Story003 清掃ギルドの危機
三十分前。
「実に……実に由々しき事態なんだよッ」
十歳前後くらいの、一人の少年……否。
正確には、見た目が十歳前後の少年に見えるほど背が低く、童顔な男性が、執務用の机にぐったりと身を任せつつ呟いた。
清掃ギルド『清浄戦団』。
この世界を、魔王軍から救った勇者達の魂がかつて存在した異世界の、ある宗教用語が名前の元ネタ……であるらしい、このギルドの一室での事である。
「……?? どうしたんですかギルド長?」
「どうかしたから頭を抱えているんだよレオンくん」
すると、ギルド長の声で目が覚めたのか。
今の今まで、本拠地に設けられている机の上で眠りについていた青年レオンが、目を擦りながら訊ねた。
対する童顔の男性――ギルド長は、それを聞いてさらに落ち込みながら、部下であるレオンからの質問に答えた。
「君と私でこの清掃ギルドを結成してから、いったい何年経った?」
「んーと…………七年は、経ちますね」
まだ完全に覚醒していないのか、レオンは寝ぼけ眼のままこっくりこっくりと顔を上下に揺らしつつも、なんとか質問に答えた。
「うん、そうだね…………七年だよ!? な な ね ん ! ! 」
ギルド長は、疲労が溜まっているせいなのか眉間に皺を寄せ。
さらには顔を真っ赤にして……まるで、産まれたばかりの草食動物の如く、体をプルプルと震わせながら急に叫んだ。
お怒りのギルド長の魂の絶叫の影響で、レオンの眠気は一瞬で吹き飛び、ついでにビックリしたせいでレオンは椅子ごとひっくり返った。
「最初は小さい家屋の中から始めたこのギルドだけど、今や二階建ての建物になるくらい大きくなった。けどね、レオンくん……いい加減、支部を作った方がいいと思うんだよッ」
「お、おっしゃる通りですギルド長」
ギルド長の剣幕に押されて苦笑しながら、さらにはプルプルと体を震わせつつ、机を支えにレオンは立ち上がる。
「なのに……なのに、支部を作れるだけの人員がいないんだよぉ!!」
「お、おっしゃる通りですギルド長」
今度は机にしがみ付き、ひっくり返らないよう踏ん張るレオン。
だが先ほどひっくり返った時に変な所でも打ったのか、足が未だにプルプルしていて安定しない。
「なんで!? なんで今年は新人が一人も来ないの!? あと一人か二人来れば、ギリギリだけど、ギルドの支部を一つ作れるのにぃ!」
「そ、それは…………この国の新聞の隅にある『今月の人気ギルド番付』で、ウチのギルドが最下位だったからじゃ……ないかと……」
どう答えたらギルド長の怒りを最小限に留められるのか。
いろいろ考えたがあまり良い案が浮かばず、さらに怒るだろう事を承知でレオンは事実を伝えた。
「ないかと、じゃないよないかとは! というかなんで最下位なんだよ!?」
案の定、ギルド長はさらに怒った。
もはや顔が沸騰しているという表現が的確なほどに。
「んーと……活躍している姿が目立たない、とか?」
「そんなワケないでしょ!? 確かにウチが冒険者に支給する装備は清掃業に専念しやすくするために認識阻害効果を付加した特別な魔導具だけど、その効果は人間に通用しないよ!!」
「だったら、ウチのギルドの誰かが、評判を落とすような事をしているんじゃ?」
「 そ れ だ ! ! ……で、いったい誰が?」
「それは僕には分かりません」
「うがああああぁぁぁぁーッ!!」
新人が来ない理由と、レオンの宥め方の悪さのせいで、ついにギルド長の怒りが頂点に達した……その瞬間、彼は眩暈を起こしてその場で崩れ落ちた。
「ちょ、ギルド長大丈夫ですか!?」
「う、うぅぅ……け、血圧が……」
どうやらギルド長は血圧が高くなったせいで倒れてしまったらしい。
レオンは彼の身を案じ、すぐに駆け寄る。そしてギルド長が現在装備している、通称『清掃着』の胸の衣嚢に手を入れて、その中から彼が日夜携帯をしている薬を取り出した。
水無し一錠で飲める、異世界ファンタジー世界では珍しいかもしれない、普通の錠剤だ。ちなみにギルド長が飲んだのは、無論、血圧を下げるための薬である。
「はぁはぁ……ありがとうレオンくん」
「ギルド長、体が弱いんですから無理しないでくださいよ」
「そんなこと言ったって、怒れなきゃ新人をチキンと……じゃなくて、キチンと教育できないんだよ」
「それなら僕はアメとムチのムチを担当するので、ギルド長は安心してアメを担当してください」
「アメと、ムチ? それも勇者様達がいた世界の言葉?」
「はい。教育というモノはそれら二つの存在があって初めて成立するんだと『勇者語大全』に載っていました」
「またアレか……アニス様も思い切った物の出版を出版ギルドに依頼したんだよ」
ギルド長は思わず嘆息した。
「まぁ経典の次くらいに売れてるそうだし、もしかするとこの国が国交断絶の危機から脱したキッカケの一つ……かもしれないけど、この国にアニス様を始めとする勇者様達の世界の言葉が流行り過ぎるのは、考え物じゃないかなぁ」
「まぁまぁギルド長、そうおっしゃらずに」
どうやら『勇者語大全』の話題のおかげで、ギルド長の怒りの度合いが変わってきたようだ。そしてその事に気付いたレオンは、このままギルド長の怒りの度合いを維持しようと話を続けた。
「ギルド長も読んでみてくださいよ。確かにこのシルクレッド王国の標準語が忘れ去られるかもしれないくらい面白いですが、向こうの世界の教訓や戦術など役立つ知識も載っていますし」
「いや標準語を忘れる事は大問題なんだよレオンくん!?」
しかしまたしても大問題な発言だったので、再び怒るギルド長。
レオンは再び始まる、ギルド長の高血圧による眩暈を覚悟した。