181 シャーロットさんの新必殺技です
「今日の放課後、もう一度あの草原に行きませんか?」
お漏らし未遂事件から二日後。
学食で昼食を食べていると、シャーロットがそんな提案をしてきた。
「もぐもぐ。いいですよ。どうせ学校の訓練場だと、危なくて何もできないですからね」
ローラはオムレツを頬張りながら答える。
「それで、シャーロットは何を企んでるの? お漏らしなら付き合わないよ?」
アンナは真顔で尋ねた。
「そんなことしませんわ! 実は昨日一日、秘密の特訓をして、新必殺技を習得したのですわ。お二人には、そのテストに付き合っていただきたいのですわ」
新必殺技と聞いて、ローラとアンナは顔を見合わせた。
嫌な予感しかしない。
またラン亭での騒ぎのようになる気がする。
もっとも草原でなら、お漏らししても大丈夫だろう。
たんにシャーロットのパンツがびしょびしょになるだけである。
「分かりました。シャーロットさんの新必殺技とやらがどの程度のものか、確かめてあげましょう!」
そして放課後。
約束どおり、三人は草原にやってきた。
「ぴ!」
三人と一匹、である。
「それで、シャーロットさんの新お漏らし技とはどんなものなんです?」
「お漏らしはしないと言ったでしょう! 本当に凄い技なのですわ。それを証明するため……ローラさん、わたくしに軽く攻撃魔法を撃ってくださいな」
「軽くでいいんですか? 思いっきりやらなくてもいいんですか?」
「き、昨日覚えたばかりの技なので、まずは軽く、ですわ!」
「……シャーロットなのに随分と慎重な意見。さては偽者?」
などと言いながら、アンナはシャーロットのほっぺを指先でつついた。
「なんと。シャーロットさんの偽者になるなんて、物好きな人もいるんですね」
ローラも真似してつついてみた。
「本物ですわ! わたくしだって慎重になることくらいありますわ!」
「うーん。はっきりとした証拠が欲しいですねぇ」
「これが証拠ですわ。えい!」
シャーロットはローラを抱きしめてきた。
「おお、これは毎晩抱き枕にされている感触と同じです。間違いなくシャーロットさん」
「信じていただけてよかったですわぁ」
「まあ、シャーロットさんに化けて得をする人なんていませんからね」
「酷いですわ。酷いことを言うローラさんは、こうしてやりますわ!」
「はひー、ほっぺを引っ張っては駄目ですー」
ローラの頬は引っ張り心地がよいらしく、色々な人が隙あらば引っ張ろうとする。
今もシャーロットが、むにむにと引っ張りながら、幸せそうな顔をしていた。
人類の幸福に役立てるならローラも多少のことは我慢するが、しかし、こうしょっちゅう引っ張られるのは我慢の限界を超えている。
「シャーロット。新必殺技のテストをするんじゃなかったの?」
アンナが指摘すると、シャーロットはハッとした顔になる。
「ローラさんがお可愛らし過ぎて自分を見失っていましたわ。恐るべしローラさん!」
「私としてはシャーロットさんの行動のほうが恐ろしいですよ。それで、軽い攻撃魔法でいいんですよね。火の玉とかでいいですか?」
「ええ、構いませんわ。ただ先に確認しておきたいのですが、ローラさんの言う火の玉というのは、どの程度のものですの? まさか街を一発で火の海にするような巨大な火の玉ではありませんよね……?」
「握りこぶし大のです! 軽い攻撃魔法なんですから、そんな凄いの出すわけないじゃないですか。それとも街を火の海にする火の玉がお望みですか?」
「い、いえ、握りこぶしサイズでお願いしますわ!」
シャーロットは叫び、タタタと走ってローラと距離を取った。
「さあ、ドンと来いですわ!」
彼女は自信満々な顔でローラを見つめる。
もっともシャーロットが自信満々なのはいつものことなので、さほど珍しくもない。
ローラは手のひらの上に火の玉を作り出し、そして振りかぶって投げた。
それにしても、シャーロットは何のつもりで、こんなことをしているのだろうか。
この程度の火の玉、もともとシャーロットにとって脅威ではないはず。
防御結界で防ぐのも、攻撃魔法で相殺するのも簡単なことだ。
それをわざわざ草原に来てまでやっているのだから、深い意味があるのだろう。
と、ローラが不思議に思っていると、不思議なことが目の前で起こった。
シャーロットの目の前で、火の玉の軌道が曲がり、空の彼方へ飛んで行ってしまったのだ。
防御結界を使った形跡はない。
風の魔法などで吹き飛ばしたわけでもない。
おまけに不思議なのは、火の玉がそれる瞬間、景色そのものが歪んで見えたことだ。
まるで空間をねじ曲げたかのように。
「あ、シャーロットさん、もしかして!」
