Story002 騒々しき邂逅
「まぁお客様のような……この国のギルド事情をほとんど知らない方へのご説明も仕事ですけどね」
ついでとばかりにそう淡々と説明しながら、魔導具眼鏡をかける修道女。
すると眼鏡の透鏡内の紋様が、誰でも視認できるくらいの光量の、淡い金色の光を発した。眼鏡に込められた力が発動したのだ。
(修道女様はああ言っているけど……本当に、余計な物を見たりはしていない……よね?)
修道女とのやり取りで、そこのところが怪しく思えてきたイオ。
けれど同時に、自分にはいったいどんな能力があるのかワクワクしながら、修道女からの報告を待った。
それから、一分くらい経った頃。
ついに修道女は……魔導具眼鏡を外した。
そして修道女は――。
「ま、まさか、このようなお客様がいらっしゃるとは……」
――まるで何かに怯えているかのように、体を小刻みに震わせながらそんな事を呟いた。
「…………ふぇ?」
修道女の様子、そして呟いた言葉が、あまりにも意味深なそれであったために、何の事だろうとイオは不安を覚えた……その瞬間。
(ま、まさか……〝アレ〟がバレたんじゃ……ッ!?)
身に覚えがある可能性に思い至り、彼女の顔からサァッと血の気が引いた。
それは、この『ギルド安定所』の補助によるギルド探しを希望する者が、自身の身分を保証する、という意味合いで、安定所に対して提出する事が義務付けられている登録用紙に書かなかった事柄。
もしも書けば、どこのギルドにも所属できないのではと思い、書こうにも書けなかった――イオと彼女の親と、イオにギルドや、そのギルドを紹介するこの安定所の存在を教えてくれた者だけの秘密。
「お客様、あなたは――」
修道女が、驚愕を必死に隠そうとして却ってぎこちない笑顔になりながら、イオに言い寄ってくる。
終わった、とイオは思った。
まだそうと決まってすらいないにも拘わらず。
だけど修道女の表情を見れば、そう思ってしまうのも無理はない。
そしてイオは、修道女に自分の秘密がバレてしまった衝撃のあまり、これまでに起こった事を……まるで走馬灯の如く思い出した。
『冒険者ギルド』とそれを紹介する『ギルド安定所』の存在を、ある人物に教えてもらった時、冒険者ギルドならば、自分の願いを叶える事ができるのではと希望を持った。ギルドの本拠地やそれらを紹介する安定所が多くあるというシルクレッド王国の王都にいざ行こうと思って出発したら、思った以上に王都までの道のりは険しかった。道のりが長いというのもあるがそれ以上に、魔王軍の残党が出る可能性がある通称『ステージ』と呼ばれる場所を横切る道だったからだ。そしてその道中運が悪い事にその魔王軍の残党である魔獣にバッタリ出くわし、襲われかけたが、その窮地を同じく冒険者志望な少年によって救われた。少年はイオと同じくシルクレッド王国の出身ではあったがイオよりも遠い田舎から王都を目指し、野宿を挟みながら向かっている逞しいヤツだった。イオは恥じらいを感じながらも自分の安全のために少年と共に寝食を共にしつつ王都を目指し、そしてようやくここまで辿り着いた……細かく思い出してみたが、魔獣に襲われたこと以外、あまり目立つような事柄が起こっていない事に気付いて……それに対してイオは少々衝撃を受けた。男女が寝食を共にすれば、それなりに卑猥な事が起きてもおかしくはないハズだが……少年は自分を女として見ていなかったのではなかろうかと少々不安になった。
「――家政婦ギルドが一番適しているとしか言いようがない……とんでもない掃除洗濯料理スキルです」
「…………………………ふぇ?」
現実逃避のためにいろいろと思い出してみたものの、却って衝撃や不安を覚えたせいか精神的にいろいろと冷め、現実に戻って来ざるを得ない心境に陥った直後、イオは修道女の声を聞き……想像とは違う台詞であったため、イオは唖然とした。
「なんという事でしょう」
修道女は先ほどからと同じぎこちない笑顔のまま告げる。
「冒険者ギルドがご希望だと先ほどおっしゃいましたが……正直に言いましょう。もったいないですよ! だってあなたに備わっている掃除洗濯料理スキル……通称家事スキルの数値、達人級はあるではありませんか! 冒険者ギルドではなく家政婦ギルドに所属した方が、よりそのスキルを活かせますよ!」
「え、ええええぇぇぇぇー」
もはや、苦笑するしかなかった。
本当は文句を言ってやりたいところであったが、それが自分に備わっている能力ならば文句は言えない。
さらに言えば、修道女はイオが隠したかった事に、魔導具の眼鏡を使っても全然気付かなかったのだ。修道女の検査が甘かったせいかどうかは分からないが、それでもそんな不幸中の幸いな検査の結果に、寧ろイオは感謝さえしていた。
けれど……それでもイオは、冒険者になるのを諦め切れなかった。
「ごめんなさい。申し訳ないとは思いますが、やっぱり私、冒険者になりた――」
だから文句を言う代わりに、断る事にした……のだが、その言葉は最後まで言えなかった。
「あっれぇ? ちょっとレナちゃん! なんでウチのギルドの求人広告が執事及び家政婦ギルドの掲示板に貼ってあるの!?」
話の途中で、そんな大声が安定所の奥の方から聞こえてきたからだ。
冒険者志望少女は話を途中で邪魔され怒りを覚え、顔を引きつらせた。
「おやおや、その声はレオン様ではございませんか」
「……ふぇ!?」
だが声の主であるレオンという男性が。基本的に黙々と、自分に向いたギルドを真剣に探している者達が集うギルド安定所で周りの事などお構いなしに堂々と大声を張り上げるような男性が。安定所ではお馴染みの人物である事が修道女の口から明らかになり、イオの怒りは驚愕へと変わった……その直後、
「見つけたぁ! ちょっとレナちゃん、どうして僕達のギルドの求人広告が冒険者ギルドじゃない掲示板に貼ってあるの!?」
なんとそのレオンが、ドタドタと音を立てながらイオの背後に現れた。
どうやら、目の前でイオの相談相手をしてくれている修道女がレナらしい。
イオはビックリして、そして怖いもの見たさのせいなのか……思わず、反射的に後ろを振り返る。するとそこには、怒りで眉間に皺を寄せた、イオより数歳くらい年が上くらいの若い男性がいた。
「おや、そちらが運営なさっているのは〝清掃ギルド〟だと伺いましたが?」
「……ふぇ?」
修道女レナの口から出た初耳な言葉に、イオは困惑した。
「だからってなんで執事及び家政婦ギルドに分類されなきゃいけないの!?」
「だって、魔獣と戦ったりしないでしょう?」
「戦うよ! もしもって時は!」
「ホウキとチリトリで戦うのですか?」
「ちゃんと武器も携帯するよ!?」
そしてまた、このギルド安定所ではお馴染みの口論は始まる。
レオンという青年が所属しているギルドを、冒険者ギルドに分類すべきか否か、そんな些細な疑問により端を発した論争が。
そして冒険者志望のイオは……そんな他者からしたらどうでもいい論争を、苦笑しながら第三者視点で眺める事しかできなかった。
後にこの出会いが。
自分の中の、この世界に対する見方を変えるキッカケになろうとは。
夢にも思わずに……。