Story014 入団式
「いやーまさか、アニスさんの大声で、ほとんどの冒険者が気絶するなんてね」
しかしそんなイオの様子に気付かないのか、彼は自然に両手を離し、笑顔で状況の説明を始めた。
なぜか勇者を『さん』付けで。
「なんだか嫌な予感がして、耳を塞いでおいてよかったよー。でも俺の周りのほとんどの冒険者がバタバタ倒れちゃって。俺は今、倒れなかった人達と、倒れた冒険者達の看病をしてたんだけど、まさかここで、イオちゃんと再会できるなんて思わなかったよー」
「…………ふぇ!? あ、うん……あ、ありがとう、アノンくん」
そんなあっけらかんとした彼の説明に、一瞬遅れて返事をするイオ。
異性にここまで距離感を詰められたから、というのもあるだろうが、状況が状況なのでいったい何が何やら分からないのである。
とその時だった。
「――にを考えているのよ! あれだけ、アレだけはもう二度とやるなと、言ったわよね!?」
「いやー。それでもやりたくなっちゃってねー」
「なっちゃってねー、じゃない!! おかげで新入団員のほとんどが気絶したじゃないのよ!!」
「そ、それは……スマナイと思ってるけどー」
「思うならやるなよ!?」
「ま、まぁまぁミリアン。アニスも反省しておるし、今回はこの辺で――」
「やらないで後悔するくらいなら、私はやって後悔したい!」
「今はそんな王道ヒロインな台詞を吐く場面じゃない!!」
「あ、アニス!? せっかく拙者がうまく話をまとめようとしてたのに!!」
言い争う声が聞こえて、イオは視線をそちらに向けた。
するとそこには、なんと正座している状態でガミガミと怒られているアニスと、アニスに対し怒っている、眼鏡をかけた礼服の女性、そしてその女性を宥めようとしている、鎧を装着した男性がいた。
「…………え? だ、れ……?」
大声を出して怒られるという……勇者らしからぬ勇者にも驚きだったが、勇者を呼び捨てにしたり、その勇者をあそこまで怒るとは。果たして鎧を装着した男性、そして眼鏡をかけた女性は何者なのか。
「アニスさんを怒っているのはね、大地の勇者ミリアン=グースさんだよ。王都で先生やってるらしいよ、あれでも。でもってミリアンさんを宥めようとしているのは雷の勇者のジオ=ウルガンドさん。この国の戦技教官だって。無事だったギルド関係者が教えてくれた」
アノンは苦笑しつつ、イオに教えてくれた。
「あ、あれがミリアン様と、ジオ様なんだ……」
故郷が田舎故に、あまり情報が入ってこなかったのでうろ覚えな知識だが、イオはそれでもなんとか勇者に関する知識を思い出した。さすがに、容姿云々の知識はなかったが、それでも勇者の名前くらいは全員覚えている。
まさかその勇者が、勇者に憧れる者もいるだろうこの会場内で、俗っぽい感じで説教たれたり怒られたりするとは……なんだか新鮮だった。
「……ところで、どうしてアノンくんはここに?」
しかし、今は勇者に見惚れたりしている場合ではない。
式が中断し、混乱した今こそ、できる限り現状把握に努めなければ……これから先、ギルドの仕事に付いていけないかもしれない。
初っ端から混沌としているギルドの行事を前に、なんとなくだが、そんな予感がしたイオは……まずはアノンに、そう問いかけた。
すると彼は素直に「あー、それはね」と笑顔で説明してくれた。
「この会場内にいる、俺が合格したギルドのギルド長によれば……なんでもこの場にいる冒険者達が所属しているギルドは、主にシルクレッド王国からの依頼で動く【こくえーギルド】……ってヤツなんだって」
「こ、国営?? そ、そういえば、合格通知と一緒に入っていた紙に、そう書いてあったけど……いったいそれって……?」
自分の常識の外にある答えだったため、イオは困惑した。
「詳しくはまだ聞いてないけど、その【こくえー】のギルドは、他の【こくえー】ギルドと連携して依頼をこなす事もあるみたいで……だから今から仲良くなるために、こうして合同で『入団式』をやってるんじゃないかなー?」
「な、なる、ほど……?」
まだ釈然としない部分はあるが、イオはとりあえず納得した。
※
その後。なんとか会場内の冒険者全員が覚醒し、式は再開された。
だが当然というかなんと言うか、アニスによる挨拶はあれきりとなった。
『続きまして、同じく元勇者の一人であり、現在我が国の学院において歴史及び、考古学の教師をなされているミリアン=グース様より、ご挨拶をいただく!! 新入団員一同起立ッ!!』
司会進行役の男性の指示に、今度は困惑などせずイオ達は立てた。
勇者達の勇者とは思えないやり取りによって、緊張が和らいだのかもしれない。
『えー、まずはウチのアニスに代わって、謝罪をさせていただきます。誠に申し訳ございませんでした』
しかし先ほどまでの状況が状況なだけに謝罪会見っぽくなってしまい、新入団員達は思わず苦笑した。
『さて、まずみなさんにお聞きしますが、みなさんはギルドに対し、どんな印象をお持ちでしょうか?』
しかしそんな微妙な空気は、ミリアンが持つ知的な雰囲気、そしてハキハキした声によって、適度に張り詰めた。先生になって身に付けた技能だろうか。
『未知なる地を冒険し、宝を手に入れる。もしくは、人手を求める依頼人の依頼をこなして金を稼ぐ……そんな印象かもしれません。大体は当たっています。ですがみなさんがこれから所属する国営ギルドは……そんな博打紛いな事はさせません』
……………………………………………………んんんん?
