157 明日に備えてぐっすり寝ます
「おーい、どうなってるんだ、あれはぁぁっ!」
ローラたちが、庭園から浮遊宝物庫を眺めていると、女王陛下がドレスを翻しながら、血相を変えてバタバタ走ってきた。
「ああ、陛下。どうなってると言われても、私たちもよく分からないわ。浮遊宝物庫が出てきたらいいなぁと思っていたら、本当に出てきちゃったのよ。世の中、不思議なこともあるものねぇ」
大賢者は世間話でもするようにして語った。
随分ととぼけた話だが、実際にその通りなので仕方がない。
ローラを含めて、おそらくこの四人の中で、本当に浮遊宝物庫が出現すると信じていた者はいないだろう。
出てきたらいいなぁと思っていたら本当に出てきた、というのは真実なのだ。
「浮遊宝物庫じゃと……? ああ、知っているぞ。古代文明の遺跡じゃろ。普段は姿を消しているし、出てきたとしても飛んでいるから、ほとんど調査されていないんじゃろ? 確か、前に出てきたのは妾が小さい頃じゃったな」
「あら。陛下は今でも小さいじゃない」
「そなたが魔法で小さくしたんじゃろ! 本当は大人じゃぁ!」
女王陛下は威嚇するように両腕を高く上げ、大賢者に向かって犬歯をむき出しにした。
怒った姿も可愛い。
「はいはい、大人大人。まあ、それはともかく。陛下、せっかく王宮の上空に、貴重な遺跡が出現したのよ。調査しない手はないわ」
「うむ。他国に先駆けて調査できるな。やってくれるか、大賢者」
「もちろんよ。だから、食料とか寝袋とかの準備をよろしくね、陛下」
「分かった。ちょっと待っておれ!」
そう言って陛下は王宮に走って行った。
随分とフットワークの軽い女王様だなぁと、その後ろ姿を見ながらローラは思った。
「さてと。私たちは一度、学園に戻りましょう。明日と明後日を臨時休校にするわ」
「え、どうしてですか? まあ、休みだと私たちも探索しやすくて助かりますけど」
「そう、それよ。滅多に現れない古代文明の遺跡が目の前にあるのよ。普通の授業なんてしている場合じゃないわ。生徒のためというより、教師のためね。ギルドレア冒険者学園の教師は皆、元は優秀な冒険者だから。この状況でジッとしていろなんて残酷だわ。なので学園はお休み。ただし明日と明後日だけ。それ以上お休みしたら、授業が遅れちゃうし、なによりも浮遊宝物庫がこの世界から消えちゃう可能性があるもの」
「そんなにすぐ消えちゃうんですか?」
「長いときは一週間以上いるけど、今までの最短は三日よ。最短に合わせるわ。まあ、命知らずの冒険者たちが何日も浮遊宝物庫に残ってチキンレースをするのは自由だけど、冒険者学園の教師はだーめ。許しません」
「なるほど。ごもっともだと思います。私も先生たちがこの世界から消えちゃうのは嫌ですから!」
「そういうこと。とりあえず、今日のところはぐっすり眠って英気を養って、明日の早朝に浮遊宝物庫に乗り込みましょう。探すのはもちろん、アンナちゃんの短剣よ」
大賢者は嬉しいことを言ってくれる。
いまだ人類がほとんど立ち入ったことのない未知の遺跡。そして人類史上最強の魔法使い。
こんな歴史的な組み合わせなのに、目的はあくまで、一人の少女の誕生日プレゼントなのだ。
「というわけで、今日は学園で臨時休校の手続きしたら、皆でぐっすり寝るわよ~~!」
「「「おお~~!」」」
「ぴー!」
皆で拳を突き上げ、ぐっすりを誓い合う。
しかも臨時休校の手続きは大賢者以外に関係ないので、ローラたち生徒組は、本当にぐっすり眠るだけだ。
誓いにも熱が入るというものである。
△
そして大賢者は、校内にまだ残っていた教師を集め、臨時休校することと、その理由を説明した。
更に、校舎や寮のあちこちに、休校のお知らせを貼りまくる。
これは人海戦術が必要なので、ローラたちもお手伝いした。
