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Story010 君がくれたもの


「イオちゃん。えっと、その……なんて言ったらいいか、分からないけど……」


 必死に(なぐさ)めの言葉を考えるアノン。

 しかし相手を慰めるという経験をあまりした事がないため、うまく考えをまとめられない。


(へ、下手したら自己嫌悪に(おちい)ってしまうかも……ど、どうしよう……?)

 悩みに悩み、ついには周りをキョロキョロと見回したり両手で頭を抱えたりと、慌て出すアノン。


 それを見たイオは、まだ不合格だと決まっていないのに、いつまでも面接の事で(うつ)な気分になっている自分自身がバカらしく思え、クスリと笑ってしまう。

 わずかながら、イオの中から(うつ)な気分が消えた気がした。だが慌てているアノンは(いま)だにそれに気付かず、さらに慌て……その結果、彼は妙案を思い付く。


「い、イオちゃん!」


「え? は、はい?」


 アノンのおかげで、ある程度は(うつ)な気持ちが消えたイオは、頭上に疑問符を浮かべつつ返事をした。

 だがその疑問符は、アノンが次に発した言葉のせいで瞬時にピンと真っ直ぐ伸び感嘆符へと変化した。


「イオちゃんが無職になったとしても、俺が養ってあげるから!」


 それは、聞きようによっては求婚のようでもあった。


 野性的な風貌の金髪の少年からの求婚。

 しかも性格は天然にして(さわ)やか草食系(?)。


 女性から見れば、それなりに魅力的な要素が(そろ)っているアノン。

 その言葉を聞いた途端、イオの顔が徐々に、再び(あか)みを()びていく。最終的にはトマトのように真っ赤になり、今にも顔から蒸気が出そうだ。


 しかし実際のところ、アノンに求婚したつもりはまったく無かった。

 ただ、イオの『冒険者になりたい』理由を知らないなりに、そして彼女の友達として、できる限り助けたいと思っての言葉だった。


 だからこそ、アノンは気付かない。

 なぜイオが、顔を赤くしているのかを。


 そしてなぜ周囲の人達が自分とイオへと拍手と声援を送っているのかを。


「???? どうしたのイオちゃん? 顔が赤いけど? というか、なんでみんな俺達を見てるの?」


「え、えぇ……っと……アノンくん、その、気持ちは嬉しいんだけど……」


 イオは周囲の視線が気になり、(しゅう)()心を覚えながらも、なんとか頭を回転させ、いくらか逡巡(しゅんじゅん)した末に口を(ひら)く。


 今の内に言っておかないと、次はいつ言えるのか分からなかったから。

 そして、今の内になんとかこの場を収めなければ……(あと)でいろいろと、変な(うわさ)が広がるだろうから。


「私はまだ、ここで終わる気は……ない……よ……?」


 (しゅう)()心のせいで、うまく喋る事ができないものの、なんとか言葉に出す。

 先ほどのアノンの狼狽(うろた)えっぷり、そして求婚にも似た(はげ)ましの言葉のおかげで、また前に進もう、と思えた事を。


 自分にいろいろなモノをくれたアノンへと、感謝を込めて。


「不合格だと決まったワケじゃないし……それに、まだ、この国のギルドは……星の数だけあ――」


「え? まだ不合格って決まったワケじゃないの?」


 とここでようやくアノンは、イオがまだ不合格ではない事を知った。


「――えっ?」


 イオもワケが分からず、唖然とした。



 ――両者の間に、なんとも気まずい沈黙が生まれた。



「な、なぁんだまだ不合格じゃないんだ!」

 だがその沈黙を、アノンは嬉々(きき)とした顔ですぐに破った。


「ならまだ合格する可能性はあるよ!」


 養う発言から一転、希望に満ち満ちた、合格発言をするアノン。

 一方でイオは、相変わらず状況が理解できずポカンとしている。


 ついでに言えば、二人に注目していた、たくさんの人達もどういう状況になったのか理解できずポカンとしていた。


「それにね」

 しかしそんなイオ達の様子に気付かず、アノンは言葉を続ける。


「少なくとも、俺はイオちゃんが、王都までの旅の間、一緒にいてくれて良かったって、心の底から思ったよ」


「!!?」


 ワケが分からない発言からの、まさかの口説(くど)き文句。

 あまりにも予測不可能な不意打ちの発言だったがために、またしてもイオの心は揺れる。ついでに道行く人達の心も揺れ、歓声が上がる。


「最初は俺、一人でも王都への旅は大丈夫だって、本気で思ってた。でも、何日か()った頃、とてもとても(さび)しくなった。でもね、イオちゃんと出会って、助けて、一緒に旅をして、友達になって、お喋りをして、一緒に困難を乗り越えて……俺は一人じゃなくなって、とってもとっても、胸の(あた)りが温かくなった」


 自分の胸に両手を当て、目を(つぶ)り。

 これまでの(たび)()であった事を改めて思い返しながらアノンは話し出す。


「だからさ、仮に今回のギルドがダメだったとしても、絶対どこかに、イオちゃんを必要としてくれるギルドがあるよ」


 次の瞬間。アノンの言葉に合わせたかのように、風が吹いた。

 それはイオとアノン、そして二人の周囲の人達の髪を優しく()で、なびかせた。

 気温が下がり、涼しくなってはいるものの、それでもその風は、まるでこの春に新たに王都を訪れたギルド勤務希望者達を歓迎してくれているような……そんな、優しい風だった。


「だからさ、もう落ち込まないで。絶対合格してるって、一緒に信じよう?」


 アノンが再び笑顔を作る。


 心の底から、今を楽しいと思っている、その笑顔。

 優しい春風が舞う、夕暮れの世界を()えさせる、その笑顔。

 共に王都イルンを目指してから今までに、イオが何度も見た、その笑顔。


 何度も何度も(くじ)けそうになっても、その(たび)に希望をくれた……その笑顔。


「うん。分かったよ、アノンくん」

 そしてイオは、そんなアノンの笑顔を見て……決意した。


「私も、信じる。私を必要としている人が……アノンくん以外にも絶対いるって」


 前に進もうとするだけでなく。

 自分自身の可能性を……信じる事を。


 それを聞いてアノンは「うん」と、元気よく(うなず)いた。


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[一言] 家事スキルを生かして専業主婦もありかも?
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