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158 エミリア先生も浮遊宝物庫に同行です

 次の日。

 真っ先に目を覚ましたのはアンナだった。

 彼女はローラたちを「朝だよ朝だよ」と揺すり起こす。

 そして素早く着ぐるみパジャマを脱ぎ、私服に着替えてしまった。

 一方、ローラとシャーロットは、まだ重たいまぶたを擦っている。

 大賢者にいたっては、むにゃむにゃと夢の世界から帰ってこない。


「早く、早く」


 アンナにしては珍しく、気が急いている様子だった。

 昨日は表に出していなかった、やはり浮遊宝物庫に求める双剣があるかもしれないと期待しているのだろう。


「ふぁぁ……おはよう、アンナちゃん。そんなに慌てなくても大丈夫よ。浮遊宝物庫は少なくとも今日と明日はこっちにいるはずだし。飛行魔法を使える魔法使いじゃなきゃ辿り着けないから競争もそんなにないし」


「それでも、万が一と言うこともある」


 のんびりすぎる大賢者と、ソワソワしているアンナ。

 間を取って、ここは自分が指揮を執るべきだ、とローラは立ち上がる。


「アンナさんは落ち着いてください。そして学長先生はいい加減ちゃんと起きてください。歯を磨いて、顔を洗いましょう」


「はいはい。それから学食に行って、朝食を食べましょう」


「……それはちょっとのんびりしすぎじゃないですか? 朝ご飯は、空を飛びながら干し肉とか食べたらいいと思います!」


 冒険者の携帯食料といえば、干し肉だ。

 別に干し肉以外にも、乾パンとかクッキーとかチョコレートとか、色々な種類がある。

 しかしローラの中では、森の奥深くで岩に腰を掛け、干し肉を食いちぎっている屈強な冒険者のイメージが強かった。


 実のところ、ローラはまだ干し肉を食べたことがない。

 古代文明の遺跡に向かう途中に仲間と食べるなんて、いかにもなシチュエーションだ。干し肉初体験をするには、もってこい。


「でもローラちゃん。浮遊宝物庫に行ったら、オムレツ食べられないのよ。今のうちに食べておかなくても大丈夫?」


「……今すぐ学食に行きましょう!」


 ローラの干し肉に対する憧れは、オムレツによって容易く塗りつぶされた。


「ローラさん、分かりやすくてお可愛らしいですわぁ……」


「何でもいいから、素早く行動」


「ぴー」


 全員が歯磨きと洗顔を終え、私服に着替えたのちに学食へ移動。

 臨時休校なので、生徒はほとんどいなかった。きっと、これ幸いと惰眠をむさぼっているのだろう。

 とはいえ、ローラたちのように早起きしている者も少数ながらいる。

 たんに早起きが習慣になっているのか、それとも浮遊宝物庫に行くつもりなのか。


「ミサキさん、おはようございます!」


「ぴー」


「おお、ロラえもん殿にハク様。シャーロット殿とアンナ殿に、今日は大賢者殿も一緒でありますな。やはり浮遊宝物庫に行くでありますか?」


「そうです! 大冒険です!」


「私は冒険には行けないので、うらやましいであります」


「ミサキさんも努力すれば強くなれますよ、きっと!」


「残念ながら、ミサキには努力するためのど根性がないであります。努力しないで強くなりたいであります」


「それは贅沢というものですよ! 強さとは、地道な努力の果てに付いてくるものなのです!」


 ローラは真剣に、嘘偽りのない気持ちで語った。

 しかし、なぜかシャーロットとアンナに、ムッとした顔で睨まれてしまう。


「ローラさんがそれを言うと、皮肉に聞こえますわ」


「ローラは剣の修行は地道にやってるかもしれないけど、魔法は違う」


「そ、そんなことはないですよ……魔法だって練習しています!」


