Story016 偽入団員
「俺達のギルドは【国営ギルド】……文字通り国が運営するギルド。さらに言えば『国の顔』と言うべきギルドだ」
アノンの上司となるギルド長アッシュは、空腹で頭がロクに働かないまま【国営ギルド】について説明をされてもワケが分からないだろうと判断し、イオとアノンを始めとする、説明を聞きたい他の新人冒険者と共に昼食を、立ちながらとりつつ改めて説明する。
「そしてそこで働く以上は、他の冒険者達にとっての模範になりうるような人格者でなければ、冒険者のみならず、冒険者という職業が生まれた……シルクレッド王国を始めとする国家が存在する、ここアーシスベルグ大陸の情勢を確認している、大陸外の他国に対しても示しがつかない」
「ここにいるみんなの中には知っている人もいると思うけど、ここシルクレッド王国に、魔王と呼ばれる存在が、この世界に侵攻するための〝孔〟をかつて開いた」
同じく昼食をとりつつ、レオンは言う。
「その後、勇者様達のおかげで、魔王を倒す事はできたけど……そのための戦争が何年も続いて、戦争に関わった国がボロボロになって、さらに魔王は、ハタ迷惑な置き土産……今では『ダンジョン』や『ステージ』と呼ばれる異質な地域を遺して今もそのままだ」
「大陸外の国々から見れば、そんな異常な地域が存在する荒廃した地域と交流して利益を得られるとは思わない……普通はそう判断する。しかし」
新たに料理を取り皿に乗せながら、アッシュは説明を継いだ。
「戦後、なんとか生き延びた勇者様達と、王侯貴族とその関係者が、その置き土産を逆に、アーシスベルグ大陸の観光の目玉として他国へと宣伝して、さらにはその『ダンジョン』や『ステージ』で活躍する事ができる新たな職業『冒険者』を生み出した事で、戦争を乗り越え、さらに敵国のハタ迷惑な置き土産をも受け入れ活用する強かな大陸、という感じで、大陸外の国々に認識されるようになり、ついでに興味を抱いてもらった事で……現在我が国には、大陸内外問わず、多くの国の出身の冒険者が存在する……のだが」
「誰もが節度を守る冒険者になるとは限らない」
レオンがまたしても説明を継いだ。
ちなみにいちいち説明を継ぐ、という面倒臭い事をするのは、互いが食べる時間を確保するためである。決して、新人冒険者達に対し良い顔をしようなどと考えての事ではない。
「人は誰しも、真面目な人格者とは限らないからね。中には素行の悪い冒険者も、もちろんいる。僕の隣のアッシュが、取り締まらなきゃいけないような人達がね。そしてそんな冒険者がいると、その人のような人こそが冒険者の在るべき姿だと、誤解する冒険者も出てきて……国としてはとっても恥ずかしい。だからこそ【国営ギルド】……国が運営するギルドが選抜した、人格者な冒険者である君達のような存在が必要なんだ。たとえ偽入団員を使った選抜方法を実行してでもね」
レオン、そしてアッシュは、先ほどの合同入団式で、不敬な発言どころか仲間を募る、なんて事までやらかした男女の方を見た。二人の説明を今まで聞いていた、イオとアノンを含めた新人冒険者達もそちらの方を向く。
そこには例の二人だけでなく……彼らの仲間であろう。合同入団式では関係者席の方に座っていた複数の男女が集まり、談笑している光景があった。
「彼らは国営の人材派遣ギルド『灰園の春華』の構成員……まぁギルドという単語自体が、アニス様の前世の世界で言うところの、人材派遣系の職場という意味合いらしいがそれはともかく」
そこまで言ってアッシュは、一度溜め息を吐いてから、改めて説明を始めた。
「あの人材派遣ギルド『灰園の春華』は……如何なる【国営ギルド】にも助っ人に来てくれるギルドだ。と言っても、ダンジョンの攻略などの戦闘面での助っ人じゃない。ギルドの事務作業や、今回のような……不真面目な新入団員を間引くための要員としての助っ人だ」
それは、我々の世界で言うところの『サクラ』だ。
事務仕事も請け負うという部分で違いこそあれど、こちらの世界でも、犯罪者として捕まってもおかしくない職種である事に変わりはない。
しかし時には、そんな存在もいなければ成せない事もある。
それが現実というモノなので、アッシュは警備ギルドを率いるギルド長として、複雑な心境なのだろう。彼はまたしてもその場で溜め息を吐いた。
「アッシュは今回出ていった、不真面目なヤツらも徹底的に鍛え上げれば、マトモな人格者になるかもしれないって思っている派だもんねぇ」
主菜に満足したのか、今度は果物の盛り合わせを別の取り皿に乗せながらレオンは話を継ぐ。
「でもその不真面目なヤツらが全員、アッシュのような硬派な団員ばかりのギルドに入団するとは限らないんだから、こればっかりはしょうがない処置だよ」
「それはそうだが、だからと言って、更生させられるやもしれんヤツまで出ていくのは……さすがに看過できん」
「だったら探偵ギルドに頼んで、出ていったヤツを一人ひとり探して警備ギルドを始めとする硬派なギルドに入団させたら?」
「良い考えだ。しかし、人件費などを考えると相当な博打だ。無理やり国営ギルドへと入団させた連中の中に、果たして将来、この国のために真面目に働いてくれるヤツがどれだけいるか――」
※
イオは、今まで見た事がない料理を食べながら二人の話を聞いていた。
しかし終始、真面目な話ばかりであるためか。そして途中からレオンとアッシュの真面目な会話になったためか。聞いている内に混乱してきて……その料理の味を正しく認識できてはいなかった。
「難しい話してるね二人共」
新たな主菜――肉料理を取り皿に乗せながらアノンは言う。
もはや彼は、難しい話に対する思考を放棄しようというのか。もう二人の会話ではなく、料理の方へと視線を向け、そして咀嚼した。弾けるような笑顔になった。
確かに難しい話である。
しかしだからと言って無視していい話ではなかったので、さすがにイオはアノンに「い、一応聞いとこうよ」と言ったが、アノンはもう料理に夢中になっていた。
王都イルンへの旅路で一緒だったため、イオはアノンがどれだけ食いしん坊かを分かってはいたが、上司達の説明よりも食事を取る、その様子にはさすがに呆れるしかなかった。いや気持ちは物凄く分かる。新人には難しい会話であるのだから。
だがイオは、それでも……たとえ食事をとりながらでも、ついでに言えば料理の味が分からなくなっても、できる限り、二人の話の理解を優先しようと努力した。
自分という存在を受け入れてくれた上司のためにも。
自分にギルドというモノの存在を教えてくれた人のためにも。
そして、自分がギルドに入った目的のためにも