Story007 面接試験
「えーと……ごめんね?」
頭をかき、苦笑しながらレオンは話を切り出した。
「あのアルテラ教の修道女、僕の従姉なんだけど……昔から幼馴染の僕でさえ手に負えないような自由人なんだ」
「あ、い、いいえっ! …………気にして、ませんから……」
レナが勝手にイオの個人情報を暴露した事を謝っているのだろう。
だがイオとしては、特に重要な個人情報が流出したワケではなく、さらに言えばレオンの言う通り、レナが自由人過ぎるだけである事を、先ほどの出来事で充分に理解したため、怒ってもしょうがないとさえ思っていた。
「まぁでも、悪いヤツじゃないから、これからも仲良くしてあげてね」
「は、はい……」
緊張した返事からして、まだ先ほどの事を気にしているかもしれない。
そう思ったレオンが、敢えて笑顔でイオの返事に答える。しかしイオの返事は、まだどこか弱々しかった。
(そういえば、レナちゃんはこの子の事……清掃に適した才能はあるけど、ギルドでの仕事は未経験だって言ってたっけ)
ギルド安定所をイオと共に去る前に、従姉から言われた事を思い出す。
(なるほど。もしかすると初めてのギルド本拠地に緊張しているのかもしれない)
すぐにレオンはそう結論付けると、まずはイオの緊張を解きほぐすべく、面接の質問内容を即行で考え始めた。
面接での緊張のせいで、志望者側の本来の人格を確認できないのでは、貴重な人材であるか否かを見極めにくくなるからだ。
ちなみにレオンとイオは現在、ギルド安定所から清掃ギルド『清浄戦団』の二階の会議室へと移動し、それぞれ椅子に座っていた。
あの後、とりあえず修道女直々の推薦という事で、イオを清掃ギルド要員の候補者として、本拠地で面接試験をする事になったのだ。
清浄戦団の本拠地は、どちらかと言えばシルクレッド王国民の普通の家屋のような、こじんまりとした建物だった。本拠地に着くまでに見た、他の冒険者ギルドの本拠地に比べると、まるで大人と子供のようである。
そしてその大きさに比例するように、ギルド『清浄戦団』のこの会議室もあまり広くはない。
ちなみに室内に置いてあるのは、使い古された感がある、ところどころ欠けたり凹んだりしている木製の円卓と、十脚の椅子くらいである。
イオが噂で聞いた『リッタイエイゾウ』なる物が中央に出現する、光系統の魔術が組み込まれた円卓である感じは、一切ない。
唯一の救いは、南側に設置された大きな窓から、優しい太陽光が会議室内に射し込んでいる事か。
(もしかして、そこまで人気じゃないギルドなのかな……?)
ギルド安定所にいた、他の冒険者志望の客の会話を思い出し……ふと失礼な事をイオは思う。
だが見ず知らずの他人の意見を鵜呑みにするのはいささか早計だと、彼女はすぐに思い直し、他人の意見を頭から叩き出すと、できる限り緊張を抑えながらレオンの顔を見た。
見ているだけで、こちらの抱いていた緊張が優しくほどかれるような、心地良い感覚を覚える柔和な顔がそこにあった。どことなく、柔和な顔の雰囲気が、レナと似ている。この辺りは、さすがは従姉弟と言うべきであろうか。
「じゃあまずは自己紹介。僕の名前はレオン=イーシュタル。この……一応冒険者ギルドに分類される清掃ギルド『清浄戦団』の副ギルド長をしています。ギルド内では君付けの名前で呼ばれたり、副長とか副団長なんて呼ばれています。イオさんもお好きに呼んでください」
「は、はい、了解です」
「ちなみに今回ギルド長ですが……連日の激務のせいで、僕達が帰る前にお倒れになったらしく、今日は早退しましたので、代わりに僕があなたの面接を担当しますので、どうぞよろしくお願い致します」
「え、だ……大丈夫なの……ッ!? ……ですか?」
まだ少しばかり緊張が残っているものの、それでも頑張って返事をするイオ。
だがギルドの代表者であるギルド長が倒れた事を知るや否や、心配でついにボロが出そうになった。
すぐに誤魔化すように言い直したが、もしかするとレオンに、その辺の事を評価されているかもしれない。
そう思うと、イオの中で緊張が高まった。