「ふふふ、そうですわ。今のわたくしの魔力では、次元倉庫の門を完全に開くことはできません。それを逆に利用し、半端に門を開くことにより、空間を歪め、飛んできた攻撃をそらすのですわ!」
「おお、凄い発想です! まるで頭がいい人みたいですよシャーロットさん!」
「このシャーロット・ガザード。転んでもただでは起きませんわ!」
シャーロットは胸を張って自慢げにする。
実際、本当に凄い魔法だとローラも思う。
空間ごと歪めてしまえば、威力の大小と関係なく、どんな攻撃でも反らすことができる。
「さあ、ローラさん。次はもっと凄い攻撃をしてくださいまし。もはや、わたくしにはどんな攻撃も届きませんわ!」
「じゃあハクに攻撃してもらいましょう。シン・ハクゲキ砲を撃つのです!」
「ぴー」
ローラは頭上のハクに強化魔法をかける。
するとハクは口からオレンジ色の光線を吐き、シャーロットに攻撃した。
ハクの光線は、鋼鉄を切断するほどの火力がある。
しかし、歪んだ空間を超えることはできず、空に反れてしまった。
「ぴぃ?」
自分の攻撃が曲がってしまった原理が分からないようで、ハクは不思議そうな声を出す。
「じゃあ、次は私が斬りかかってみる」
「望むところですわ。アンナさん、いつでもどうぞ!」
「……行くよ」
アンナは魔法剣を抜き放ち、風を操って素早くシャーロットの後ろに回り込む。
そして稲妻をまとった雷の魔法剣で斬りかかった。
刃がシャーロットに当たる直前、やはり景色が歪み、剣は地面に突き刺さってしまった。
「横に薙いだはずなのに、縦に振り下ろしてしまった……変な感覚」
「ふ、ふふ……空間を支配するわたくしには、いかなる攻撃も通じないのですわ!」
「でもシャーロット。ちょっと冷や汗かいてるよ。なんで?」
「ひ、冷や汗ではありませんわ。単純に暑いから汗をかいたのですわ」
「こんなに寒いのに? いつ雪が降ってもおかしくないよ」
「わたくしは暑がりなのですわ!」
「そうなんだ。それはそれとして……えい」
アンナは会話の最中なのに、不意に風の魔法剣をシャーロットに振り下ろした。
また景色が歪んで、アンナは振り下ろしたのと同じ速度で振り上げてしまう。
シャーロットは鉄壁の防御だ。
本人の言葉どおり、どんな攻撃も通じないように見える。
しかし、どうしたわけか、彼女の顔は青ざめていた。
「ア、アンナさん……急に攻撃しないでくださいまし! びっくりしたではありませんか!」
「そんなこと言われても。攻撃はいかにして相手の不意を突くかが大事だし。シャーロットのそれ、もしかして急には使えない?」
「つ、使えますわよ? 現に、アンナさんの不意打ちを跳ね返したではありませんか!」
「でも、すっごい汗かいてる。間一髪と顔に書いてある」
確かに、ローラからもそう見えた。
シャーロットの顔には、間一髪のほかにも「ヤバかった」「死ぬかと思った」など、色々な文字が浮かんでいる。
「ちょっと左右から同時に斬りかかってみよう」
アンナは二本の魔法剣をグッと握りしめた。
するとシャーロットは両手を突き出し、涙目になる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいな! 二カ所同時はいけませんわ!」
「どうして?」
「どうしても、ですわ!」
「……二カ所同時に歪めることはできないの?」
「そ、そういう説もありますわ」
「その説が正しいか、確かめてみよう」
「駄目ですわ! わたくし、真っ二つになってしまいますわ!」
「つまり、説じゃなくて、確実」
「……はい」
シャーロットはようやく認めた。往生際の悪い人である。
「どうしよう。シャーロットの新必殺技を早くも攻略してしまった……」
アンナは勝ち誇るのではなく、困惑した表情を浮かべ魔法剣を鞘に収めた。
「この程度で攻略した気になってもらっては困りますわ! 昨日覚えたばかりの技。まだまだ発展途上ですの! 今は不慣れなので一カ所を短時間しか歪められませんが……いずれ何百カ所も歪めて見せますわ!」
「なるほど……じゃあ、練習のため、今から私とローラでシャーロットをくすぐりまくるから、複数箇所を頑張って防御して」
「おお、それはよい考えです」
ローラはアンナの言葉に激しく同意した。
なにせローラはいつもくすぐられる側なのだ。
たまにはくすぐる側に回ってもいいだろう。
「な、くすぐられたら集中できなくて、空間を歪めるどころか普通の防御結界も張れませんわよ!」
「まあまあ。そこで集中力を鍛えるのも修行の一つですよ。それではシャーロットさん……お覚悟!」
「えいや」
「あーれー」