Story006 修道女の紹介
「あっれぇ? ちょっとレナちゃん! なんでウチのギルドの求人広告が執事及び家政婦ギルドの掲示板に貼ってあるの!?」
相手側が悪いという主張を周囲に聞かせるように、その知り合いであり、自分の従姉でもあるレナ=アーリオンにまで届くよう、敢えて声を響かせるレオン。
周囲の人達が一斉にレオンを見たが、彼は一切気にしない。いやそれどころか自分の怒りはこんなもんじゃないと言わんばかりに「どこだどこだ」と、大声を出しながらズンズン突き進む。
そして目的の人物はすぐに見つかった。
「見つけたぁ! ちょっとレナちゃん、どうして僕達のギルドの求人広告が冒険者ギルドじゃない掲示板に貼ってあるの!?」
そして再び。
周囲の事などお構いなしに。
今までと同じくこの『ギルド安定所』を舞台とした、二人の口論は始まる――。
※
二人が口論を開始してから、五分は経っただろうか。
レオンは肩で息をしていた。修道女レナへの発言にいろいろ力を入れたらしい。
一方で修道女レナは五分前と変わらず、澄ました顔で座っていた。あまり発言に力を入れてなかったようだ。
「な、なかなかやりおるな貴様」
「いえ特に何もしていませんが」
レオンの方が疲れているので周囲の人達は勘違いしそうだが、確かにレナは特にこれといった事をしていない。
「き、今日のところは、広告を冒険者ギルドの掲示板に勝手に移動させてやるだけで勘弁してあげるんだから、感謝しろよ!?」
「なぜツンデレなシメなんですか」
可愛気に首を傾げながらレナは訊ねた。
「むぅ、レナちゃんにツンデレ従弟は通用しないか」
従弟のツンデレを見て聴いた対価として、これからは『清浄戦団』の求人広告を冒険者ギルドの掲示板の方にキチンと貼るようにお願いしたかったんだけどなぁ、とアホな事を思いながらレオンは言った。
「個人的に誰得な感じですが」
「酷い!? 男として傷付いた!」
「というかレオン様は私の何を知っているというのです?」
「決して同性愛者などではないという事は知ってるけど」
「ふ、まだまだ甘いですねレオン様は」
「なんだって?」
「私の一番の好みはですね、五歳以上年上なお姉さんに振り回される……はっ!」
レナの目に、自身とレオンの口論のせいで置いてけぼりにされて呆然としているイオの姿が映った。そして同時に彼女は思い出す。
今は従弟のレオンとの私的な時間ではない事を。
「は、謀りましたねっ」
珍しく頬を赤くし、少々感情が出始めたレナ。
「いや特に何もしてないよ!?」
「年下の分際で年上の私に下克上とは……後でセッケンです」
「……折檻じゃなくて?」
「そ、そうとも言います」
「言わないよ!?」
「うるさいですね。とにかく後で折檻を――」
だがその言葉は途中で遮られた。
「あ、あのー」
今まで散々置いてけぼりにされていたイオが、ようやく口を開いたのだ。
「――はい、なんでしょうイオ様」
今までの感情的な彼女はどこへやら。
すぐに仕事用の表情へと変え、イオの質問に答えようとする。
だが次にイオが放ったのは、レナどころかレオンさえも予想していなかった言葉だった。
「後ろの、待っている人達の視線が……痛いです」
「「へ?」」
レナだけでなく、レオンもイオの背後を確認する。
するとそこには……いつの間にここまで長い行列が出来ていたのかと思うくらい長い長い行列を作ったお客様達の、いくら待っても列が進まない事に対する殺意の視線があった!!
思わず目を見開き、ビックゥッと体を震わせるレナとレオン。
同時に二人の心に、自分達のせいで列の流れを滞らせていた事に対する罪悪感が芽生えた。
「そ、そろそろイオ様に合ったギルドを選別しなくてはいけませんね……そもそもレオン様達の作ったギルドが、あまりにも冒険者ギルドっぽくないギルドだから、こんな事に…………ん? ちょっと待ってください?」
「清掃業も立派な冒険でしょ……って、どうしたの?」
口論した事を反省し、話を切り替えようとしたレナ修道女。
するとその直後、彼女の頭の中で、まるで雷の如き衝撃を伴う閃きがあった。
レオンはその事についてすぐに訊ねた。
だがレナは、思い付いた事がよほどの名案だったのだろうか。
目を輝かせるばかりで、レオンの声にはまったく気付いていない。
それどころか、ガッシィッとイオの両肩を強く掴みつつ話し出した。
「イオ様、あなたに一番合うギルドを今しがた発見いたしました」
「え……ほ、本当ですか……って、ん?」
レナの両目の輝きで安心感を得たのか、イオの表情が明るくなった。
けれどすぐに、その表情が強張る。先ほどまでの話の流れから、ある程度オチが見えたからかもしれない。
「ま、まさか……っていうかその子誰?」
レオンもある程度、話の流れからオチを把握した。
だが今自分の目の前にいる少女ことイオ=ライナースの事をまったく知らないので、同時に疑問も湧いた。
「イオ様はあまりにも……執事及び家政婦ギルドに相応しい能力値をお持ちのお客様! しかしそんなイオ様は、どうしても冒険者になりたいとおっしゃります!」
修道女レナは、名案を思い浮かんだ自分に酔いしれているのか、まるで自分達の願いに応え、天から神様が降臨したかのように気分を高揚させ……しかし、表情はほとんど変えずに声を張り上げる。なんだか冒険者になりたいイオの紹介をみんなにするかのような内容だった。
レナの声は、やはりと言うべきかイオの後ろで自分の番を待っているお客様どころか、通りかかった人達にも聞こえるような大声量だった。イオは羞恥心のあまり顔を赤くし「ふえぇぇ! やめてー!」と叫んだ。
だが修道女レナの声の方が強く、その場に響いたため、その絶叫はあまり意味を成さなかった。聖唄を歌ったりして喉を鍛えているのだろうか。
「一方で、レオン様の所属する清掃ギルド『清浄戦団』は冒険者ギルドと主張していますが、活動内容からしてあまりにも冒険者ギルドっぽくなく、敢えて言うのであれば『ダンジョン』や『ステージ』へとご奉仕する執事や家政婦のよう……いや実際そんな執事も家政婦もこの世界には存在しませんけどね」
さらに、レオンの所属するギルドまでも紹介するような台詞まで聞こえてきた。
レオンにとっては不幸中の幸いだった。自分の所属するギルドの良い宣伝になるかもしれないからだ。宣伝の内容には複雑な気持ちを覚えたが。
試しによくよく耳をそばだてると、周囲のみんなは「そうだよな。あのギルド、なんか執事や家政婦っぽいよなー」や「変なギルドだなー。清掃業のギルドって」などの意見を言っていた。正直言って周りの人達の反応はイマイチだった。
宣伝の内容もあり、レオンはさらに複雑な気持ちになった。
「まぁそんなワケなので」
そしてそんなレオンとイオへと、修道女レナは改めて声をかけた。
二人の心境など気に掛けず。いい加減に話をまとめましょう、と言わんばかりの勢いで。
「レオン様、どうかイオ様をそちらのギルドに所属させてはいただけませんか?」
二人は同時に心の中で『や、やっぱりか!』と叫んだ。