Story012 合否
「ご想像の通り、確かに雇われているみたいです……けどギルドとして独立もしているらしいですよ?」
女性職員は掃く手を止め、説明した。
「私、いつだったか酒場で、そのギルドの人とお会いした事があって、いろいろと聞いたのですけど……どうもただ単に清掃しているワケじゃないみたいです」
「……というと?」
「ん~~……あの時は酔った状態でいろいろ聞きましたから、よくは覚えていないのですが……きっとダンジョンの浄化、とかしてるんじゃないですか?」
「……ふぅん。浄化ねぇ」
顎に手を当て、納得する成年。
「あ、もうそろそろ人が多くなり始める時間ですね」
女性職員は、成年が走ってきた道の先を見ながら言った。
いったい何だと思い、成年がそちらへと顔を向けると、道の先から、成年と同じような格好をした郵便配達員が走ってきていた。
彼女は配達員を見ながら「そろそろお掃除しませんと」と言った。
どうやら、配達員が現れる時間から時間帯を把握していたらしい。
「そ、そうですか。邪魔してすみません」
「いえいえ」
そう言って頭を下げ、成年が走っていくと、入れ替わるようにして郵便配達員が女性職員の前に現れた。
「いやぁ、今日もご苦労さん」
郵便配達員が女性職員に声をかける。
先ほどの成年と同じような素朴な格好で、配達する郵便物を大量に入れた郵便鞄を肩から提げた、女性の配達員だ。
「いえいえ、あなたこそいつもご苦労様です」
女性職員もねぎらいの言葉を彼女にかける。
どうやら二人は古い付き合いのようである。
「今日もアンタんトコの宿への郵便があるよ」
配達員は郵便鞄の中をゴソゴソとかき回し、同じ届け先の郵便物をひとまとめにした束を取り出した。十数人分はあるだろう手紙の束だ。
「この中から、何人が冒険者になるのかねぇ」
「きっと全員なると思います」
「いやいや全員て」
冒険者ギルドが生まれ始めた一昔前に比べれば、少しは冒険者志望の者が減っているものの、それでも徐々に増加している冒険者の競争率的に、それはないだろうと郵便配達員は言おうとしたが、やめた。
なぜならば、女性職員がどれだけ多くの合格者の歓喜を、そして不合格者の悲哀を見てきたのかを知っているからだ。
そしてついでに言えば、勇者が名付けたという理由だけで話題を呼び、宿泊希望者が多くなり過ぎて、宿泊する事ができないお客様がどれだけいるのかを、知っているのだから。
「まぁとりあえず、たくさんの人が合格できるといいね」
「ええ。そうですね」
二人は微笑み合い、そして女性職員は郵便物を受け取った。
※
早朝にそんなやり取りがなされているのとほぼ同時刻。
イオはエンレイ亭の自分の部屋の寝台の上で、既に目を開けていた。
だがその目は充血していた。
「……ぜ、全然眠れなかった」
どうやら、アノンの声援を受けてもまだ緊張していたらしい。
「きょ、今日通知が来るんだよね……ああああどうしよう。もし不合格だったら」
睡眠不足故か冷静になれず、頭を抱えて慌てるイオ。
「そ、そうなったら本気でアノンくんに養ってもらお……ってダメダメ年頃の男女が同じ屋根の下とかああああぁぁぁぁ――――――ッッッッ!!!!」
そしてその混乱はさらなる混乱を呼び、さらなる境地へと――。
「うっせえぞ!! もう少し静かにしろや!!」
――至りそうであったが、一瞬で冷めた。
隣室から聞こえてきた、怒鳴り声によって。
「あ、ご、ごめんなさい!」
慌てて謝るイオ。
声はそれ以降壁越しに聞こえなくはなったが、それでも彼女の心には罪悪感だけが残った。
(うぅ……誰かを怒らせるだなんて……私、もう自信が無いよぉ)
先ほどの慌てっぷりから一転。
彼女は怒られた事ですっかり落ち込んだ……のだが、
「う、うおおおおおおお!!!! 受かったぜえええええ!!!!!!」
先ほどとは反対側の部屋から聞こえてきた大きな声にビクッと反応した。
「な、なになに!?」
イオは最初、何が起こったのか理解できなかった。
だが理解できないものの、身の危険が迫っている場合に備えて、反射的に毛布を深く被り、身を守る体勢をとった。
毛布越しに、最初に怒声を放った人の「静かにしろやごらぁ!!」といった怒鳴り声が聞こえたような気がしたが、声を上げたのはイオではないので彼女は完全に無視した。
けれど、その他の声の方は全然無視できなかった。
「やったあああああああ!!!! 受かったあああああ!!!!」
「ああああああ!!!! アルテラの神々ありがとおおおおおお!!!!」
「ああああああ神様ああああああ!!!! お慈悲をおおおおおおお!!!!」
「このエンレイ亭の噂は本当だったぜえええええええ!!!!」
歓声嘆声入り交じる、なんともやかましくも微笑ましい重奏が早朝のエンレイ亭にて奏でられる。
イオは咄嗟に耳を塞いだ。
寝不足の状態で聞くこれらの声はさすがに殺人的だった。
だが耳を塞いだおかげかその時になってようやく、彼らがなんて言っているのかを理解できた。
「ま、まさか……通知の結果?」
呟くと同時。彼女は寝台を降り、出入口である扉を目指した。
しかし扉を開けるまでもなかった。扉の取っ手に手を掛ける前に、扉のそばの床に茶色い封筒が落ちている事に気付いたのだ。
よく見ると、扉と床の間にわずかな隙間がある。
もしかすると、そこから入れられたのかもしれない。
「あ、あわわわ……つ、ついに通知が来たんだ……」
自分のこれからを決する、運命の封筒をイオは拾い上げる。緊張のあまり、手が震えた。頭の中が真っ白になる。
――いっその事、開かなければいいんじゃないか?
そんな考えさえ過った。
しかし彼女は手放さない。
手放すワケには、いかない。
なぜならば。
この瞬間のため。
彼女は死ぬ思いをしてまで……ここまでやってきたのだから。
ここで手を放し、見てないフリをしてしまえば。
これまでの努力を、そしてこれまで出会った人達からの声援を……全て、無駄にしてしまうから。
だから彼女は、封筒の封を切った。
結果は――。