その瞬間。
会場内の男女混合の百人近い新入団員全員が困惑した。
しかし大地の勇者は、そんな事などお構いなしだと言わんばかりに『大体、非効率的じゃないですか』と再び話し出す。
『これまでの、主にアニスが中心となって作ったギルドの歴史から見れば、確かにアメリカンドリームならぬダンジョンドリームを掴んだ人もいます。ですがその反面、なかなか稼げず落ちぶれた冒険者も多いです。それだけ冒険者というモノは、稼ぎがある時とない時の振れ幅が大きく先が読めない、家計的にとても危険な仕事です。というか正直にここで言ってしまいますが、それは――』
するとその時。
新入団員達は気付いていなかったが……アニスとジオが微妙な顔をした。
しかしミリアンは、そんな二人を気に掛ける事なく、今まで何度も言ってきた事を、この場でまた告げた。
『――【民間ギルド】だけの話です。ですが私達が運営している【国営ギルド】は違います。確かに依頼の難易度などを問わず、年間得られる収入は【民間ギルド】の、ダンジョンドリームを掴んだ冒険者に比べると安い方かもしれません。ですが入団し続ける限り、安定した収入を約束して家計にも優しく――』
「オイなんだよそれ!!」
「全然聞いてねぇよ!!」
するとその時だった。
新入団員達が座っている、縦横綺麗に正方形に整列した百席の椅子の中心部から怒鳴り声が聞こえてきた。
百名近い新入団員が、一斉に声がした場所を見る。
そこにいたのは、礼服こそ着ているものの、それをだらしなく着こなす、人相の悪い男女二人組だった。
「俺達は簡単そうな仕事で、それでいて楽~に稼げる職場を探してたっていうのによぉ!!」
「こういう事かよ!! ギルド安定所も【国営ギルド】もフザけんなよ!! 詐欺かよバカ野郎!!」
二人は唾を飛ばしかねない勢いで、壇上のミリアンを怒鳴りつけた。
すかさず司会進行役の男性が「そこ!! 静粛に!!」と怒鳴り返すが、二人は「うるせぇよこの野郎!!」と再び怒鳴る。
「俺達はそのダンジョンドリームを掴むためにここに来たんだ!! なのに収入が安いとはなんだよクソが!!」
「こんな事なら、アンタらが言う【民間ギルド】の方に行けばよかったわよ!!」
『……先ほども言いましたが【民間ギルド】の仕事は博打も同ぜ――』
「っるせぇよこのアマ!!」
「勇者なのかもしんねーけど、あまりチョーシこいてんじゃないわよ!!」
壇上のミリアンが、再度説明をしようとする。
だがその説明を聞く耳を、二人は持たなかった。
「もういい!! 俺達は【国営ギルド】には入らねぇ!!」
「引き留めても無駄だからね!! アタシも【民間ギルド】の方に行く!!」
「おい、他にも【民間ギルド】の方に行きたいヤツ!! お前らも来いよ!!」
勇者の事を詳しく知っている者からすれば、あまりにも不敬極まりない言動だ。しかも式の最中に同志を募るとは。常識知らずにもほどがある。
だがその常識知らずな行動が、逆に新鮮に思えたのだろうか。
彼らと同じく、収入面で不満を覚えた者達が「じゃあ俺も辞める!」と威勢よく立ち上がり、そのまま一緒に会場の出入口へと歩いて出ていった。
※
まさかの事態が起きた後、会場内はうるさいくらいの沈黙に包まれた。
イオもアノンも、残った他の新入団員達も、いったいどんな反応をすればいいのか……まったく分からなかった。
だが、そんな沈黙を破る者がいた。
『んーと……ちゃんと【国営ギルド】について知っていた人、そして何らかの目的があるから残った人……合わせて六十人強か。前回よりは残ったわね』
それはこの事態を引き起こす原因となった挨拶をした、ミリアンその人だった。
なぜ当事者が、残った人達をのん気に数えているのか。
その意味がまったく分からず、新入団員達は再び困惑した。
しかしミリアンは、そんな彼らの困惑など知った事ではないのか、
『では、合同入団式を再開しましょうか』
再びハキハキした声を、新入団員達へと向けて発したのだった。