Story004 原因究明のために
だが、それは杞憂に終わった。
「ただいま戻りましたぁ……って、あれ? 二人共どしたの?」
良いタイミングで、清掃ギルドに登録している冒険者の一人である、レベッカ=レヴァンティーノが帰還し、二人がそちらに注目したからだ。
レベッカは二年前からこの清掃ギルド『清浄戦団』に所属している、今年三十歳になる女性の冒険者だ。
そしてその彼女は、口振りからして、さっきまで仕事をしていたのだが。
それにしては上は半袖の襯衣、下は吸汗性に優れた、くるぶしに届くほど長い丈の細袴という……一見するとまったく冒険者らしくない服装だった。
どちらかと言えば、練習着姿の運動選手といったところだろうか。
「ああレベッカくん、お疲れ様。ところで服装が変わっているけど、ウチのギルドが支給した装備はどうしたの?」
その事にいち早く気付いたギルド長が質問する。
するとレベッカは、右手で頬をかきつつ、二人から視線を逸らしこう言った。
「あーそれなんだけど……アタシが行ってきたのって、あの『潤滑湿地』じゃん」
「あ、もしかして」
レオンがポンッと手を叩く。
「派手にコケて汚れて、今は洗濯中とか」
「いや、さすがに何年も冒険者をしてて、あんな『ステージ』でコケるようなヘマはしないわよ。まぁ洗濯中なのは合ってるけど」
「じゃあ、あそこに生息している魔獣『ヌルガー』の攻撃をモロに受けたとか?」
「まぁ、そんな感じかな?」
ギルド長の台詞に、なぜか困ったような顔で返事をするレベッカ。
いったいどうしたのかと、ギルド長とレオンは同時に顔を見合わせたが、追求をするより先にレベッカが二人に質問した。
「ところで二人は、いったい何を話してたの?」
「あ、そういえば話が途中だったんだよ」
レベッカの質問で、ようやく話が脱線していた事に気付いたギルド長。
レオンもほぼ同時に気付き「新人がいないって話でしたっけ」と確認を取る。
「そうだ! それなんだよレオンくん、そしてレベッカくん!」
再び興奮して高血圧寸前になりかけたギルド長が、その興奮のあまり両手で自分の机を、両手を開いた状態で思いっきり叩く。
激痛を覚えたのか、彼はすぐに手を机から離してフーフー息を吹きかけた。
「とにかく、今年は新人がいないんだよ! なんとかして一人か二人新人が来ないと、支部を作る事ができないんだよ!」
「支部? あー……そういえば、前々から出てたねその話」
「遠くの家や寮からこのギルドに通っている冒険者もいるから、支部の存在は必須なんですよねー」
興奮しているギルド長。
過去の事を思い返すレベッカ。
ほのぼのレオン。
三者三様な空気がここに生まれた。
「そうなんだよ! それに《王室》直属の調査機関や《教会》からの依頼は増える一方だし、そろそろ人員を確保しておかないと、いずれここだけでは対処できなくなるんだよ! というワケで、何か対策を考えてくれると嬉しいんだけど」
しかしそんな空気の違いなどなんのその。
それらを一切気にする事なくギルド長は二人に指示を出す。
「ちょ、ギルド長そんな殺生な」
「いきなり言われても困るよギルド長」
いきなりな指示に、二人は戸惑うしかなかった。
「下手をするとここも『ブラック・ギルド』になるよ」
「「今すぐ考えます!!」」
しかしギルド長の口から出た『ブラック・ギルド』なる言葉を聞いた途端、すぐに二人は態度を改めた。
それほど恐ろしい単語だったのか。
「はいっ! 思い付きましたギルド長!」
「はいどうぞレオンくん!」
「ここは僕達が、勇者様達がいた世界の『チンドン』とやらをして――」
「却下!」
ギルド長の判断は早かった。
どうやら『チンドン』についてはご存知らしい。
「さすがに私達の中でする人いないでしょ!? というか私達自身が『チンドン』やったらそういうギルドだって誤解されるよ!」
「え、必要であれば僕やりますよ面白そうだし」
「 だ か ら ! ! やったはやったで誤解されるんだよッ!!」
ギルド長、再びの魂の絶叫!!