休校のお知らせを貼るのが終わると、大賢者も一緒に寮の大浴場にザブーンと入った。
そして着ぐるみパジャマに着替え、「わーい」とドタバタ廊下を走る。
すると、いつかと同じように、寮長に叱られてしまった。
「学長! いい歳して生徒と一緒に廊下を走るなんて……あなた何歳になったんですか!」
オバチャン寮長は目をつり上げ、恐ろしい表情で説教をしてくる。
「……もうすぐ二百九十八歳になります……」
「その歳でドタバタと……恥ずかしくないんですか!」
「ごめんなさい……」
大賢者はシュンと小さくなる。
サメの着ぐるみパジャマを着ているのに、まるで迫力がなかった。
ローラたちも大賢者の隣でシュンとする。
十数分の説教のあと、ようやく解放され、ローラとシャーロットの自室に辿り着いた。
「よーし、寝るわよー」
説教された直後なのに、大賢者はもう元気になっていた。
「うふふ、わたくしがローラさんの隣なのは確定ですわぁ」
などと言いながら、シャーロットはローラを抱きしめたまま、ベッドに倒れ込む。
「私もローラの隣」
アンナもベッドに寝転がり、シャーロットの反対側からローラに抱きついた。
「あらぁ、じゃあ私はどこに行こうかしら」
大賢者は顎に手を当て、真剣な顔で悩み始める。
「ローラの左右は埋まったから、私かシャーロットの隣だよ」
「わたくしの隣をオススメしますわぁ」
「うーん……三人とも可愛いから、三人の上に覆い被さるわ!」
そう言って大賢者は、ピョンとジャンプし、掛け布団のようにローラたちの上で大の字になった。
「ひゃあ、重い……あれ、重くないですね……?」
「不思議ですわ……」
「学長先生。ちゃんとご飯食べてるの? 学長先生は綺麗だからダイエットの必要はないよ」
大賢者の体温は伝わってくるのに、重さがほとんどない。
それこそ、吹けば飛びそうだ。
アンナが過剰なダイエットの心配をするのも無理はない。
が、ちゃんと柔らかいので、拒食症というわけでもないのだろう。
「飛行魔法を半端にかけて、体重を軽くしてるのよー。これであなたたちも重くないでしょ」
「ぜ、絶妙なコントロールですわ……!」
「学長先生は器用ですねぇ」
浮遊魔法を当たり前に使えば、体は浮遊してしまう。
かといって弱すぎればローラたちにのしかかる形になる。
体を浮き上がらせず、羽毛のような重さを維持し続けるのは、想像するだけで大変そうだ。
ローラとシャーロットは大賢者の凄さを改めて思い知る。
「学長先生の大きさでそんな軽いなら、ちょっと押しただけで飛んでいきそう。えい」
アンナは両腕で大賢者をグイッと押した。
すると大賢者の体は、ぽーんと飛び上がり、天井にぱふんと当たって跳ね返ってきた。
「わー」
風船のように扱われた大賢者は、笑顔のまま悲鳴を上げ、ベッドの上に戻ってくる。
「おお、凄い。学長先生、軽やかです! 私も……えいっ」
「わたくしも押しますわ!」
「あーれー」
大賢者はふわふわと飛んでいき、部屋の壁につっこみ、反対側の壁に向かってふわふわ飛んでいく。
「あはは、おもしろーい」
「三人ともー、私で遊んじゃ駄目じゃないのー」
などと言いながらも、大賢者も楽しんでいる様子だ。
このまま徹夜で遊んでも遊んでも飽きないかもしれない。
そうローラが思ったとき、布団の上で丸まっていたハクが眠たげな声を上げる。
「ぴぃ……」
とても文句を言いたそうな目だった。
「あ、ごめんなさいハク……私たちがうるさくて眠れないですよね……」
「学長先生が楽しすぎて我を見失っていた。めんぼくない」
「明日の朝一番で浮遊宝物庫に行くのですから、そろそろ眠ったほうがいいですわ」
「そうね。睡眠は大切よ」
大賢者は空中をスイスイと泳いで、ベッドに戻ってきた。
そして、再びローラたちに覆い被さった。
「それじゃ、おやすみなさーい」
「「「おやすみなさーい」」」
「ぴー」




