180 ラーメン屋で騒いだらダメだという教訓です
「がくちょーせんせー!」
「ぴー!」
そう叫びながらローラは学長室の扉を開け、更に隣にある仮眠室へと向かう。
仮眠室に入るには、複数の魔法トラップを超えなければならないが、ローラはすでに慣れっこだ。
一瞬で突破し、仮眠室に侵入する。
やはり大賢者はお昼寝の真っ最中だった。
困った人であるが、しかし、ここに来れば会える確率が高いという分かりやすさがあるので、そこは大変助かる。
「学長先生! 大変なんです!」
「むにゃむにゃ……どうしたのローラちゃん……アンナちゃんの魔法剣になにか問題でも?」
「いえ。魔法剣は別に……問題なのはシャーロットさんです!」
「シャーロットちゃんとローラちゃんが問題行動するのはいつものことじゃない」
「それはそうかもしれませんが……いやいや、いつものことじゃないですからね!? シャーロットさんはともかく、私は違います!」
「えー? あなたたち二人、いつもセットじゃないの」
「違います! それを言うならアンナさんはどうなんです? 私たち三人はいつも一緒ですよ」
「アンナちゃんは一緒に行動していても、止める側でしょ」
「むむ……日頃の行いを正しく評価されてしまいました……いや、しかし、私よりもシャーロットさんが問題児ですよ! ラン亭に来れば分かります。というか早く来てください! 大ピンチなんです!」
「なにがピンチなの?」
「シャーロットさんの膀胱が!」
「んー……?」
大賢者は訳が分からないという顔をする。
なんと物わかりが悪い人だろうか、とローラは憤慨しそうになったが、よくよく考えると、悪いのは自分の説明であった。
「早い話がですね。シャーロットさんが次元倉庫を開こうと頑張っていたら、小さな門を開いてしまったんです」
「あら、凄いじゃない」
「でも、その門にシャーロットさんの両手がスッポリはまってしまい、いくら引っ張っても抜けないんですよ」
「シャーロットちゃんらしいわねぇ……でも、ローラちゃんが門を大きくしてあげたらいいんじゃないの?」
「いや、それが。不思議なことに、いくら頑張ってもビクともしないんです。なんか変な開き方しちゃったみたいで」
「へえ……でも眠いから……あと三十分だけ寝ていい?」
「駄目です! なぜならシャーロットさんの膀胱が限界だからです! ギルドレア冒険者学園の生徒がラーメン屋でおもらししたという評判が広まってもいいんですか!?」
「それは困るわねぇ……まったく、あなたたちはいつもトラブルばかり起こすんだから。そんなだからエミリアの胃が痛くなるのよ」
「で、ですから、いつもエミリア先生ばかりに迷惑掛けるのもどうかと思い、今日は学長先生向きのトラブルを起こしたんです!」
「トラブルを起こさないって選択肢はないの?」
「私たちは起こしたくないんですが、トラブルのほうは放っておいてくれなくて……」
「まるで自分たちは悪くないみたいな言いかたね……ま、とにかくラン亭に行ってみましょう」
「シャーロットさんがお漏らしする前に! 早く!」
「ぴ!」
ローラとハクは大賢者の腕を引っ張りベッドから起こした。
そしてシュパパパと大急ぎでラン亭に向かう。
「シャーロットさんの名誉はまだ無事ですか!?」
「そろそろ限界ですわぁ! お助け、お助け~~!」
シャーロットは太股を擦り合わせたり、ピョンピョン飛び跳ねたりして、おしっこを我慢している。
おしっこの代わりに涙が流れている。
いつ限界が来てもいいように、ラン、ニーナ、アンナ、ミサキはモップを持って待機していた。
「ふむふむ……これは確かに面倒な開き方してるわね……どうしたらこんなに空間をねじ曲げられるの?」
大賢者は、シャーロットの腕の先にある門をしげしげと見つめる。
「知りませんわ、頑張っていたらこうなったのですわ! 観察していないで、早くなんとかしてくださいましぃ!」
「はいはい……でも、すぐには無理よ。これでもかって絡まった紐をほどくようなものなんだから」
そう言って大賢者は門に手をかざし、目を閉じて集中する。
「お願いします……早く……もう、無理ですわ……ああ、あああ」
「はい、抜けた」
ローラたちがいくら引っ張っても抜けなかったシャーロットの腕が、ついにスポンと抜けた。
その瞬間、シャーロットは叫びながらトイレに走って行く。
「ふぅ……危ないところでしたわ……」
しばらくすると、シャーロットが笑顔で帰ってきた。
「よかったですねぇ、シャーロットさん」
「お騒がせしましたわ」
「本当にお騒がせだったであります。大賢者殿でもほぐすのに時間がかかるほど空間をねじ曲げるとは、シャーロット殿はよほどねじ曲がった性格をしているであります」
「ミサキさん、聞き捨てなりませんわ! そんな酷いことを言うミサキさんはモフモフの刑ですわ!」
「のわぁっ、やはりそう来たでありますか! しかし、やられてばかりのミサキではないであります! おっぱいを揉んでやるであります!」
「ひゃんっ、ミサキさん、それは反則ですわぁ!」
シャーロットがミサキの尻尾をモフモフし、ミサキはそのくすぐったさに耐えながらシャーロットのおっぱいを揉む。
激しいバトルだ。
そして、とてもえっちだ。
「ローラ。見ちゃ駄目」
「わ、アンナさん、目を塞がないでください。私にだって見る権利があるはずです!」
「そんなものはない」
アンナは手のひらでローラの目を塞ぎ、いくら抗議しても離してくれなかった。
「ハクの教育にも悪そうねぇ」
「ぴ? ぴー!」
大賢者はハクの目を塞いだようだ。
ハクの恨めしげな鳴き声が聞こえてくる。
「ああ、あんなに激しく胸を……凄い……」
「ニーナちゃんの教育にも悪いアルな。大賢者さん、何とかして欲しいアル」
「そうねぇ。じゃあ二人まとめて次元倉庫に入れちゃいましょう。あっちで仲良くじゃれあってねー」
次元倉庫の門が開く気配がした。
それと同時に、シャーロットとミサキの声が消えてしまう。
「ローラ。もう大丈夫だよ」
アンナは手を離してくれた。
復活した視界の中に、騒がしい二人の姿はなかった。
ラン亭は嘘のように静まりかえっている。
皆はシャーロットのお漏らしに備えて持っていたモップを片付け始めた。
「ラーメン屋で騒ぐと、別次元に転送されてしまうんですねぇ……」
ローラはしみじみと教訓めいたことを呟く。
しかし、さほど役に立ちそうもない教訓だった。オムレツについて考えたほうが、よほど有意義な時間であろう。