Story001 冒険者志望少女
「冒険者ギルドへの登録方法は、ここ数年でいろいろと変わりまして」
ギルド安定所。
どのギルドが自分に合っているのか、それを冒険者志望のお客様と一緒に調べ、考えてくれる王立機関の一つの、受付を担当している女性――柔和な顔を浮かべた一人の修道女はいつも通り、まずそう話を切り出した。
目の前の、受付用の机を挟んだ向かい側の椅子に、礼儀正しく膝を揃えチョコンと座る少女――修道女の説明を聞いて目を点にした、修道女より二、三歳は年下であろう冒険者志望の少女へと向けて。
どう説明をすればより分かりやすいかを、頭の中で考えながら。
「最初の頃は、お客様もご存知の通り、冒険者になりたいと願う者であれば誰でも好きなギルドの本拠地へと直接赴き、面接なり何なりそのギルドで行う試験を実施し、合格すれば即登録、というのが常識だったのですが、五年前……くらいですかねぇ? とある大人気の冒険者ギルドの登録者から、今いるギルドの雰囲気が嫌だから別のギルドへと移りたいのに脱退ができない、という訴えがあったので、我々《教会》が調査してみたところ……実はそのギルドは、脱退するために必要な手順を敢えて複雑にする事で、登録者に脱退する気を失わせて今まで冒険者を増やしていた、という事実が判明しまして。もしかすると、他にもあるのではないかと思い全てのギルドを調査した結果、他にも似たような決まりのあるギルドを発見したのです。中には最悪の場合、脱退できない、なんてフザけた決まりのあるギルド……最初にお話しした、脱退の手続きを複雑化した冒険者ギルドもひっくるめて世間では『ブラック・ギルド』なんて呼ばれているギルドが出てきたものですから――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
黙って話を聴いていた冒険者志望の少女ことイオ=ライナースは、慌てて待ったをかけた。懇切丁寧に説明をしてくれるのは嬉しいと思うが、だからと言って長々と説明を……それも早口でされてはさすがに混乱するのだ。
「はい何でしょう?」
「わ、私、この前まで国外に住んでいましたから、まず……ギルド? その単語がそもそも何なのか分からないんですけど」
「ああ、外国の方でしたか。ならこの外国出身者用の、当ギルド安定所の登録用紙に書き直しを――」
「ち、違います!」
修道女の予想外の返答に、イオは慌てて否定を返す。
肌や瞳の色を見ればすぐ分かるんじゃないか、と疑問に思いながら。
「では、国外旅行にでも出かけていらしたのですか?」
登録用紙を置いてあった場所に戻しつつ、修道女は再び質問した。
「あー……まぁ、そんな感じです」
イオは曖昧に言葉を濁した。
それを見た修道女はイオの言動を疑問に思ったが、訪れる客はイオだけではないので……長々と説明しようとした先ほどとは打って変わり、さっさと説明を進める事にした。
「えー、まずギルドについてですが、簡単に言えば仕事の仲介所です」
それについてはイオも知っていた。
この『ギルド安定所』なる施設の存在共々、ここに来る前に教えられていたからである。
だが、その言葉の意味は分かっていても、そもそもどこの国の言葉なのかなどは皆目見当がつかなかった。
少なくとも、このシルクレッド王国の言葉ではない。
「ええっと、何語、ですか?」
なのでイオはおずおずと訊ねた。
「ん? ギルド、という言葉ですか? 勇者語ですよ、勇者語」
「…………ふぇ?」
「ん? ギルド、という言葉ですか? 勇者語ですよ、勇者語」
大切な事だからか二回言われた。
しかし言われてもイオには何の事か理解できなかった。
「お客様もご存知でしょう? 二十一年前に、この国で起こった事を」
すると、何を思ったか修道女は、イオにそんな質問をした。
なぜそのような質問を修道女がするのか、イオはまったく分からなかった。
しかし、答えられない質問というワケではない。
「魔王の、襲来ですよね?」
「ええ、その魔王襲来です」
それは、イオが小さい頃から聞かされ続けたこの国の歴史の一幕。
シルクレッド王国どころか、それが存在するアーシスベルグ大陸の住民であれば誰でも知っている常識である。
そして、イオの返答に肯定を返した修道女は……修道女という立場からして、話の中に出てきた魔王と少しは因縁でもあるのか、険しい顔をしながら話を続けた。