直後、再び彼を眩暈が襲う!!
「というかギルド長、前から思ってたんですけど、ウチのギルドってどういう宣伝を毎年しているんですか?」
再びレオンに高血圧用の薬を飲まされ、ギルド長がなんとかおとなしくなったのを見計らい、レベッカは質問をした。
興奮している状態で質問したせいで、さらに血圧が上がってしまうのを防ぐためである。
「アタシは偶然会ったレオンくんに誘われて登録したからどういう宣伝をしているのか分かんないんですけど」
「ああ、ウチは新人発掘を『ギルド安定所』に一任しているんだよ。まぁ時に君のようにレオンくんに誘われて登録する人もいるけどね」
「ギルド安定所? あのアルテラ教の聖職者が受付をやってる?」
「そうそうそのギルド安定所……ん? もしかしてレベッカくん、ギルド安定所が怪しいと思ってるの?」
「いや怪しいとまでは。ただ、宣伝していて来ない原因って言ったら、宣伝方法が悪いとか、そういう理由もあると思っただけで」
「……確かに、一理あるんだよ」
ギルド長は顎に手を当てて考え込んだ。
もしそうだとしたら、の場合を考えているのだろう。
「……それじゃあレオンくん、またギルド安定所に行って、ウチのギルドがどんな宣伝をされているのかを、ちょっと調べてきてもらってもいい?」
「いいですけど……なんで僕なんです?」
「私は《王室》直属調査機関や《教会》からの依頼の、難易度ごとの整理や、清浄戦団の所属者の勤務体制とそれに伴う仕事配分やらなにやら確認しなきゃいけないし、レベッカくんは戻ってきたばかりで疲れてる。なら、休憩ついでに眠って充分に体が休まったレオンくんが適任だと私は思うんだよ」
「え、でもムチ担当の僕が行って大丈夫ですかね?」
「今その話を出すの!? ……まぁ、大丈夫でしょ。基本的に君、優しいし」
「そ、そうですか? なんだか照れますね」
「照れてる場合じゃないでしょ。とにかくレオンくん、早くギルド安定所に行って原因を究明してほしいんだよ」
「あ、そうですね。じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい。安定所内では静かにするんだよー」
なんだか子供と、子供を玄関先で見送る親のような構図だ。
そしてレオンはその構図のまま、ギルド本拠地の玄関へと向かった。
「あー、なんだか息子を思い出しちまったよ」
そんな二人のやり取りを見て、レベッカは思わず微笑みながら呟いた。
レベッカ=レヴァンティーノは、子持ちの女性冒険者である。
さらに言えば冒険者歴が二年というワケではなく、彼女はかつて数年間、別の冒険者ギルドに所属していた冒険者だったのだが、一身上の都合が重なり、最終的に『清浄戦団』に落ち着いた、という複雑な経歴を持つ、ある意味ではベテランとも言える冒険者なのだ。
「あ、そういえば息子さんは元気かい?」
「元気も元気、超元気さ。この前なんか王立学園初等部の友達と、冒険者ごっことやらをしながら帰ってきて制服が土埃だらけさ」
「…………息子さんも、この『清浄戦団』に入ってくれればいいのに」
「うーん、あの子はアタシの全盛期に憧れているからね。ちょっと難しいかな」
「それは残念。ところで、装備が汚れた本当の理由についてだけど」
「!?」
単なる世間話で終わると思っていたレベッカの両目が、見開かれる。
ギルド長にとっては、その反応だけで充分、先ほどから感じていた『レベッカは何か隠しているかもしれない』という疑惑を確信に変える事ができた。
「……あはは、ギルド長には敵わないね」
レベッカはただ、苦笑した。
「で、何があったの?」
ギルド長の顔つきが、真剣なものになる。
「さっきまでの言動からして、レオンくんにはあまり聞かせたくないような事情があるんだよね。レオンくんに言わないから、私には今度の対処法を考えるためにも話してほしいんだよ」
「……実は、ギルド長……アタシはさっきの依頼で――」
そしてレベッカの口から、それは告げられた。
レオンの耳に入れば、きっと彼を悲しませるであろう報告を……。