「ええ、いつもの事ですから大丈夫です。こういう時はいつも明後日には復活していますので。というワケなのでさっそく面接試験を始めさせていただきます」
レオンはニッコリと笑いながら訊ねた。
「とその前に……履歴書を持っていますか? 最近、勇者様のいた世界に倣って、履歴書という物を書くようになったのですが」
「は、はい! あります!」
イオは椅子の下に置いておいた手提げ式の抱鞄を両手に持つと、中に入っている履歴書を引っ張り出し、レオンに差し出した。
差し出された履歴書を受け取ると、レオンは時間を無駄にしないよう早めに履歴書に目を通していく。視線をキョロキョロと動かし履歴書を読むレオンを待つ間、イオの緊張がさらに高まった。
――いったいレオンは自分をどのように評価するのか。
相手は自分の恋人ではなく上司になるかもしれない存在ではあるものの、相手に好かれたいと思うからこそ抱くそんな疑問と、面接による緊張によってイオの心臓が徐々に高鳴っていく。
だがその緊張は、突如として頂点に達した。
レオンが履歴書を読むのを途中でやめ、イオの方を向いたからだ。
緊張のし過ぎで体が硬直し、さらには心臓が止まりかけるほど仰天したイオ。
しかしレオンはそんなイオの状態に気付かずに、何を思ったのか笑顔をやめて、両目を見開いたまま彼女に質問をした。
「イオさん……まず初めにお訊ねしますが、この履歴書に間違いはないですか?」
「…………ふぇ? は、はい、ありません!」
頂点に達した緊張をまだ引きずりながらも、なんとか返事をするイオ。
レオンはこの返答を聞くと、なぜか首を傾げた。一体全体、何がどうなっているのかまったくイオには分からなかった。
「……そうですか。では次の質問です」
しかしそれでも面接は続く。
レオンにとってはほんの些細な疑問だったのか。
それともイオを泳がすために、敢えて無視したのだろうか……。
「冒険者ギルドに所属したいと思った動機はなんですか?」
「ど、どうき?」
イオには何の事か分からなかった。
「?? あれ、もしかして初耳の言葉ですか?」
キョトンとした顔で訊ねるレオン。
それだけイオのこの反応は想定外だった。
「え、あ、あの……す、すみません……」
「気にしなくてもいいですよ」
レオンは再び柔和な顔をし、再び緊張してしまうイオに言った。
「冒険者にもいろいろいます。このギルドに寄せられる依頼を遂行していると、特にそれを実感します」
「????」
レオンの言葉の後半部分に、イオはなぜだか違和感を覚えた。
まるでそれは自分へと向けられた言葉ではなく、できる事なら誰にも聞かれたくない独り言のような……そんな違和感だ。
「まぁそれはともかく」
レオンは明るい声で話を変えた。
「動機はですね、理由の事ですよ」
「そ、そうなんですか」
「ええ、というワケで改めて教えてください。あなたが冒険者になりたい理由を」
「……私、は……」
訊かれたイオは反射的に、両膝の上に乗せた、冷や汗が滲み始めた拳をギュッと握り締めた。
できる事ならば、他人には話したくない事情があるのかもしれない。
レオンはすぐさまそう判断した。けれど同時に、嘘偽りなく動機を話せなければこのイオという少女はどこのギルドでもやっていけないかもしれないと、冷静かつ冷徹な判断も下した。
なぜならば、ギルドの仕事に必要なのは、なによりも仲間との協調性だからだ。
もしも共に同じ仕事をする仲間の中に、誰とも心の内から信用し合っていない者が交じっていれば、その仕事の失敗する確率が格段に上がるのである。
一方でイオは迷っていた。
今まで誰にも……それがギルドの存在を教えてくれた人や自分を魔獣から助けてくれた人であろうとも、決して話してこなかった冒険者になりたい理由を、本当にレオンに話していいのかどうかを。
「…………私は……私、が……」
とりあえず何か喋らなくてはと思い口を動かすが、途中で口が止まる。
そして、イオの表情は……今までとはまた違う種類の強張りを見せた。
レオンはすぐに彼女の表情の変化に気付き、訝しげに目を細めたが、次の瞬間には驚いた顔をした。
「……わ、私が! ぼ、冒険者になりたい理由は――ッ!!」
迷いが消えたのだろうか。
突然イオが大きな声で動機を話し始めたのだ。