「二十一年前、時空の壁を越え、魔王と我々に名付けられた、謎の強大な存在と、その魔王が率いる大軍勢が現れました。そして勇者語とは、そんな魔王軍を打倒しうる存在として神々に選ばれた、七人の勇者の魂が元々存在した世界の言葉です」
先ほどのように長々と説明されるかと思いきや……思ったよりあっさりした説明だった。イオは思わず呆気に取られ、再び目を点にする。けれど同時に、あっさりとした説明だったため、すぐに理解する事ができた。
「な、なるほど。つまり……別の世界の言葉だと?」
「そういう事です。ちなみにこの勇者語ですが、詳しく学びたいのであれば……というか、どこのギルドに登録しようとも嫌でも耳にするので学んでおいた方がいいでしょう。同僚にいきなり勇者語で話しかけられても、まったく知らなければワケワカメでしょうし。というワケで――」
修道女は机の中を、何やらゴソゴソと漁り始めた。
いったい何をしているのかと、イオは気になり修道女の手元に注目した、まさにその時……修道女は机の上に、一冊の書物をドーンと豪快な効果音と共に置いた。
『勇者語大全』というタイトルが金色の文字で書かれている、赤色と白色の表紙の書物だ。
「光の神レイオス様の使徒であり元勇者様であり我らの総主教でもあらせられる、アニス=ナターシャ様がご執筆なさった本です」
あまりにも予想外な展開だった。
対するイオは「え、えぇ」としか返事ができなかった。
「我がギルド安定所登録者1000名様突破記念で、通常2000ロンのところ、今ならばなんと1500ロン」
「お金取るんですか!?」
「こちらも商売ですから」
イオの質問に、当たり前でしょうと言わんばかりの澄まし顔で修道女は答えた。
だがその台詞は、どう聞こうとも神に仕え物欲を捨てた修道女の台詞ではない。
「と、そうでした。そもそも当ギルド安定所の説明をしていましたね」
話が脱線している事に、今になって気付いたのだろうのか。修道女は話の方向を予告もなく無理やり変えた。
なんだか自由な修道女の言動に、イオは呆れるしかなかった。
「まぁとにかくギルド安定所とは、そんな一癖も二癖もある数々のギルドの中からお客様に合ったギルドをご紹介し、不正なき決まりの下で快くご登録ができるよう補助するために作られた施設です。そこでまずはお客様の潜在能力や固有能力……冒険者の間では『スキル』などと呼ばれるモノのパラメータ……すなわちお客様に備わっている『スキル』が、それぞれどの階級まで達しているのか、それを調べる事から始めます。というワケでそのまま動かないでください?」
「え、あぁはい」
未だに理解できない『勇者語』を交えつつ説明をする修道女の指示に、何の警戒心も抱かずに、イオは反射的に体を強張らせた。
「素直なお客様は好きですよ」
営業用の台詞なのか私的な台詞なのかは不明な台詞が修道女から出るのと同時、彼女は懐から一個の眼鏡を取り出した。
と言っても、普通の眼鏡ではない。
普通の眼鏡に比べると少々太い、銀色のリムやテンプルと、角度によって、複雑な構造をした金色の紋様が映る透鏡が特徴の眼鏡だ。
「これぞ各ギルド安定所と、ギルド安定所に登録されているギルドにしか置かれていない魔導具、その名も……スケスケメガネぇ♪」
「ッ!?」
確実にいやらしい特性がある眼鏡であると、名前からして即座に察するイオ。
と同時に彼女は反射的に、両腕で自分の胸を、隠すようにキツく抱き締めた。
「そんな身構えないでください」
思わず修道女は苦笑した。
「さすがにそこまでは視ませんよ。私だって殿方が好きですし」
「そこまでって、その気になれば視えるんじゃないですかっ!」
まったく安心できない修道女のその台詞に、イオは顔を赤くしながら反論した。
「まぁ確かにそうですが……そんな事をしたのがバレたら私は教会を追われるのでそんな事はしませんよぉ」
「今の『……』は何ですか!?」
明らかに逡巡したと思われる間だった。
だが当の修道女は、イオの言葉などどこ吹く風。
「まぁそれはともかく。この魔導具を使えば、お客様の能力を知る事ができます。そして判明したお客様の能力を参考に、こちらでお客様の能力や性格に適したギルドをご紹介させていただく……というのが、当ギルド安定所の仕事でございます」
なんやかんやで、話の方向を元に戻したのであった。
【本作の舞台設定】
漢字の単語→国内の単語
カタカナ単語→宗教名および国外の単語
漢数字→基本
アラビア数字→漢字が続く場合、住所など