Story009 冒険者二人
面接試験が終わったのは、日が傾き、空が赤く染まり始めている時だった。
シルクレッド王国があるアーシスベルグ大陸には、転生勇者達の故郷こと日本と同じく四季が存在し、そして現在、シルクレッド王国は日本でいうところの四月の上旬。日が暮れる時間帯はまだまだ早めで、春になりたて故に夕方はまだ肌寒い。
そしてイオがシルクレッド王国の王都イルンに着いたのが正午過ぎで、その後も職探しでゴタゴタしていたので……夕方になっているのも仕方ないかもしれない。
清浄戦団の本拠地の外へと出ると、多くの人が道を歩いていた。
みんな、ギルドを始めとする仕事や、王立学園の帰りといった様子だ。
そんな集団の中に、イオは紛れた。
しかしその足取りは、どうもフラフラとおぼつかない。下手をしたら周囲の人とぶつかってしまいかねないくらい危険な足取りだ。しかもその顔は、まるで幽霊のように生気が感じられない。
(…………ご……合格する気が、しない……)
そんな幽霊モドキことイオは、就職活動中の拠点として泊まっている宿屋『エンレイ亭』へと、不安な足取りながらもなんとか目指しつつ……ふと思った。
しかし。
何を思ったところで。
何をどう足搔こうとも。
その結果は伝えられる。
面接試験という、あまりにも緊張する体験から解放されて。
緊張の反動で暫く呆然とした後に改めてそう思うと……彼女の心は、さらに重くなった。
(何日も掛けて王都まで来て、何軒も宿屋を回って、なんとか空き部屋がある宿屋を見つけて、安定所で冒険者ギルドじゃないギルドを勧められて、偶然その安定所を訪れたレオンさんが所属してる……一応冒険者ギルドだって言ってた……清掃、ギルド? そこにも所属できなかったら……私、どうすれば……?)
イオには、どうしても冒険者ギルドに属さなければならない理由があった。
探偵ギルドでも。
出版ギルドでも。
執事・家政婦ギルドでもない。
冒険者ギルドでなければならない……理由が。
そしてそのためだけに、イオは長い長い冒険をしてきた。
時には命の危機もあったが、途中から同行してくれた、自分と同じく冒険者志望の少年に助けてもらい、なんとかここまで来る事ができた。
(だけどもし、これまでの努力が全て無駄に終わってしまったら……?)
イオの中で、徐々に徐々に消極的な心像が形成されていく。
全ては先ほど……副ギルド長レオンによる面接試験にて、ハキハキとした返事ができなかったどころか、履歴書に学歴を書かなかった理由についてを語った時に、思わず泣いてしまったために。
そんな、人によっては恥ずかしい事をしてしまったがために、絶対に面接試験で落とされたと思っているから。
だがそんな消極的なイオの心情に……突然転機は訪れる。
「あれ? イオちゃん?」
イオにとっては聞き覚えがある声が、後方から聞こえてきた。
しかし幽霊モドキと化している今のイオにはよく聞こえないのか、一瞬ピクリと反応したものの、すぐに歩き出してしまう。
けれど声の主は諦めない。
利き足を後ろへ下げて腰を低くし。
そして、
「イ、オォォォォ…………ちゃああああぁぁぁぁ――――んッッッッ!!!!」
「ふ……ふぇぇぇ!?」
まるで瞬間移動のように、突然イオの目の前に一人の少年が現れた。
その少年は、黒色、もしくは茶色の髪色と茶色系の瞳が特徴的なアーシスベルグ人達が行き交うこの道の中では、妙に浮いた存在感を放つ存在だった。
瞳は朱色。髪は野生児の如きボサボサな金髪。おそらく他の大陸からの来訪者、あるいは他の大陸の民の血を引く存在であろう。
そしてイオの事を知っている事からも分かるように、この少年こそが、王都への旅路で魔獣に襲われていたイオを助けた少年である。
「え、あ……あれ? あ、アノンくん!? ど、どどどどうして目の前に!?」
「え? ただ走って跳んで回転してイオちゃんの目の前に着地しただけだよ?」
あまりにも魔術じみた登場の仕方に、驚愕するイオ。
だが少年ことアノン=グレイアスが言うには、全力で走り、途中で跳躍し、空中で一回転した時に体の向きを変えてイオの前に着地しただけという、単純かつ誰にでもできるワケではない、彼が持つ超人的な身体能力を活かした派手な登場をしただけ……らしい。
どちらにせよ、あり得ない登場の仕方だという事に変わりはない。
たとえアノン少年が、イオと同じく冒険者志望の者であろうとも。
その証拠に、そんな彼の超人的かつ派手な登場を目撃した者のほとんどが、その場で固まり、驚愕していた。
ただし王立学園から下校している子供達だけは「すげぇ!」と目をキラキラさせながら、アノンを評価した。
「それはそうとイオちゃん」
アノンは人目を気にせずイオに顔を近付け、彼女を元気付けるためにニッと笑いながら言った。突然の不意打ち笑顔に、イオは若干顔を赤くした。
「俺と王都まで来た時のあの笑顔はどうしたの? らしくないよ?」
言いながら、アノンは思い返す。
魔獣に襲われていたのを助けた直後のイオは、怯えている草食動物のような目をしていた。共に王都を目指す道中でも、彼女の目は変わらなかった。しかしアノンが、冒険者になるために王都を目指している事を伝えたら、ようやく目の中に光を宿し始め、ついには『自分も冒険者を目指している』事を話してくれた。そして、そんな会話をキッカケとして、イオはまた笑えるようになった――。
「え、えっ……と……そのぉ……」
しかし一方でイオは、笑顔でない理由を訊ねられるや否や、すぐに先ほどの面接の事を思い出し返答に困ってしまう。
人間、笑顔が一番であると、アノンが遠回しとはいえ言ってくれたのは嬉しいのだが……それでも話せない物は話せなかった。
「もしかして……ダメだった、の?」
だが顔に出ていたのか、アノンが心配そうに訊ねる。
直後にイオの体がビクッと震えた。
アノンはそれを見て図星であると直感した。
しかしまだ不合格の通知が来ているワケではない事を、アノンはまだ知らない。