 これは言い訳でも何でもなく本当だ。

 大賢者に少しでも追いつくため、日々の授業で知識を得ているし、魔力コントロールの練習は決してかかさない。


「それでロラえもん殿はオムレツでいいとして、他の皆は何にするでありますか?」


「おっと、ミサキさん。私がいつもオムレツを食べているからといって省略してはいけませんよ」


「でも、オムレツでありましょう?」


 ミサキは面倒くさそうな顔で聞いてきた。

 だが、ローラは「ふふふ」と不敵に笑い、自慢げにオーダーを口にする。


「オムレツ、二人分、です! もちろん、ハクの分はまた別に!」


「おお、確かにいつもと違う注文であります! 反省であります!」


「浮遊宝物庫に行ったらオムレツを食べられませんからね。今のうちに食べ貯めしておくのです。その程度も予想できないとは……ミサキさんもまだまだですねぇ」


「立派な食堂のオバチャンへの道のりは遠く険しいであります」


 そうしてローラは二人分のオムレツを胃袋に詰めた。

 いくらオムレツが大好きでも胃袋の大きさは普通の九歳なので、かなりキツかった。

 しかし、しばらくオムレツを食べられないことを考えれば、今のうちに食べておくのは正解だ。

 人間、オムレツを食べられるときに食べておく。これが生き延びる秘訣である。


「ローラちゃん、何だか苦しそうだけど、行ける?」


「い、行けましゅ……さあ、出発です……」


 ローラは重たいお腹をさすりながら、皆と一緒に学園の庭に出て、そして大賢者が出した絨毯に座った。

 絨毯は王宮へ向けて飛び立ち、昨日も通りかかった池の前に降り立った。


「おお、大賢者たち! 待ちわびていたぞ!」


 絨毯が降りてくるのを王宮から見ていたのか、女王陛下がスタタタタと走ってきた。

 それに続いて、メイドさんも現れる。

 メイドさんは背中に大きなリュックサックを背負っていた。

 更に、四つの水筒をぶら下げている。


「リュックサックには二日分の食料と、ナイフ、ロープ、ランタン、マッチなどサバイバル道具が入っています。まあ、大賢者様たちには必要ないかもしれませんが……」


「そうね、魔法で代用できるから食料だけで十分だけど……雰囲気が出るから持って行くわ」


「ありがとうございます。それから水も魔法で出せると思ったので、水筒の中はジュースを入れておきました」


 メイドさんはそう言いながら、まずはローラの首に水筒を提げてくれた。


「わーい、ありがとうございます! 何のジュースですか?」


「ふふ、全部違う種類なんです。だから飲んでみてのお楽しみです」


「おお、それは楽しみです!」


 冒険というよりは、ピクニックの気分になってきた。

 先程、お腹の限界までオムレツを食べたローラだが、早くもヨダレが出てきてしまう。


「あとで水筒の中身を回し飲みするのですわ」


「誰が何ジュースか気になる」


 シャーロットとアンナも、水筒の虜になっている。

 別にジュースくらい学食に行けばいくらでも飲めるのだが、何が入っているか分からないというというのが、興味をそそるのだ。

 もしかしたら普段飲めないような果実で作ったジュースかもしれない。


「さあ、皆。そろそろ行くわよ。焦る必要はないけど、だからと言って時間が無限にあるわけでもないんだから」


 リュックサックを背負った大賢者は絨毯の上にぺたんと座る。

 ローラたちもそれに続いて絨毯にぴょんと飛び乗った。

 その瞬間、絨毯はふわりと浮かび上がる。


「それじゃ陛下。行ってくるわね」


「うむ。可能な限り浮遊宝物庫を調べ、地図に書き加え、お宝を見つけるのじゃ! この国の冒険者が優秀であることを世界に知らしめろ! ……まあ、しかし、無事に帰ってくるのが一番じゃぞ」


