私は微笑みを浮かべ、大和ちゃんの強張りを解いてあげます。
「うふふ。緊張なさらないで下さい。また貴女の国の伝統料理を作ってくださいね?」
「は、はい! あ、本日のお夕食は『鶏のから揚げ』です。お楽しみに下さい!」
からあげ? 聞いたことのない言葉です。『まかろん』のようなものでしょうか? しかし、お夕飯にお菓子というのは少々、風変りですね。
うーん、と細腕を組んで頭を傾げる私に、大和ちゃんがおずおずと切り出しました。
「あの、王女様? 実は今朝がた街に国長様のお触れが出たんです。王女様のことに関してなのですが……」
私ははて、と彼女の顔を見ます。私に関してのお触れ……一体どういった内容でしょうか……。
大和ちゃんは私の疑心を察したのか、丁寧に説明してくれます。
「曰く、『この長年にわたる冬は王女様がこの塔に閉じ籠っているからだ。よって、街の有志に彼女が塔から出てくる手伝いをして欲しい』とのことでした」
「ええ……」
私は血の気を失ってしまいました。何故かって、それは事実と全く異にしたお触れだからです。
まるで、私のせいでこの長きに渡る冬が続けられているかのような口ぶりです……。
「はい……。私もことの次第を宮廷にご報告したのですが、何故か聞き入れてもらえなかったようで……申し訳ございません……」
可哀想に。大和ちゃんは自分の責任であるかのように、頭を深々と下げます。
私は少々、平静を失って励まします。
「や、大和ちゃんが悪いわけではありませんわ! おもてを上げて下さいまし?」
私の言葉で綺麗に揃えられたぱっつん髪の頭が持ち上がります。こうやってしげしげと見ますと、実家に置かれている可愛らしい八洲人形のようです。ああ、なでなでしたい……
私がひとりホクホクしているのには気付かず、大和ちゃんは檻に顔を近付けました。
「王女様……ちょっと……」
「……?」
私は深刻そうな顔でこちらを手招きする彼女を訝しみます。
ですが、彼女はとても信頼のおける使用人です。
私は半歩歩み出て、彼女の真向かいに立ちました。
小さなおててが「お耳をお貸しください」と求めます。
秘密話でしょうか。なんだかわくわくします。
若干の後ろめたさと興味半分に大和ちゃんに耳を寄せました。
果たして、私がこっそり聞かされた内容はとてもじゃありませんが、愉快なものではありませんでした。
「これは、私と同じ八洲から渡来したくノ一が教えてくれたことなのですが……」
くノ一とは私も典籍で読んだことがあります。確か、八洲で活躍している女性の忍者のことだそうです。
彼女はころころ転がるような鈴声を低めに抑えて、続けます。
「話によりますと、近頃、国長様がある女性にとても入れ込んでいるそうです」
「ある女性とは、奥様のことではありませんよね……?」
当然ながら、という意味を込めて大和ちゃんは頷きます。
では、考えうるのは……
「――春の女王様です」
私はごくりと息を呑みました。