「分かってるわよ。私一人ならともかく、子供たちも一緒だから、無茶はしないわ」


「陛下、メイドさん、行ってきまーす」


「ガザード家の名にかけて、必ずやお宝を持ち帰りますわ!」


「リュックサックと水筒をありがとう」


「ぴー」


 ローラたちは少しずつ高度を上げる絨毯から身を乗り出し、女王陛下とメイドさんに手を振った。


「気をつけるんじゃぞー」


「行ってらっしゃいませ」


 向こうも手を振ってくれた。

 出発の挨拶を済ませると、絨毯は風の結界で包まれ、一気に浮遊宝物庫へと加速する。

 陛下もメイドさんもあっという間に小さくなり、王都そのものが遠くなっていく。


「皆、見てください。私たち以外にも浮遊宝物庫を目指している人がチラホラいますよ」


「本当ですわ。まあ、次のチャンスがいつになるか分からないのですから、当然ですわ」


「こうして見ると、空を飛べる人って沢山いる」


 アンナはうらやましそうに呟く。

 しかし『沢山』とは言っても、今、飛んでいるのは三十人ほどだ。

 王都と、更にその周辺からも冒険者が集まってきているだろうから、もっと飛べる人がいてもおかしくはない。

 ローラたちより早く浮遊宝物庫に行ったか、これから出発するかのどちらかだろう。

 まあ何にせよ、これだけの人数が一斉に飛んでいるというのは、確かに珍しい。


 皆で目指す浮遊宝物庫は、下から見ると巨大な岩だ。

 だが教科書のイラストによれば、あの上には草原や森、建物がある。

 まさに空飛ぶ島なのだ。

 王都そのものよりは小さいだろうが、王宮と冒険者学園の敷地を合わせたよりは確実に広い。

 どう頑張っても一日や二日で全て見て回るのは不可能。

 まして古代文明の残した罠があるのだから、ほとんど未調査のままなのも頷ける。

 その未調査の場所から、アンナが使うに相応しい双剣を見つけ出すのだ。


「あれ……? あそこにいるのはエミリア先生じゃないですか?」


「あら、本当ね。あの子もやっぱり冒険者ねぇ……エミリアー、やっほー」


 ローラたちは絨毯の上から、少し離れた場所を飛ぶエミリアに向かって呼びかけた。

 すると向こうもこちらに気付き、進路を修正して近づいてきた。


「学長たちも浮遊宝物庫に向かうだろとは思っていましたけど……まさか同じタイミングで飛び立ったなんて」


「奇遇よね~~」


「エミリア先生と私たちは、以心伝心ということですね!」


「せっかくですから、エミリア先生もご一緒したらよろしいのでは?」


「仲間は多い方が心強い」


「そうね、そうしなさいよ。私は前にも浮遊宝物庫に来たことがあるから、少しはガイドできるわよ」


「うーん、そうですね……では、お言葉に甘えて……よいしょっと」


 エミリアは絨毯に座り、飛行魔法を解除した。


「ああ、楽ちん……いい学長を持って幸せです」


「エミリアったら若いくせに楽することを覚えちゃって……浮遊宝物庫についたら、ちゃんと働くのよ」


「はいはい。でも働くって何をするんです?」


「そりゃ、古代文明が残した魔導兵器との戦いよ。強力なゴーレムとか出てくるから、修行だと思ってしっかりねー」


「うげぇ……学長が強力と言うんだから、よっぽど強いんでしょうね……」


 エミリアは今から嫌そうな顔を浮かべていた。

 しかし、ローラとシャーロットは顔を見合わせ、手と手を取って喜んだ。


「強力なゴーレムですよ、シャーロットさん!」


「戦わずにはいられませんわぁ!」


「二人とも元気ねぇ……アンナさん、いつも一緒に遊んでて疲れない?」


「疲れるけど楽しいよ? それにゴーレムは私も見てみたい」


「そりゃ私も興味はあるけど……学長、私が怪我しそうになったら助けてくださいよ」


「そうねぇ、エミリアが限界まで頑張って、それでも駄目なら助けてあげるわ」


「はあ……相変わらずスパルタなんですから……」


 と、口では嫌そうなことを言うエミリアだが、顔には闘志が浮かんでいた。

 それでこそ魔法学科一年の担任だ、とローラも誇らしい気分になった。

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